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三郎くんの憂鬱

 三郎は、思い悩んでいた。

 もっとも、以前の彼は些細なことにいちいち悩むような性格ではなく、どちらかというと図太く、面の皮が厚い性格であったのだが、そうは言ってはいられない状況に置かれてしまったのだ。

 いったい彼の身に、何が起きたというのだろう……。


 三郎は現代日本に生まれた生粋の日本人だが、ある日を境に、あらゆる異世界に転移しては憂き目に遭い、現世に戻ることを定期的に繰り返す、異世界帰還者ならぬ“異世界漂流者”になってしまったのだ。


 ――異世界転生、または異世界転移モノの娯楽小説や漫画、あるいはそれらの原作を元に作られたアニメ等を(たしな)む者であれば、異世界転生・転移というワードは馴染(なじみ)があるだろうが、一応ざっくりと説明しておくことにする。


 異世界転生・転移モノとは何か?

 我々が住む地球とは異なる世界――ポピュラーなところで、ゲームや漫画で見るような剣や魔法、亜人や魔物などが存在する、エセ中世ヨーロッパ風の世界に現代人が召喚され、与えられた異能や現代知識で活躍する物語である。

 大手小説投稿サイト『ウホッ いい作家、小説家をやらないか?』――

 通称『やらないか』でも人気のジャンルだ。


 とはいえ、異世界転生・転移と一言で言っても、他に様々なパターンが存在するわけだが、そこは割愛するとして、要するにだ――


 三郎は現世から異世界に行ったは良いが、その地で憂き目にあった末に、元の現代日本に死に戻る(・・・・)ことを、強制的に繰り返す――といった状況に置かれているのだ。

 一度のみ異世界から帰還した経験があるというだけならば、異世界帰還者という呼称が適切であろうが、あらゆる異世界に行っては戻ることを、幾度となく繰り返させられている彼のことは、もはや異世界帰還者ではなく“異世界漂流者”と呼ぶのが相応しい――というわけである。


 さて、話は三郎の悩みに戻るが、三郎でなくとも現世で人生を全うしたい者であれば、異世界になど行きたくないのが当然であろう。

 だが彼の悩みの原因は、そういった理由とは少々異なる。


 もとより異世界転生・転移モノが好きだった三郎は、異世界に鮮烈な憧れを抱いていた。

 ――かといって、異世界転生・転移モノの主人公のように、異世界に戸惑いながらも、現地人に歩み寄って絆を育んだり、新たな生き甲斐や目標を模索していく真っ当な生き方は、まどろっこしいし、かったるいし、真っ平ごめんと考えていた。


『もし俺がこの作品の主人公だったら、欲望のままに好き勝手生きてやる。現地人の事情など知ったことかよ』


 ――などと、有りもしない妄想を垂れ流しながら作品を観賞するのが常だったわけだ。

 因みにだが、三郎は活字が嫌いなので、異世界転生・転移モノを楽しむ媒体は専ら漫画とアニメである。だが官能小説は好きなようだ。


 ……と、話が少々逸れてしまったが、そう――三郎にとっての異世界とは、労せず得た強力な異能で、虚栄心や承認欲求、スケベ心といった、身勝手な欲望を叶えるための理想郷なのだ。 


 ならば何故、そんな三郎が“異世界漂流者”という境遇に置かれたことに思い悩んでいるのか?

 答えは簡単、行く先々での異世界が、彼の理想とかけ離れていたからだ。


 三郎が初めて異世界転生したのは、勤め先の自動車整備会社をサボって、パチンコに興じていた時のことである。

 パチンコに勤しみながら、何となしに「エルフの姉ちゃんにイタズラしてぇ」とぼやいたところ、パチンコ筐体のディスプレイから飛び出してきた、『いすゞ・エルフトラック』に轢かれて異世界転生を果たしたわけだが、そのときはもう、歓喜に震えたものだ。


 エルフに轢かれた後の、転生の前段階とでもいうべき場所――天と地と光と影がないにも関わらず、感覚的に上下左右前後が分かる摩訶不思議な白い空間にて、三郎は『転生の神』を自称する、おっさんと出会う。

 

 三郎のスケベ心に基づいた想像では、『転生の神』といえば、美しい女神を思い描いていたただけに気に食わなかったが、むさいおっさんであろうと異能を授けてくれる神様には違いない。

 あれこれと注文したところ、神が適当に選んだ強力な異能を授けられるのではなく、三郎が自ら考えた異能――『僕が考えた最強の異能』――をオーダーメイドで授けられる、手厚い待遇にしてもらえたのだった。

 あまりに都合の良い展開に、三郎の心は天井知らずに有頂天になっていった。  


 だがしかし――全てを屈伏させることができそうな最強の異能を手にしておきながら、三郎はとある致命的なミスを犯していた。


 『転生の神』が仕掛けた罠かどうかは定かではないが、三郎の()った転生の方法が、行った先の異世界の(ことわり)に反するものだったため、ご自慢の異能が全く役に立たなかったのである。


 転生した直後に王宮で出会った美しいプリンセスに、さっそく目を付けた三郎は、どうやってこの脳みそがプリンでできてそうなプリンセスを手籠めにしてやろうか――と画策するも、華奢で組み伏せることが容易に思えた彼女に触れることすらできずに、手足を切断されるといった不様な敗北を喫することとなる。

 

 ――こうして、憧れだった異世界で、屈辱と恐怖のどん底を味わわされたことによって()りた三郎は、帰ってきた日本で今までの自分を見つめ直し、真っ当に生きることを誓ったはずだったのだが――そう息巻いたのは最初だけ。

 いい年こいた中年のおっさんが、そう簡単に変われるはずもなく、熱さがのど元を過ぎた頃には、元のクズ人間に戻っていたのである。


 ああ――三郎がどのようにクズなのかを説明していなかったので、これまたざっくりと説明することにする。


 簡単に言うと、彼は童話の狼少年のような虚言癖があり、おまけに面の皮が厚い上に態度もでかい。極めつけに思考もおめでたいのだ。

 具体的な内容を上げるとすれば、法事だの、コロナだの、インフルエンザだの、妻が娘が親が体調不良だの、嘘の理由をでっち上げては会社を欠勤する回数が異常に多い。平たく言うと、ズル休みの常習犯である。

 あげく、高い頻度で欠勤すれば、疑われるのは当然なのに、信じた体で接してもらえなければ、逆ギレするという始末。一度会社にバレているにも関わらずだ。

 勤め先の自動車整備会社が人数不足なのをいいことに、そこに付け込んでいるのだろう。同僚達が敢えて突っ込まないのを知ってか知らずかは分からないが、疑われることが我慢ならないクソみてぇなプライドがあるようだ。

 加えて、仕事の選り好みが激しく、資格を取得していないから、分からないから、という言い訳を理由に、手間のかかる仕事は他者に押し付ける意識の低さ。

 結果、空いた時間にスマホにワイヤレスイヤホンで異世界アニメを観賞する余裕が生まれるわけだが、話しかけられると「邪魔をするな」と言わんばかりに嫌な顔をする勤務態度の悪さ。

 それでいて会社が求める資格を取得しないくせに、給料面で不満を垂れる鉄面皮は、永久凍土並である。

 

 プライベートでは女癖が悪く、離婚歴は二回。子供も儲けたが上手く言いくるめて養育費は払ってないようだ。

 三度目の結婚生活でも、その女癖は変わらず、姪に援助交際相手を斡旋させようとする、体裁という概念を置き去りにした果てなき欲望。

 度し難いことに、結婚当初は一丁前に、妻と家族を大切にすると格好を付けるのだが、結果的にふり(ポーズ)でしかない、自分に酔っているだけの誓いは、(おぞ)ましいを通り越しておめでたいのである。


 どうして、このようなモンスターが生まれてしまったのか。

 三郎の人格が形成されたルーツは、彼が今まで辿ってきた自己中心的で他人の迷惑を顧みない人生にある。

 ――そんな傍若無人な生き方をして来たにも関わらず、偶然それが上手くまかり通ってしまえばどうなるだろうか?

 勘違いした自信が生まれ、根拠のないプライドが増長に繋がるのだ。

 思春期に妄想した全能感がそのままに、厨2親父の出来上がり――というわけである。

 人は幸運の恵まれかたによっては、そのこと自体に気付かないものだ。












            確かなことは不確かな偶然に一喜一憂する者がいる反面

           成すべきことを見失わなかった者が成功の機会を得られる

            ――といった真実である。 

            なぜなら人が運勢と呼ぶものは滑稽なほど(いびつ)であり

            残酷なほど儚いものなのだから。


                     (つつみ) 卵男(たまお)『星座占いは泥棒の始まり』

 突然始まった、頭悪そうな格言もどきは放っておくとして、三郎の悩みは次回に持ち越すようです。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかのヒューマンドラマジャンルだったらどうしようかと思いましたが(大笑いする方向で)、ファンタジーだったことにほっとしている私がいます。 しっかし、三郎君、相変わらずの濃いキャラですね~…
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