2
「雨の年齢を知ってるかい?」
「わからない。何も知らないし、わからないんだ。五十何年も生きてっけどさ」
いつもの一人問答。
「雨って空から落ちて来るだろ?」
「そうだね」
「山に降った雨水は沢を作って川に流れて海へと注ぐ」
「そうだね」
「つまり高いとこから低いとこへ行くんだ」
「そうだね」
「それから海からまた空に昇って雲になって大気中の塵つぶに纏わりついて落ちて来る」
「そうかも、知れないね」
「いや、違う。僕は雨が空に昇るなんて認めない。断じて。だって雨のやつ、塵つぶに霧散してふわふわ漂いたい僕を固めるだけに事足りず、かたく、かたく、かためられた僕の衣服を伝って僕の長靴は水溜り。ドロドロにとけた湿布薬と、蒸れた僕の足の嫌なにおいが混じり合う。本当の僕のにおい。もしもきみが嗅いだなら、白目剥いて卒倒するか、反射的全力びんた。きみは臭いのが嫌いだから。世界中の雨は全部そこに集まって僕を腐らせるんだ。空になんか行かない」
「それはね、」
「うるさい!黙れ、ペテン師が」
「ああ、それだけど僕は、あの山から立ち上る水煙みたいに、さあさあと空に昇って行きたい。あの景色が、好きなんだ」
「おひさまに、照らされたら良いよ」
「ふうん、そのおひさまって、どんなだい?」
「眩しくて、あったかいんだ」
「それならやっぱり、僕は知らないや。ずっと薄暗く、うすら寒いんだ」