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最高に最悪な目覚め


二日と半日。

その間に繰り返していた筈の呼吸を取り戻すように。

()は口を大きく開けて、呼吸の為に吸い込んだ筈の空気を、咳き込んで何度も吐き出した。


やっとの事で落ち着き丸まって蹲っていた体を起こすと、そこは何処かの宿だった。


匂いに馴染みがない。

部屋の装飾に心当たりがない。

着ている服にだけ心の拠り所があった。


アニエラ布の深い紺色、純白の飾り結び、蝶の意匠に差し色の紅糸が映える。

一世一代、大一番を乗り切るために仕立てた絢爛都市の最高級品。


胸元の蝶の意匠を撫でながら、女として積み上げてきた半生を思い出す。

身寄りが無く、放り出され、飼われ買われての日々。



「そうだ……私……」



思い出したのは、苦渋から抜け出す最後の工程だった。

幾度となく繰り返してきた一夜に。

もう二度と戻らないように。


有り余る金を、積み上げてきたこの体で得る為に——。


ベッドから飛び起き窓の外を見やる。

差し込んでいたのは昼を過ぎようかという小麦色の日差しだった。


この場、この時、この違和感。

直前の記憶とあまりに食い違う。


楔の街フォルタンの一室で、あの男を待っていた筈なのに……。


思い出せない空白、吹き飛んだ時間。

記憶の擦り合わせに無意識に壁に目を向けて、大きな鏡を見やる。

その瞬間——。


足下から、背筋から、頭の天辺から——。

震えでもなく、悪寒でもなく、冷や汗とも、脂汗とも違う。

明確に蘇った死の記憶による恐怖が、ディズの全身を貫いていた。


瞬きする度に、鏡の中の自分に重なる死の記憶。

窪んだ頭、粉々に砕かれた首、耳から流れた血の幻覚がまるで焼き付いたように瞬きの度に重なった。


衝撃で放心しながら、それでもディズはどこか冷静に違和感を処理しようとしていた。



「……なん……で……?」



震えを通り越して熱くなっていた体。


血色の良い頬は衝撃に少々引き攣りつつ。

美しく纏められた金色の髪を撫でる手も、濁りの無い淡い緑の瞳も、

それらはわざわざ見つめ直すまでもなく血が通い生きている。


強く目を閉じてゆっくり開ける。

それを何回繰り返しても鏡に写る自分は生きていた。



「……生きてる」



そう呟くと今度はそっと目を閉じた。


半生を賭けた成り上がりは何もかも瓦解した。

その後悔をしっかりと噛みしめる時間が必要だった。

たったの一夜で手に入る財が過去と現在、そしてこれからの自分を救うはずだったのだと……。



——人というのは、都合の良い生き物だった。



一番大事なのは自分だけ。

それ以外はどうでもいい。

だからこそこの女は忘れていた、否——。

都合良く考えないようにしていたのだ。


違和感に根付いていた、本当の疑問というものを。


自分が大事、だから半生を振り返る。

辛かった、悲しかった、苦しかった。

だから考えた、助かる方法を、二度と夜を明け渡さない為に必死に。

それが全て崩れた。だから後悔している。鏡の前で目を閉じて。嘘になれと願っている。



——だが、今のお前がすべきことはそうじゃない。



血色の良い体を僅かに震わせながら。

いい加減に気が付くべきだった。

認めないと否定する瞬間からそれが真実であると肯定しているのだと。


だから()はゆっくりと目を開けた。



鏡の中で。

自分を見つめ返すその場所には。

淡い緑の瞳がある筈だったのに……。



「おはよう、ディズ——」



鏡の中で。

自分を見つめ返すその場所には。

妖しく光る赤紫の瞳が、恐怖に竦んだ私を見つめ返していた。

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