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遠い声Ⅲ  作者: てんの翔
4/12

VOICE.2 百年の宝物 前編

       1


「ここ、本当に千葉なんですか?」

 峰岸は、まだ愚痴を口にしていた。

 たしかに千葉県を、あまり田舎だとは思わない。成田空港や松戸・市川のような、東京とかわらない場所なら、世良でも風景を思い浮かべることはできる。

 あと、海だ。学生のころに、千葉の海に来たことがある。ただし、どこの海岸だったのかは、いまでは思い出せない。

「あ、サル!」

 車は山道を進んでいた。

「千葉にもサルがいるんですね」

「ああ。房総半島は、ニホンザルの生息地なんだよ。外来種のアカゲザルもいる」

「外来種?」

「60年代に観光施設から逃げ出したんだって。いまは、ニホンザルとアカゲザルの交雑種が広がってると思う」

「王海さんは、動物についての知識もあるんだ」

 小学生のときの自由研究で、勉強したことがあるのだ。

 車は、さらに数十分進んでから停まった。

 緑の香りが濃く、風が葉を揺らす音が心地よく広がっている。

「かなり大きな家です。この地区の地主でしょうか?」

 感嘆の声をあげたあとに、ごめんください、と峰岸が家の人を呼び出した。

 奥のほうから、はい、と聞こえた。

 数秒してから、

「どちらさまでしょうか?」

 扉があいてから、同じ女性の声が言った。年齢は四十歳ぐらいだろうか。

「世良探偵事務所のものです」

「ああ、さよちゃんが言っていた……」

 さよちゃんというのは、この仕事を紹介してくれた前回の依頼人・赤松のことだろう。

「どうぞ、お入りください」

 家のなかへ進んだ。ひんやりとした板張りの廊下が、しばらく続く。

「こちらへ」

 畳の敷かれた部屋に入った。

「あー、あー、ゴホン」

 峰岸が喉の調子を確かめるふりをして、声と咳ばらいを出した。世良に部屋の広さを確認させるためだ。

 二十畳ほどの広さがある。

「こちらにお座りください」

 座布団の上に正座した。三分ほどして、お茶が運ばれてきた。

 そのまま正面に女性がついた。

「お待たせしました。主人はいま仕事ですので、わたしがお話しします」

「探偵をおさがしということでしたが、どのような依頼なのでしょう?」

 事前には、込み入った事情、としか聞いていない。

「それなのですが……」

 とても言いづらそうだった。

「この村には、古い風習がありまして……家宝をどこかに埋めるんです」

「家宝?」

「はい。もうそんなことをやっている家は、うちだけになってしまったんですけど」

 家宝の詳細を聞きたかったのだが……。

「お恥ずかしい話なんですが、どこに埋めたのかわからなくなってしまったのです」

「は、はあ……」

 もっと深刻な内容を想定していただけに、拍子抜けした感が強かった。

「この村のどこかに埋めてあるということですか?」

「そうです」

「それをさがせばいいのですか?」

「お願いできますでしょうか?」

 世良は一瞬、考え込んだ。

 わざわざ東京から探偵を雇うほどの仕事だろうか?

「その家宝というのは、どういったものなのですか?」

「それはわかりません」

「わからない?」

「はい……」

「つまり、それがどこに埋められたのかも、それがなんなのかも、わからない……と?」

「はい……」

 世良は、べつの質問をすることにした。

「では、どうしていま、その家宝を掘り起こそうとしているんですか? なにかに必要なんですか?」

「なんでも、百年に一回、場所を変えなければならないそうなんです」

 その言い方だと、この女性もよく理解はしていないのだ。前回が百年前ということは、ヘタをすれば、だれもこの風習について詳しく知る者はいない可能性すらある。

「王海さん……」

 不安げな声を峰岸がもらした。これまでに例のない依頼だから、受けるべきではないと考えているのかもしれない。

「報酬は、それなりに払えると思います」

 世良は、基本的な費用について説明した。

「わかりました。正式には主人のほうから話があると思いますが、その金額の三倍を払わさせてもらいます」

「三倍ですか……」

 少し考え込んでから、

「お引き受けいたします」

 そう返事をしておいた。

「ありがとうございます」

 峰岸が、さきほどとは少しニュアンスのちがう「王海さん……」という声をもらした。やめておきましょうよ、と言いたいのだろう。

「ここには宿もありませんので、うちに泊まってください」

 その配慮には、甘えるしかないだろう。となりの町までは車で二時間近くかかってしまう。

 あとで知ったことだが、この家の主人はその町の役場まで毎日出勤しているそうだ。それを最初に聞いていれば、町から通うことも考えたかもしれない。とはいえ、何日かかるか想像もできない依頼だから、ここに泊めてもらうのがベストだろう。

 部屋に案内されたあと、さっそく依頼にとりかかることにした。

「埋めたのは、この家の近くなんですか?」

「それもわかりません。この村のなかとしか……」

 まずは、村を歩くことにした。

 思ったよりは広いようだ。家の数は、二十軒ほどあるという。

「このなかから掘り当てるのは無茶ですよ」

 優秀な探偵をさがしていたのは、そのためなのだ。

 もしくは、もっと本格的な装備や重機を所有する大がかりな会社に頼むしかない。そうなると、提示された三倍の額よりも費用はかさむだろう。それに装備といっても、宝物がなにかわかっていないのだ。探知機も意味がない。

「ことわったほうがよかったんじゃないですか?」

 峰岸の言うことは正しい。

「お金のためじゃないですよね? どうしてなんですか?」

「いろいろとね……」

「王海さん?」

「おかしな依頼だ。けっこうなお金を出してまで、どうして家宝をさがすんだろう。それほど風習に強制力はなさそうだけど」

「そうですね、ほかの家はもうやってないんだし」

 ほかにもある。

 専門の業者に頼めば金がかかるといったが、探偵や業者ではなく、自分たちでさがすという選択が抜けている。

 村に二十軒の家があれば、それなりの人数は集められるだろう。たとえ高齢者が多かったとしても、十人ぐらいはいるはずだ。こういう集落は、地域の絆は強いのではないか。

「ほかの家には頼めないんですかねぇ」

 峰岸にそのことを伝えたら、そういう声が返ってきた。

「たしかに村の人たちでさがせば、よく知っている土地なんだし、みつけやすいでしょうね」

 ひととおり歩いたから、依頼人の家にもどることにした。その間、だれとも会わなかったのだが……。

「おい」

 強めの声がかけられた。

「あんたら、見ない顔だな?」

 警戒しているわけではなさそうだ。しかし、歓迎されていない声だった。

「はい、東京から来ました」

 峰岸が答えた。

「なにしに来たんだ?」

「三好さんをたずねてきました」

 三好というのが、依頼人の名前だ。

「へえ……まさか、あれのためか?」

「あれ? あれ、とはなんですか?」

「だから、あれだよ」

 男の声は、四十歳ぐらいだろうか。低く、ドスのきいた声だ。

「あなたは、この村の方ですか?」

 世良は、峰岸のその問いかけに疑問を感じた。このシチュエーションでは、ここの住人と考えるのが普通だ。

 すると、小声で峰岸が囁いた。

「スーツを着てます」

 なるほど。それなら不自然に感じることも納得できる。当然、こういう山中でもスーツを着るような会社員もいるだろう。しかしその場合、こんな日中に遭遇することはないはずだ。

 世良は最初、なにかのセールスのために来ているのかと考えた。しかし男の口調は、営業にはむかない。

「まあよ、そこんところはいいじゃねえか、どうでもよ」

 そのごまかし方からすれば、ここの人間ではないのだろう。出身はどうかわからないが、すくなくても、いまは住んでいない。

「見当はついてるのかい?」

「見当? なんのですか?」

「だからよ、あれのだよ」

「ぼくたちは、いまついたばかりですから、なんのことだかよくわかりません」

 峰岸は、まだ依頼人からなんの話も聞いていないふりをして言葉を返していた。

「そうかい……おれは、柳ってんだ」

「世良です」

 そこでようやく、世良は男との会話に加わった。得体の知れない相手に、峰岸に名乗らせるわけにはいかない。

「あんたのほうが、責任者だな?」

「そういうことになりますね」

「ふーん」

 きっと、舐めまわすように見られている。

 その想像どおりなら、柳という男の素性に心当たりがあった。

「どこにお勤めですか?」

 世良は質問した。

「あ?」

「この近くですか?」

「どうなんだろうなぁ」

 やはりとぼけている。

「本店のほうですか?」

「ほう……あんた、同業者かい?」

「むかしですよ」

「なにかやらかしたか?」

「どうでしょうねぇ」

 世良は、柳の口調を真似た。

「ケッ!」

 柳は、おもしろくなさそうに吐き捨てた。

「……まあ、仲良くやろうや」

 気を取り直したように一転して、続けていた。

「またな」

 柳の足音が遠ざかっていく。

「王海さん……結局、だれなんですか?」

「千葉県警の警察官だ」

 世良は断言した。

「県警本部?」

 本店ですか?、という部分を考慮して、峰岸にもその答えがわかったようだ。

「ああ」

「県警本部の人が、どうしてこんな山奥に?」

「どうやら、あの男もさがしているみたいだ」

「家宝をですか?」

 世良はうなずいた。

「ちょっと、あやしい人ですね……」

「おれのことを、不祥事をおこしたと決めつけた」

「否定しなかったのは、わざとですか?」

「そのほうが、やりやすくなる」

 真逆に転ぶ可能性もあるが。

「王海さんのこと、調べるでしょうか?」

 普通なら、東京から来た、と耳にした時点で、そんな面倒なことは考えない。

 他県警──この場合、警視庁に問い合わせなければならず、そのためにはそれなりの理由がいる。東京に知り合いの警察官がいるなら話はべつだが。

 そのハードルをまたいでまで調べるということは、それだけの強い動機があるということだ。

「どっちになってもいいように、両方のパターンを考えておくよ」


       2


 夜になり、当主の三好善治が帰宅した。

「あなたが探偵さんですか……」

 五十代ほどで、太く、よく通る声だった。

「世良です」

「家内から聞いていると思いますが、よろしくお願いします」

「わかりました」

「申し訳ないが、期限まで一ヵ月しかありません」

「それまでに、ということですか?」

「そうなります」

 百年前の、埋められた日はわかっているようだ。それがわかっているのなら……。

「ヒントのようなものは、ないんですか? たとえば、大きさとか」

「わかりません。なにせ百年前のことですから」

 ノーヒントなのは、変わらなかった。

「まあ、今夜はゆっくりしてください」

 食卓には、豪華な料理が並んでいるようだ。峰岸がみつくろってくれた。味も、まずまずだった。

「よお、オヤジ」

 そこに二十代後半ぐらいの男性の声がした。

「正樹か……」

「そりゃねえだろ、息子が帰ってきたってのに」

 微妙な空気感だ。

「東京から探偵呼んだんだって?」

「なんだ、雅子から聞いたのか」

 雅子というのは、奥さんの名前だろう。

「あれまで、もう時間がないからな。やっと本気になったってことだろ」

「都会に行ったおまえには、関係ない話だ」

 冷ややかに父親である善治は言った。

「あら、子供なんだから、見届ける権利はあるでしょう?」

 またべつの声だった。女性だ。

「アネキも来たのかよ」

「そりゃ、百年に一度のイベントなんだから」

「香苗もか……」

 善治の声からは、子供にたいする愛情は感じない。

「儀式は、この家の繁栄のためにある。東京へ逃げたおまえたちには関係のないことだ」

「わたしたちも、この家の人間でしょう?」

 二人は現在、東京に住んでいるようだ。

「いつまでいるつもりだ?」

「きまってるでしょ、その日までよ。正樹も、そのつもりでしょ?」

「ああ」

 あと一ヵ月といっていたから、それまでだろうか。

「あなたが探偵さんかしら?」

 言葉が、世良に向けられた。

「はい。世良といいます」

「優秀なんでしょうね?」

 答えづらい質問だった。

「香苗さん……でいいんですよね?」

 結婚している場合、姓は変わっているかもしれないから、下の名前だけを確かめた。

「ええ」

「香苗さんは、むかし右足を怪我したのではありませんか?」

「どうして、そう思うんですか?」

「体重のかかり方が左右でちがいます。数年……十年ぐらいは経っているかもしれない」

「アネキの歩き方は、普通とかわらないのに……」

 弟──正樹の発言内容からすれば、正解のようだ。

「交通事故ですか?」

「……なぜ、そう思うの? べつの理由かもしれないし、生まれつきかもしれない」

 少しおびえのようものが声音にまじっていた。

「まず、生まれつきではないと思います。これについては勘のようなものですが」

「まあいいわ……続けて」

「体重の乗せ方が不自然ではありますが、かといって不自然すぎはしない。すでにそういう歩き方に慣れている。そこから十年と算出しました。もちろん、個人差もあるでしょうから、もっと浅い年数なのかもしれない。十年とした場合、香苗さんの年齢からすれば、すでにこの実家を出ていたのではないでしょうか?」

 三十歳前後と仮定している。

「あら、わたしをおばさんだといいたいの?」

 だが、声音に不快なところはなかった。

「ははは、アネキもいい歳だからな」

「家を出たのは、大学進学と同時……だから当たってるわ」

「そうなると、歩き方が変わるような大怪我はかぎられます。一番可能性が高いのは、交通事故になる」

 この実家に住んでいたとしたら、たとえば斜面から落ちたなどの理由も考えられる。もしくは東京に出ていても、スポーツをやっていれば、怪我をすることもあるかもしれない。

 が、この女性が怪我をするまでスポーツに打ち込むことを想像できなかった。

「なるほどね。すごい推理力だわ」

 しかし、まだなにかしらの疑問をもっている。

「でも、どうしてわたしの歩き方の癖がわかったの? 見た目の特徴はないはずよ」

「見ていないからです」

 当然の疑問に、世良はそう答えた。

 だれにも意味は通じなかったようだ。

「王海さんは、耳がいいんです」

 唯一、意味を理解している峰岸が補足した。

 そこで、この家族にも理由がわかったようだ。

「もしかして……世良さんは……」

 視線のズレを感じ取っていたのかもしれない。

「はい、眼が見えません」

 しばらく、家族から言葉はなかった。

 前回の依頼人である赤松も、世良の眼のことは気づいていなかった可能性がある。そのことの言及をした記憶はない。

「見えない……それで、さがせるのですか?」

 そう問われると、答えに困る。しかし今回の依頼内容からすれば、眼が見えていようとあまり関係はないと思うのだが。

「最善をつくします」

「いいじゃない、お父様。わたし、この探偵さん気に入ったわ」

 香苗の一言で、適任かどうかはうやむやになりそうだった。

 夜が更けて、眠りについた。

 峰岸は、すでに熟睡している。

 世良は、耳を澄ました。

 風が葉を揺らす音。虫の声──自然のなかにいることを実感する。

 それだけではない。話し声。

「どこまで話してんだ、オヤジ」

「家宝のことか?」

「それ以外に、なにがあんだよ」

「話すもなにも、おれだって知らんのだから」

「あれについて……」

「知らんほうがいいだろ?」

「そうだけどよ……」

 話し声は、それだけで終わった。

 やはり、ただの宝さがしではないようだ。

 世良の耳は、さらにべつの音をとらえていた。

 外。足音がする。

 こんな時間に?

 この家の周囲を歩いている。

 何者だ?

 何周かしたあとに遠ざかっていった。


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