分かりきった理由
それにしても、三郎も懲りない男である。
異世界転生する際に、神から与えられる強力な何かしらの異能。
その異能を与える側の女神に、異能を持たずして襲いかかるとは、この世のものとは思えない気の狂いかたである。
彼女がその気になれば、あっと言う間にあの世行きだというのに。
三郎が言うように、女神が負い目を感じて忖度してくれるとでも思ったのだろうか? あるいは単純にスケベ心が暴走した結果だろうか?
いずれにせよ欲望を優先した結果、何度も失敗している男が取る行動ではないことは確かだ。
そして、女神が三郎に対して負い目を感じることは考えづらい。
なぜなら彼女の目的は、三郎の異世界での奇行を観て楽しむことにあるのだから。
故に女神としては、三郎にやる気を出してもらわねば困るわけなのだが、かといって、そのために体を触らせるのは嫌なのだ。
「観念せいやあぁぁぁぁぁあ!」
性懲りもなく突進を続ける三郎を捌きながら、どうしたものかと考える。
……やはりここは、飴と鞭だろうか。
いや、鞭と飴か?
この馬鹿を黙らせるには、この際、鞭が先でも構わないだろう。
誰が言ったか、躾に一番効くのは痛みである――という至言もあることだ。
トラウマを抉るのも良いかもしれない。
「そうそうそれそれ、君がモテないのはそういうところなんだよねぇ、三郎くぅん」
「だからそれは、あんたのせ――」
三郎の、何でも人や物のせいにする理屈は無視し、力を行使する。
最初の転生で彼が敗れた異能力だ。
突進を躱されることに慣れた三郎が、転倒せずにこちらに向き直った瞬間に、狙った部位を凝視。
続けて、音も立てずに切断された四肢が地面に落ちるよりも速く、女神は三郎の顔面を鷲掴みにする。
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあっ!?」
三郎の悲鳴が響いたのは、手足がボトリと地面に落ちてから数秒経った後のことであった。
「三郎くぅん。耳障りだから汚い声で鳴かないでもらえるかなぁ? 」
返り血を浴びながらも笑顔は絶やさぬまま、女神は三郎の顔面を掴む力を強めていく。
「あが……が、ガ……ガガピィ〜」
「ガガピィ〜じゃないんだよぉ? こういう時はさぁ、“ごめんなさい、許してください”だと思うんだけどなぁ。そうは思わないかなぁ? 三郎くぅん」
しかし――手の平で顔を圧迫されているため、三郎は奇声を出すので精一杯。声なき声で“ごめんなさい、許してください”を連呼する他なかったのである。
「うんうん、言えたじゃねぇか。なんてねぇ、三郎くぅん」
こんな時だけ、思考を読む能力を解除していたのか、気付かないふりをしていたのか、定かではないが、謝罪に満足した女神が手を離すと、ビデオを逆再生したかのように三郎の体が回復してゆく。飛び散った血も、綺麗さっぱり消えていた。
「さて、君がモテない理由を教えてあげようじゃないかぁ、 三郎くぅん」
こともなげに言うと、女神は、尻もちをつき怯える三郎の頬を優しく撫で、手を掴んで立たせてあげるのだった。
◆
痛みと格の差を見せつけられ、女神にちょっかいを出す気が完全に消え失せた三郎だったが、それでも彼女の発言が癪に障る。
異世界で全然モテない自覚はあるものの、他者に改めて言われると腹が立つのだ。
「いや、一応、現世では、3回結婚しているんすけどね!」
しょうもない負け惜しみを言う。
「そう! それだよ三郎くぅん。君と奥さんの馴れ初めを考えてごらんよぉ? 少しずつ距離を縮めていったはずだろぉ?」
「ま……まあ、そう……ですけど?」
恋愛結婚として当たり前のことだが、こちらも他者に改めて言われると恥ずかしい。
歯切れの悪さから、三郎が一丁前に照れていやがるのが窺える。
「だったらさぁ、三郎くぅん。恋愛の奥ゆかしさを知っている君が、なんで異世界では過程を無視していきなりモテると思うのさぁ? 」
「だって、異世界作品やラブコメの主人公、不自然にやたらとモテるじゃないっすか! 俺だけモテないのはおかしいっすよ!!」
愚かなことに、三郎は異世界に行けば無条件でモテると思っていたらしい。
そんな様子に女神は肩を竦め、盛大にため息をつく。
「彼らだって、いきなり関係を迫るような真似はしないだろぉ? 異世界に夢見るのは結構だけど、君の場合は力に溺れて結果を焦るからいけないんだよぉ」
「う!?……」
悔しいが、確かに女神の言うことには思い当たる節がある。
喩えば、クラスに得体の知れない力を持った、イケメン外国人男子が転校してきたとする。
でも、いくら力があって見た目が良くても、いきなり関係を迫られたら、女子は嫌がるだろう。
自分も異世界で同じ行動をとっていたのだと、奥歯を噛み締めながらも納得せざるを得なかった。
――いや待て待て、ならば逆のパターンならどうだ? 転校生の外国人美女がいきなり関係を迫ってきたら、男子はウェルカムなのではないのか? 少なくとも三郎はウハウハだ。
――やはりおかしい。
現世では、ジャニーズ系イケメンである後輩の正英に、小馬鹿にされる容姿の三郎だが、転生先の異世界では、毎回、強力な異能と優れた容姿を与えられているのだ。
それなのに上手くいかない、モテないのは理不尽ではないか。
つい先程、傾きかけた三郎の認識は、馬鹿げた理屈によって、あっけなく逆転する。
そして、上手くいかないのはやはり、異世界ツアーの斡旋主である、転生の陰険駄女神の不手際――あるいは妨害のせい、と思い込むのであった。
だか、女神に歯向かったところで、キツイお仕置きが待っていると学習した三郎は、表面上は彼女に合わせることにしたようだ。
「……面目ないっす。でも、異世界人女子、みんな可愛くて我慢できないっす! 迸る熱いリビドーが抑えられないんすよぉぉぉぉぉお!」
ただし――明け透けが過ぎているにも程がある三郎は、結局、本音を叫ぶのみであり、話は堂々巡り。
話にならないとは、正にこういうことである。
やはり三郎の常軌を逸した思考回路は素晴らしいと、感激すら覚えた女神は、笑いを噛み殺すことに苦心する。
「三郎くぅん。なんで分からないかなぁ? そんなに馬鹿なのかなぁ?
君はさっき、異世界作品の主人公が不自然にモテるって言ったけどさぁ、彼らはヒロインのピンチを救ったり、苦楽を共にしたり、心に寄り添ったりしてるじゃないかぁ。いきなり飛びかかる君とは雲泥の差だと思うけどなぁ?
結果、見た目がスライムやグールやゴブリン、果ては自動販売機でさえモテてるわけだろぉ。
結局のところ、モテに必要なのは優れた人間力ってわけさぁ」
さて、尤もらしい説明に対して、彼はどんな反応を示すのか? 女神様はワクワクだ。
「いやいやそれはおかしいっすよ! 前回の転生では世界を救ったのに、ヒロイン達はみんな、モブ間男に取られましたからね!
やっぱり、あんたが何か細工しているとしか思えねぇっす!」
「……ぶふぅ!」
「何がおかしいんすかぁっ!」
思わず吹き出してしまう女神だったが、三郎は当時を思い出したのか、怒り心頭といった様子で、ワナワナと震えている。
「いや、間男って君さあ――」
目尻を指ですくいながら女神は続ける。
「彼女達に何かしらアプローチはしたのかい? 見ていたから言わせてもらうけど、君、全くだったじゃないかぁ、三郎くぅん。 奥さんにはできたのにさぁ。
それなのに、寝取られたとか被害者ぶるのが、おかしくないわけないだろぉ?」
「グギギ……ッ!!」
くつくつと嘲笑う女神に、三郎は頭が沸騰する思いだったが、妻を引き合いに出されては、どうにもばつが悪い。
怒鳴りたくなる激情を必死に抑えこみ嚥下する。
「例えばだよぉ? 恋愛ゲームでヒロイン達を放ったらかしにしていたら、そりゃあビターエンドになるのは至極当然さぁ」
そして、なんとも分かりやすい喩えに納得はいかずとも、理解しようと努める。
「というわけで異世界でもモテたいなら、君がすべきことは適切な距離感からの適度なアプローチ、というわけだよぉ。
分かったかなぁ? 三郎くんの場合は些か両極端なんだよぉ」
「……了解っす」
何で異世界でも現実と変わらない面倒なプロセスを踏まなければいけないのか、と思わずにはいられなかったが、他でもない、転生の女神の言うことだ。
正直、かなりの胡散くささを感じつつも、三郎は素直に首肯する他ないのであった。