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遠い声Ⅲ  作者: てんの翔
6/12

VOICE.2 百年の宝物 後編

       5


 十人ほどの足音がする。

 それだけの人数しか集められないのだ。それは、眼の見えない世良を甘くみているからなのか、それとも三好家や警察官・柳の求心力がないからなのか。

 おそらく、その両方なのだろう。

 すでに夜となっているはずだ。どんなに山狩りをしてもみつけることはできない。もう村にもどっているからだ。

 峰岸と村をまわった成果が出ている。建物や特徴的なものを、いつものように細かく説明してくれたから、頭のなかには地図が存在していた。

 村のなかは、むしろひっそりしていた。まさか、こんなに堂々ともどってくるとは、だれも考えていないはずだ。

 世良は、三好家に向かっていた。三好善治は山狩りには出ていないだろう。となると、家のなかにいることになる。

 気配を殺しながら、家のすぐそばで耳に集中した。

 声は聞こえない。

 いや、女性の泣き声がしている。

 この声は……。

 香苗?

 弟が死亡したことを悲しんでいるのだろうか?

 しかしそんな、か弱い性格とも思えない。 

 泣いているのが本当だとしても、たとえ身内とはいえ、自分以外のことで涙を流すだろうか?

 もちろん、香苗のことを深く知っているわけでもない。

 どうすべきか悩んだ。

 香苗の前に出て、話を聞くべきか……。

 答えを出すには、いたらなかった。大きな足音が近づいてきたからだ。

 その人物は、三好家のなかに入っていく。

「善治さんは?」

「いない……逃げたのよ」

「そうか。だったらいい」

 柳と香苗の会話だった。

「雅子さんは?」

「寝てるわ」

「どうした? なぜ泣いてるんだ?」

「わかってるでしょ? あなたは、わたしを騙したのよ!」

 どうやら泣いているのは、そのことが原因らしい。

 愛情のもつれ……。

 それならば、まだ納得できる。

「家の生気を絶つための道具なんだよ、女なんて」

 パチン! という音がした。

 香苗が、ビンタをしたのだろう。

「怒るなら、おれにじゃなく、この狂った村の風習に怒れ」

「わたしを殺して埋めるつもりだったくせに!」

「予定は変わった。おまえの父親が、権力を放棄したからな」

「……この家は、どうなるの?」

「うちのようになるんじゃないか?」

「わたしは、どうなるのよ……」

「ここで、おれと暮らせ」

「もうこんな村イヤよ!」

「この村の人間が、外で平和に暮らせるかよ」

「わたしを殺そうしたくせに……」

「ちゃんと考えてた……この家の借金をつかってな」

「うちが火の車なのは知ってた……でも、そんな金をどうやって?」

「おまえは、考えなくていい……」

 これまでの会話から、わかったことをあげてみる──。

 この三好家には借金があった。

 それを警察官の柳が肩代わり(?)した。

 結果として、三好善治はこの村から出て行った。そして善治がいた状況では、柳によって香苗が殺害されていたかもしれない──。

 なんだ?

 この村で、なにがおこっているのだ?

 百年前に埋められたもの……。

 これまでの物騒な話からは、答えは一つしかない。

 人だ。

 埋められたのは、人間──。

 殺害して埋めたのか、それとも生きたまま……。

 想像するのも、おぞましかった。

 柳だと思われる足音が、三好家から出た。

 どこに向かうのか……。

 山狩りの人員がもどってくるころだ。

 大勢が村にいたら、姿を目撃される危険が高まる。どこか安全な場所に行かなければ。

 村の東側に、廃屋があったはずだ。

 そこに向かった。

 だれにも姿を目撃されることなく、廃屋に入ることができた。ただし壁はいたるところが崩れている。本当に身を隠せているかは運にまかせるしかない。

 あとは朝になり、峰岸が助けを呼んできてくれるのを祈るしかない。

 時間の感覚は、かなり乱れている。夜だということしかわからない。

 食欲はないが、喉の渇きは強い。

 しかし、いまは我慢するしかない。村のなかでヘタに動き回ることは自殺行為だ。

 外に出ている人間はいなくなっていた。山狩りを切り上げて、みな自宅に帰ったのだ。気温から、だいぶ遅い時間になっていることはわかる。

 夜明けまでは、あと何時間だろうか?

 はたして、峰岸はうまく町に出られただろうか。助けを呼ぶにしても、早朝からというわけにはいかないだろう。陽が出てからも、しばらくは一人でどうにかしなければならない。

 喉の渇きが、うすれていく。

 ダメだ……眠るわけにはいかない。

 いや、数分だけなら……。

 


「足跡がある」

「バカ、声を出すな!」

 ……!

 その声で、世良は目覚めた。

近くに人がいる。急に動き出すと、足音で居場所を知られてしまうおそれがある。だが、動かなければ相手の視界に入ってしまうかもしれない……。

 どうする?

 足跡をたどられて、いまいる場所もいずれ発見される。

 声は、香苗と柳だ。

 声を出すな、と注意したのは、世良の聴力を承知しているからだ。

 世良は、勝負をかけることにした。

「おれは、どんな警察官だった?」

 周囲に緊張がはしった。

「そこにいるのか!?」

 柳の鋭い声がした。

「いろいろ調べたんだろう?」

「……ああ、元ハムなんだってな」

「それから?」

「耳がいいそうじゃねえか。それをつかって、いくつか事件を解決してるって」

「だから、ここでの件も解決したよ」

「ほう……」

 世良は、歩き出した。

 これで柳と香苗にも、姿が見えているはずだ。

「こんなところに潜んでいたとはな……」

「ここが、おまえの住んでいた家だな?」

「……解決したってのを、聞かせてくれよ」

 正解だったようだ。

「この村で百年前に埋められたものは、人間だ」

「それで……どこにあるんだ?」

「ここだよ」

「なに?」

「この家の敷地内のどこかだよ」

「……本当だろうな?」

 世良は、うなずいた。

「どうして、そう思うの?」

 香苗が声を挟んだ。

「この村の風習から導き出した」

 二人は黙り込んだ。もっと詳しく話せ、という催促だろう。

「柳さん、あなたはこの香苗さんを殺害しようとしていた」

「どうしてそれを……」

 呆然とする柳に、香苗が冷静に指摘した。

「昨夜、わたしたちの話を聞いていたのね?」

 それには答えず、世良は続きを語った。

「それはどうしてなのか──三好家の力を奪うためだ。ちがうか?」

「……そうだ。この村だけの風習……いや、呪いといってもいいな」

「おそらく村の長をつとめるような家は、ほかの有力な家の人間を殺害して埋めていた」

「そうだ……そのとおりだ」

 柳は認めた。

「そして、べつの家が長をつとめる家にとってかわろうとするときは、その長の家の人間を埋める……そうだろ?」

「よくそんな荒唐無稽な推理をしたな。感心するよ。普通は、信じられないと思うだろうに」

 柳の声は、本当に感心したふうだった。

「埋めた場所をさがしているということは、掘り起こして供養をしなければならないのかもしれない。あの神社はそのために存在して、死者の魂は洞窟を通ってあの世へ旅立っていく──」

「すげぇな、この村の言い伝えのまんまだよ」

 当たっていても、うれしくはなかった。

「どこに埋めるべきかは、決められてないんだ。どうして、ここだと思った?」

「だから、風習だよ」

「どういう意味だ?」

「邪魔な家の生気を絶ちたいのなら、その家の敷地に埋めるのが合理的だ」

 世良は言った。自身でも、荒唐無稽なことを口にしているとあきれている。

「なるほど……合理的か」

 柳の声からも、同じような感情が見え隠れしていた。いや、聞こえ隠れ──か。

「だがよ、そんなことなら……百年前から語り継がれていたんじゃねえか?」

 それについての答えはもっていない。

「百年前にも『宝物』をみつけだすのに苦労したみたいだぜ」

 その部分についてだけは伝えられていたようだ。

「故意に隠していたか、たまたまそれについてだけ忘れられたのか……。簡単だからこそ、わざわざ記録を残さなかったのかもしれない。後世の人間は、逆にそれを難しく解釈してしまった……」

 世良には、予想をあげていくことしかできない。結局は百年前の当事者たち、さらに二百年前の当事者たち──その先人たちに話を聞くしかない。

「そうかい……埋められた場所がわかったんなら、あんたは用済みだな」

 しかし、柳の言葉に殺意はなかった。理由は簡単だ。本当に掘り起こしてみるまでは、生かしておくつもりなのだ。

「おい、スコップをもってこい」

 香苗に言ったようだ。家まで取りにいく足音がした。

「ここに宝物がなければ、またさがしてもらうぜ」

「殺されるとわかってるのに、従うと思うか?」

「おれは考えるのが苦手でな。おまえがさがせなきゃ、あの女を殺す」

 冷酷な言葉だった。

「ん? どうした? 頭がおかしくなったか?」

 世良は、笑っていたのだ。

「こんなことが成立するはずがない」

「あ?」

「おれのツレが、助けを呼んでくる」

「くくく、なんの対策もしないと思ってるのか?」

 柳は余裕だった。

「町の警察署に駆け込んでも、だれも相手にしないぞ」

「人が殺されてるのに?」

「だれも死んでいない。町のやつらには、ありもしないことを訴えてくる男がいるから相手をするなと忠告してある」

「町の警察署でなかったら?」

「うちに駆け込むつもりか? だが、本部がなんの確認もせずに人員をこんなところまで送ってくるはずがないだろうが。まずは、町の警察署に連絡がいく。この村には駐在もいないからな」

「それは町の警察署の人間が、あなたの話を信じたとしたらだろう。こっちの訴えのほうを信じるかもしれない」

「おれは、本店だぜ。東京じゃどうか知らんが、ここでは本店に逆らおうってやつはいねえんだよ」

「そうか……」

「そうなんだよ。だから希望なんてもたずに、こっちの言うことをきいておけ」

「だが何人も殺せば、いずれ身を滅ぼすぞ」

「埋めりゃいいんだよ。百年間な」

「百年前とは、警察の能力がちがう」

「だから警察は動かねえんだよ!」

 柳は勝ち誇っていた。

「ふふ」

「また笑いやがった……やっぱりイカれたんだな」

「ちがうよ。どうやら町の警察署の人間は、あなたのことを信用しなかったらしい。それとも本店自身の判断でやってきたのか」

「あ?」

 柳には、まだ聞こえていない。

 しかし世良の耳には、サイレンを鳴らしながら山道を急ぐエンジン音が届いている。

 じつは、少しまえから気づいていた。

 しだいに大きくなっていく。柳の耳でも、とらえられるようになったはずだ。

「ねえ! パトカーがいっぱいきてる!」

 スコップを持った香苗が、慌ててもどってきた。

「くそ!」

 柳が悔しさを声に出したが、逃げるようなことはしないようだ。

「まだ勝負はついてねえ」

 正樹の遺体は、みつからないようなところに隠したのだろう。それを除けば、まだ明確な犯罪行為はしていない。

「どうするの?」

「同僚なんだ。話せばこっちの味方になってくれる!」

 柳と香苗が早足で歩き出した。三好家に向かっている。パトカーはその周辺に停まったはずだ。世良も向かった。

「お、おまえら、だれだ!?」

 さきに到着した柳が、困惑を口にしていた。その理由は世良にもわからない。

「おい、おまえら本当に県警か!?」

 どうやら、やって来た捜査員に知り合いが一人もいなかったようだ。

「おい! なんとか言えよ!」

「そうですよ。われわれも本店ですよ」

「そんなはずねえ! 刑事部に、おまえなんかいねえ!」

「われわれは、警備部です」

「なに……!」

 柳は絶句したようだ。

「王海さん!」

 峰岸の声がした。うまく助けをつれて、もどってくれたのだ。

「ありがとう。助かった」

「大丈夫でしたか?」

「ああ。もう少し遅かったら、危なかった」

「ホントですか? 王海さんがピンチになるなんて想像できません」

 峰岸のお気楽な発言のさなかにも、柳の混乱はおさまっていなかった。

「警備って、なんなんだ!?」

 千葉県警の警備部がやって来たのだ。柳が想定していた刑事部ではない。

「あの、よかったですかね?」

 ためらいがちに峰岸が耳元で囁いた。

「言われたとおり県警本部に駆け込んだんですけど、最初はまったく相手にされませんでした。どうして110番通報しなかったのか、と」

 普通は、県警本部に事件を訴えることはしない。

「どうにか話を聞いてもらえたんですけど、とにかく地元の警察の人間を派遣してみる、と塩対応でした」

 想像していたとおりだ。実際にそうなっていたら、柳の思惑どおりになっていただろう。

「すぐに向かってくださいとお願いしていたら……あの人に声をかけられたんです」

 どうやら、いま柳の相手をしている人物らしい。

 警備部──。

 千葉県警には、公安部は存在しない。警備部のなかに公安の部署がある。おそらく、ここにやって来たのは、その連中なのだ。

「よかったですか?」

「ああ。助かった」

 皮肉なことだった。警視庁には桐野のように助けになってくれる人脈は多いが、この千葉県内では孤立無援だった。

 それなのに、いつもは敵対することの多い公安が助けになるとは……。

「世良さんですね?」

 柳の抗議を打ち切ったその人物から、声をかけられた。

「はい」

「あなたについては、なにかあったら協力するようにと通達が出ています。出しゃばった真似かとは思いまずが、こうして参上させていただきました」

 その通達というのは、信用できなかった。

 通達はあるのかもしれない。しかし内容は、まったくちがうはずだ。

 監視。

「それで……助手の方の話だと、遺体がどこかにあるということでしたが」

「それよりも、まだ現在進行形で殺人事件がおきようとしています」

「物騒ですね」

 興味はないようだった。それはそうだ。公安の人間にとって、殺人の捜査は意味のないものだ。

「どういうことですか、王海さん?」

「三好正樹を殺害した犯人が、今度は三好雅子さんを手にかけようとしている」

「え? その犯人って……その刑事さんじゃないんですか?」

 峰岸の視線に気づいたのだろうか、柳の声が割って入った。

「あ?」

「い、いえ……」

 顔で威圧したのだろうか。

「いや、三好正樹の殺害は、べつの人物だ」

「だれなんですか?」

「三好善治だ」

「え? でもそうなると……自分の息子を殺害したってことになるんじゃ……」

「ここの風習を守るためだ。家の主よりもさきに『宝』を掘り起こしたら、その人間が主になる──みたいなルールがあるのだと思う」

 半分はあてずっぽうだが、ここではどんな不条理な掟が残っていたとしても驚かない。

「よくわかったな……そのとおりだよ。だから、おれじゃねえ」

 柳も、それを認めた。

「いま、その三好善治という容疑者は?」

 公安の捜査員が言った。

「この家のなかにいると思う」

 世良は答えた。

 数人が同時に動き出した。

「どうして、奥さんを?」

「離婚を考えていたという話を聞いた。もし、すでに離婚が成立していたとしたら、儀式の生贄になる可能性がでてくる。雅子さんは、この村の人間だろう?」

 答えるのは、柳でも香苗でもよかった。

「そうだ……」

 柳が答えた。

「柳さん、あなたも雅子さんを埋めようとしていたようだが、三好善治さんも、そう考えていたんだよ」

「は、はなせ!」

 三好善治の声がした。

 家のなかから連行されてきたのだ。

「奥さんは?」

「無事だ」

 公安の刑事が答えた。遅れて、雅子だと思われる足音が、複数の足音にまざって聞こえた。

「まさか……もどってきてたなんてね」

 あきれたような声は、香苗のものだった。

 多額の借金を立て替えてもらうかわりに、柳にこの村の当主をゆずったのだ。そして、ここを出ていった……はずだった。

 しかし善治がそういう人間でないことは、世良でなくても推理できる。

「でも、『宝物』をみつけてないのに、べつのものを埋めても、なんの意味もないのに」

「う、うるさい……こんな風習なんて、適当でいいんだ!」

 身も蓋もないことを善治は言い出した。

 適当でいいなら、人を殺す風習などやめるべきなのだ。

「ふう……」

 世良は、ため息のようなものを吐き出した。

「すくなくても百年前の人たちは、バカなことだと気づいていたのに……」

 思わずもらした言葉が、この場に波紋を生じさせたようだ。

「なんだと?」

 柳と善治が、ほぼ同時に声を放っていた。

「廃屋に埋まってるのは、人間じゃない」

「どうしてわかるんだ!?」

 柳が嚙みついた。まだ状況のわかっていない善治は意味をつかみかねているようだったが、場の空気から想像できたようだ。

「わかったのか? あの場所が!?」

「あそこだとよ。むかしの家だ」

 きっと柳が廃屋のある方向を指し示したはずだ。

「掘り返していないのに、どうして人間じゃないとわかるんだ?」

 あらためて柳か答えを迫った。

「ニホンザルだよ」

「サル?」

「神社や、あの洞窟にサルの絵や石像があるのは、百年前にサルを埋めたからだろう」

「……」

 だれからも反論はなかった。この村でサルを神格化しているのは、村人のほうがよくわかっているはずだ。

「それじゃあ……サル信仰は、百年前からなんですか?」

 峰岸の質問は、とても素朴に聞こえた。

「そのころは、房総半島のサルの個体数が減っていて、保護活動をはじめていたはずだ。人間のかわりにするとはいえ、罪悪感があったんだろう」

 子供のころの研究が、こんなところで役に立った。

「それで、サルをまつるようになった……」

 もちろん、世良の予想でしかない。何度も言うように、正解は百年前の人に確かめるしかないのだ。

「は、はは……はははは!」

 柳が、大笑いをはじめた。

「くっ!」

 善治は悔しそうな声をもらした。歯を食いしばっているようだ。

「で、肝心の遺体はどこに? 埋められてるのがサルだろうと人間だろうと、どちらにしろ百年前なんですから、時効が成立している。いまおこったという殺人事件について話をしてもらいたい」

 公安が殺人事件の行く末を心配しているのも妙だが、こうして来てくれた以上、それをむげにするわけにもいかない。

「殺したのは三好善治さんでも、隠したのは柳さんだ」

「おれは知らねえ!」

 柳が吠えるように否定した。

「発見したときは洞窟でしたが、たぶん移動してるでしょう」

「だから、知らねえ!」

「ですが、入念に隠すような時間はなかった。おそらく、神社のなかだと思います」

「おい」

 公安の男が声を発すると、部下だと思われる人員たちが向かっていく。しかし、すぐに全員が立ち止まった。

「神社の場所は?」

「あ、ぼくが案内します!」

 峰岸が先導して向かいなおした。

 十分後、本当にあったと騒ぎながらもどってきた。

「このまま、みなさんが捜査を主導するのですか?」

 世良は訊いた。

「上の判断しだいです」

 警察官らしい──とくに公安らしい返答だった。

「世良王海のかかわった案件は、すべて公安案件……いまの常識ですよ。その流れをくむのなら、このままわれわれが……」

「ここでおこった犯罪は、三好正樹の殺害と、遺棄、雅子さんへの殺人未遂。殺人と未遂は、三好善治の犯行で、遺棄は柳の犯行です」

 わかりやすいように要約しておいた。刑事事件の専門外でも、どうにか立件できるだろう。

「あなたへの犯行は?」

「いえ。なにも実害はありませんので」

「……そうですよね。あなたにとっては、たかられたハエをはらった程度のことでしょうから」

「くそ!」

 ハエあつかいされことが気にさわったのか、柳が悔しそうな声をあげた。

「とんだ依頼になっちゃいましたね」

 こんなことに巻き込まれても、峰岸の発言はいつものように、お気楽なものだった。


     * * *


「なんと言ったらいいか……」

 東京にもどって数日が経った。

 前回の依頼人であり、今回の件を紹介してくれた女性──赤松が、申し訳なさそうに言葉を出している。

「言い訳になってしまいますけど……わたしは、その村に行ったことないんですよ。雅子ちゃんが東京に出てきたときに会うだけでしたから。まさか、そんなおかしなところだったなんて……」

「いえ、お気になさらないでください」

「せめて、これを……」

 なにかを差し出しているようだ。

「折り菓子と──」

 峰岸の言葉は、そこで止まった。

 折り菓子のほかに、金銭の入っているような封筒でもあるのだろう。

「お菓子のほうだけいただきます」

「でも……」

「料金は、依頼人から受け取っています」

 直接の依頼主である三好善治は逮捕されているので、妻である雅子からもらっている。

 三好家は火の車でも、雅子には千葉市内に飲食業で成功した資産家の弟がいるそうだ。どうやら柳は、その雅子の弟の財産を奪う算段で、借金をした。その借りた金で、三好家の借金を肩代わりしたのだ。つまり借金で、人の借金を肩代わりするという愚かな方法をもちいていた。柳の罪はそれほど重くはないが、そのかわり多額の負債が残ることになった。

 それから……あの夫婦の離婚は、まだ成立していなかったようだ。そして、これからも三好雅子は、あの家で暮らしていくということだった。

「……じつは、そう言うと思って、また仕事を紹介したいんですよ」

「え? 依頼……ですか?」

「そうそう、わたしの知り合いの女の子なんだけど」

「は、はあ……」

「とても可愛い子なのよ」

「どんな内容なんでしょうか……」

「その子が、ストーカーにつきまとわれてるみたいなの」

「ストーカーですか……」

「王海さん……」

 峰岸の顔が見えなくても、やめておきましょう、という意思が伝わった。


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