VOICE.6 三年後の未来⑤
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もう一人の殺し屋の登場に、邸宅内は唖然とした空気に包まれていた。いや、参加者のだれも、この現実を受け止められていないのだ。まるでテレビドラマを眺めるように、いまの状況を無言でみつめるしかないのだろう。
ただ、世良の下にいる義手の殺し屋だけは、興奮したような息づかいとなっている。憧れの人に会えた喜びを噛みしめているのかもしれない。世良が押さえ込んでいるために、声は出せない。
「話が長くなる。あとにしろ」
《U》は、世良の説明要請に応じようとはしなかった。
「言え」
だが追及をあきらめない。
「……ファティマの予言って知ってるか?」
思いがけない言葉が耳に流れた。
「おれも詳しいことはわかってないから、簡単に言うぞ。1917年にポルトガルでおこなわれた聖母マリアの予言らしい。それには三つあってだな──」
一つは、第一次世界大戦の終結。
二つは、第二次世界大戦の開戦。
「で、三つ目が問題でな」
「秘密にされてたんだろ?」
世良は言った。少しは聞いたことがある。
「そうだ。だから世界が破滅する予言なんじゃないかと長年言われつづけてきたそうだな。で、それがついに公開された……何年に公開されたんだっけ?」
「2000年だよ」
答えたのは、執事の近藤だった。
「内容は、どんなものだったんですか?」
峰岸が素朴な問いを向けた。
じつは、秘密にされていたことは知っていたが、公開されたということは、いまはじめて耳にした。
「なんだっけな……」
「1981年の教皇暗殺未遂だよ」
やはり答えたのは、近藤だった。
「そうそう、そんなことだったな。でな、ここからが重要ことだ。そもそも長らく秘密にしていた予言が、暗殺未遂だというのはヘンだと思わないか?」
「ちがうのか?」
「まあ、おれにはどうでもいいことなんだがな、とにかくまだ裏があるんだってよ」
さきほどから《U》の発言は、とても曖昧だ。というより、この男もつい最近聞いた話なのだろう。
「はやく真相を言え」
世良は、突き放すように催促した。
「いや、おれも知らない。そこまでは教えられてないんでな」
拍子抜けしたのは、世良だけではなかっただろう。
「ただ……三年後に、なにかがあるらしい」
三年後?
「ま、未来になにがおこるにしろ、その日暮らしのおれには、どうでもいいことだがな」
吐き捨てるように、《U》は言った。
「で? その予言が、どうおまえと関係している?」
「せかすな」
気分を害したような声だった。
「長くなるから、いろいろ端折るが、イタリアにいたおれに、バチカンの人間とやらが近づいてきてだな、この話をされたんだよ」
「おまえの目的は?」
それはイコール、近づいてきたというバチカンの人間の思惑でもある。
「回収してほしいんだとよ。その予言を」
「予言? ここにあるのか?」
「うなずきました」
《U》は当然のことながら、世良の眼のことを知っている。というより、瞳を潰した張本人なのだ。ジェスチャーでは通じないことを承知いているにもかかわらず、そうしたということは、この男にも絶対的な確証があるわけではないのだ。
「どういうことだ? 説明しろ」
「なんだか上からだな。おれだって、半信半疑なんだ」
「予言はどこにあるんだ」
「そこにある……」
「わかるように言え!」
「王海さん……執事さんを剣で指しています」
兜以外は脱いだはずだが、剣だけは手放していなかったようだ。
だが、執事が持っているのなら、すぐにでも姿を消しているはずだ。
ということは、人質にとっている東郷兼良とみるべきだ。
「……彼のどこにあるんだ?」
所持しているのならば、それを奪えいい。だが、執事にそのような素振りはない。では、兼良はどのようにそれを持っているのか……。
どうやら、本人にもそれがわかっていないようだ。
「な、なんなんだ……この兜はだれなんだ!? 近藤! なにがおこってるんだ!?」
「落ち着いてください、兼良様。この男は、あなたがさがしていた人物ですよ。世良王海に捕らえられたような二流ではなく、本物の」
それを耳にしても、兼良には理解できないようだ。
「おっと──それ以上は近づくな」
執事が警告を発した。
「やめておけ、おれには勝てない」
「ふふ、なめられたものだな……若造に」
世良は、耳に集中した。会話を聞くためではない。
足音。
だがやつは、ほぼ足音をたてていない。
それでも、わずかに……。
もうすぐ、執事と接触するはずだ。
どうする? 飛び出すか? だがそうしてしまうと、捕らえている殺し屋を自由にしてしまう。
いまから馬込に協力を求めるべきか……。
いや、馬込の能力が、それをするにたりているかわからない。
「おい! どこにある!?」
世良は、声を放った。
「こいつの背中だってよ」
ヤツは、さらりと答えていた。このままもったいつけて、結局なにも言わないのかとあきらめていたのだが。
「背中?」
意外な答えだった。
「一応、言っておく。おれにその男を救う義理はない。こんなふざけた会を仕切っていたんだから、当然、悪人だろう。そいつが死のうがおれには、どうだっていい。だから、人質にはならない」
《U》は、執事に言葉を発している。どうやら甲冑に化けながら、この邸宅でおこなわれていたことも、ちゃんと把握しているようだ。
「殺すな!」
「おまえは黙ってろ」
カン、という金属質の音が響いた。
次の瞬間、ドッ、と倒れる音が続いた。
「どうなった?」
峰岸に確認した。
「組み伏せました!」
「ヤツがか?」
「そうです……」
絵が浮かんだ。
執事の持っていた拳銃を、発砲されるまえに、まだ持っていた剣で打ち落としたのだ。
そして執事に組みついて、投げ飛ばした。
「大丈夫です、殺してません」
「おいおい、助手くん、物騒なことは言わないでくれよ」
《U》の息は、まったく乱れていなかった。
「人質を殺せないことはわかってた」
兼良の背中にあるものを奪うためには、生きていなければならないのかもしれない。
「しばらくのあいだ動かないでもらいたいから、こうするぞ。見たくないやつは、眼を閉じてろ」
ザ、という音がした。
「さ、刺しました……」
峰岸の声には、おびえがふくまれていた。
執事から悲鳴や苦悶の呻きは出ていない。
「動くなよ。ムリに動けば、その手は一生つかえないぞ」
手と床を、剣で刺し貫いたのだ。模造品ではなく、本物の剣だったらしい。
「おっと、おまえも動くなよ」
どうやら、兼良を捕まえたようだ。
布が擦れる音。
「おれも、はじめての作業だからな」
「な、なにをする!」
兼良の声だけは、ヤツに抵抗していた。
「背中に、なにかを当ててます」
「光?」
「そ、そうなんですかね……」
「ブラックライトのようなものなんだろうよ」
《U》は言った。この男も、よくわかっていないのだ。
「これをあてると、浮かび上がるんだそうだ」
そうっと、峰岸が動きだしたのが気配でわかった。
「おい、動くな」
「い、いいじゃないですか……みせてくれても」
峰岸は勇敢にも、稀代の殺し屋へ食ってかかった。
「どうせ見てもわからない。古代ヘブライ語で書かれてるそうだ」
「だれが背中に書いたんだ?」
「おれに質問してるのか? おれが知るわけないだろうが」
あっさりと、そう言われた。
ならば、近藤に話してもらうしかない。
世良は、顔を向けた。どういう体勢で手のひらに剣を刺し貫かれているのかわからないが、いまだに逃げられないということは、深く床に突き刺さっていることになる。
「だれが書いたわけでもない」
「そんなわけは──」
世良の反論にかぶせるように、
「それこそ、神のご意思なんでしょう」
「神が書いたと?」
「それが導きというものです」
そんなわけがない。絶対に、だれかの仕業なのだ。
おそらく、刺青のようなものだ。確実に、それを書いた──彫った人物がいるはずだ。これまでの発言を総合すると、それは近藤ではない。べつのだれかが、東郷兼良の背中に……。
「な、なんなんだ……いったい……」
兼良本人に、思い当たることはないようだ。いつのまにか、背中に記されていた。それだけを切り取ると、まさしく神託のようだ。
「その書かれている文章を、どうするつもりだ?」
「写真を撮る」
「なんて書いてあるんですか?」
峰岸の素朴な質問には、ため息が返ってきた。
「だから……おれじゃ読めない。おい、世良、ちゃんと教育しとけよ」
言われたくなかった。
「なにが書いてある?」
《U》は、執事に問いかけたようだ。
「……それは一節だけだ。それだけでは、意味が通らない」
「だそうだ」
衣擦れの音がした。兼良が解放されたのだろう。
「おまえは、それを撮影してどうする?」
「聞いたろ。予言は一つじゃないってことだ」
「ほかもさがすのか?」
「そういうことだ。それが依頼なんでな」
「なぜ、おまえが選ばれたんだ? なぜその執事ではなく、おまえが予言を回収することになった?」
「なぜ、が多いな。おれも巻き込まれただけだ。詳しいことは、バチカンとやらに聞け。このまえの件で、おまえもマークされてる」
「本当に実在するんだな?」
「実在しないと、だれに聞いた? そいつが本当のことを言ったと、どうしてわかる?」
バチカンを否定したのは、《かかし》だ。それをこの男が知ったら、どう思うだろうか。
「そいつが、バチカンの関係者なのかもしれない」
いや、この男なら、そのことに気づいているかもしれない……。
「おれの用事はすんだ。このまま消えさせてもらうぞ。だれも追ってくるなよ」
世良は、返事をしなかった。追いたくても、この邸宅の状況は異常だ。多数の死者が出て、簡単には脱出できないかもしれない。
いまは、《U》の相手をしている場合ではないのだ。
「廊下を曲がりました……どうしますか? どこから出るのか、追いかけてみますか?」
峰岸の言葉に、首を横に振った。
「もう見えない……」
それだけ言えば、ヤツの特性を知っている峰岸になら意味がわかるだろう。
すでに気配を絶ち、その姿をとらえることはできなくなっている。
「ははは……どうやら私は、切り捨てられるようだ。宝を──予言を狙っていたのは、ほかでもないバチカンだったというわけさ」
執事が、力なく笑った。
「あなたの役目は、予言を守ることだったんですか?」
「守るのとはちがう……だれかが狙うという想定はされていなかった」
しかし、それは何十年もまえの事情だ。時代が変わり、状況もちがっているのかもしれない。
この潜入任務は、まさしく人生をかけたものになっている。世良が公安時代におこなっていた潜入など、初歩もいいところだ。だがそれによって、この男の時間はずっと止まったままになっている。まさに、時代にとり残されているのだ。
「ぐっ!」
「剣を引き抜きました」
そうとう深く刺さっていたようだ。
「予言が奪われたのなら、私は消される……」
なぜ奪われたのかも、この男は知らない。今後も知らされることはないのだろう。
歩き出した。
追う必要はない。
世良も立ち上がった。
「王海さん……」
「大丈夫だ」
すでに殺し屋は、眠っている。《U》に悟られないように、絞め技で意識を奪っていた。不測の事態がおとずれたときのための対処だった。
馬込に邸宅内からロープをさがしてきてもらって、義手の殺し屋を拘束した。
「とにかく、ここから脱出しよう」
「もしかしたら簡単に、玄関から出られたりして……」
峰岸が向かっていった。生き残った参加者も続いていく。
「世良さん、ぼくたちはこっちをさがしてみませんか?」
馬込が言った。
断る理由もなかったので、馬込のあとに続いた。
「この部屋に入りましょう。どうぞ」
さきを譲ってくれたので、世良がさきに入った。探索のときに入ったことがあるはずだが、なにが置かれているのかまでは把握していない。
背後で、カチッという音がした。
「馬込さん?」
「……」
振り返ったから、眼の前に馬込はいるはずだ。
「どうしました?」
「……すみません、二人きりになりたかったもので……」
これまでに聞いたことのないような深刻なトーンだった。
「この部屋の壁は、防音になっているようですし……」
音の響きから、探索しているときに世良も気がついていた。
「どうして二人きりに?」
「たとえば、峰岸さんを信用していないわけではありません。ですが、ほかの人の耳には入れたくない」
それほどの内容……世良には、想像もできなかった。
「まず、最初にあやまらせてください……」
「なにに対する謝罪ですか?」
「いろいろです……」
あえて言葉は挟まなかった。
「ぼくが、今回のことで世良さんを巻き込んだことは、半分嘘なんです」
「大学の噂ですか?」
「それは本当です。でも……じつは、ある人物に大学への潜入を誘導されたんです」
「命令ではなくて?」
「上司ではありませんでしたから……」
「その人物は、だれですか?」
「坂巻という人です」
世良は、坂本のことを頭に浮かべた。
「公安なんでしょうけど、どこの部署なのかわかりません」
まちがいなく、坂本だ。
「だから、社内メールの話は嘘なんです。いえ、メールはきましたけど、正体不明じゃなくて、坂巻という人なんだと思います」
「……」
「じつは……ぼくは、ある事件について調べようとしていました」
「事件?」
「はい。世間ではО事件として知られています。ご存じですよね?」
「ニュースで耳にするていどには……」
噴霧乾燥機の製作メーカーである会社が、生物兵器に転用できる部品を中国に輸出したという容疑で摘発された。社長をふくめ、三人が逮捕されている。
が、じつはそれは公安により、でっちあげられた事件であり、まったくの事実無根だった。
すでに裁判で、そのことがおおけやとなっている。
「世間的には、捜査を主導した外事一課の係長と部下である警部補が手柄を焦って証拠を捏造したということになっています」
その二名は、虚偽有印公文書作成および公用文書等毀棄罪で書類送検されている。ただし、不起訴処分となっているはずだ。
「その事件の裏には……いろいろと裏があるみたいなんです」
裏には裏がある──。
「裏?」
世良まで、裏を反芻していた。
「はい。世良さんもニュースで、とてもひどい事件だと思ったでしょう?」
思った。逮捕された三人のうち、一人は持病の悪化で収監中に死亡している。どんなに保釈請求を出しても、検察は不相当を貫き通し、裁判所も認めることはなかった。治療のための保釈が認められていたら、死亡することはなかったかもしれない。
でっちあげた警察だけではなく、検察、裁判所も批判をうけることになった。それは当然だ。しかし当の組織人たちは、自分たちの正当性を主張するばかりで、亡くなった方への謝罪の言葉は、だいぶあとになってから、かたちだけのものだった。
「どうやら、公安部だけではないみたいなんですよ……検察と裁判所も、裏でつながっているみたいなんです」
それはさすがに、飛躍しすぎだと思った。だが馬込の声音は、それを信じて疑わない。
「その口ぶりだと、公安外事は、どうしても逮捕したかったみたいだね」
「はい。ぼくは、それを調べたいんです」
「どうして?」
国内と外事というちがいはあれど、同じ公安だ。どうして、身内の不祥事を追求したいのか。
「もう一つあやまっておきます。世良さんのことは、ОBという以外にも、よく知っていました。眼が見えないことも存じています」
坂本が関係しているなら、そうなのだろう。
「世良さんの過去のことがあってから、公安がいくつかの派閥に分かれている、と」
過去の詳しい内容までは、はたして知っているのだろうか。《U》の登場に反応していなかったところをみると、概要はよく知らないのかもしれない。
「とくにうちと外事は、かなりもめているそうです」
そのへんの事情は、黙示録の件で体験ずみだ。
「もちろん、それだけではありません……」
声のトーンが、さらに深刻さを増した。
「じつは……О事件の捏造が発覚した経緯には、内部告発があったんですけど……」
そのことは知っている。同じ公安部員から、上司がでっちあげをしていると訴えがあった。そのことで、裁判の情勢は大きく動いた。
「その告発した外事の人間は、ぼくと同期なんです」
なるほど……興味をひかれた動機は、ちゃんと存在するようだ。
「そいつはいま……」
その沈黙が、不穏なものを感じさせた。
「どこにいるのかわかりません」
「わからない? 行方不明ということですか?」
「そうです……」
「退職した?」
「それもわかりません……」
深刻な事情であることはわかった。
「生きているのか、死んでいるのか……」
死んでいる──べつの言い方をすれば、殺されている……。
「整理すると、坂巻という人物の誘導で、大学に潜入して、今回の事件に巻きまれた、ということなんですね?」
「簡単に言えば、そうです」
「電話の噂は、本当に仕込みじゃないんですね?」
「いえ、ちがいます。あれは、本当でした」
たしかに、大学教授の嵯峨が嘘を言っているとは思えなかった。
「坂巻からは、大学へ行けば、おもしろいことがある、と言われました。そして本当に、あの噂にいきついた……」
すべては坂巻──坂本の手のひらの上だったようだ。
「警視庁に帰ってきたら、メールで……世良さんに話せば、必ず食いつくから、それで信用のたる人物だとぼくが思えば、例のことを相談するといい……そう指示されたんです」
「それで……おれに、なにをさせたいのですか?」
少し言葉に険がまじっていた。馬込に怒っているというよりは、坂本に対する思いだった。
「事件の裏になにがあるのか、いっしょに調べてくれませんか?」
「……」
「そして──」
一瞬のためらいがあった。
「……行方不明の同期をさがしたいんです」
言外の意味を、世良も悟った。
亡くなっているかもしれない同期をさがしてあげたい……。
部屋を出たときには、すでに出入口がみつかっていたようだ。
「王海さん! どこいってたんですか!?」
「ちょっと部屋を見てたんだ」
「ありましたよ、出られることころが」
どうやら玄関付近にあった棚がスライドできるようになっていて、それを動かすと人が通れるほどの小窓がついていたそうだ。
「橋は、爆破なんてされてませんでした。これで携帯のつながる場所まで行って、警察に連絡しましょう」
すぐに行動して、警察の到着を待った。執事の近藤の姿はどこにもなく、兼良は自室にこもり、その後、世良が声を聞くことはなかった。
兼良にとって父親の復讐は無意味であり、隠された宝は自らの背中にあった。虚しい結末だ……。
大挙して地元警察が押し寄せてきたことで、今回の凄惨な事件がようやく明るみになった。
いつのまにか、馬込はいなくなっていた。帰り際だけは、公安らしい身のこなしだと思った。
捜査協力の返事はしていない。曖昧に流しておいた。だが世良自身も、予感があった。坂本が裏にいる以上、必ず関係をもたなければならい……と。
* * *
なにから話そうか……。
前回おれは、黙示録やらいう組織に踊らされて、ヨーロッパくんだりまで行った。そこでなんとか報酬をゲットできたわけだが……。
しばらくは、そのまま欧州で仕事をこなしていた。そこでおれに近づいてきた人物が、例のバチカンとやらだったというわけだ。
そのときのことは、いずれ語ることにする。いまは、今回のことだ。
とにかくおれは、日本で予言の回収を依頼されたわけだ。人の背中に刻まれた予言書の一部──非現実なのを通り越して、むしろ現実味があるとまで思ったね。
東郷兼良という男からそれを回収するために、おれは屋敷に忍び込んだ。もちろん、おれはだれにも気づかれない。昨日の夜だ。
だが、そこでおれは、兼良というやつの悪だくみを耳にしてしまったのだ。しかも殺し屋まで雇って、翌日におこなわれる宝さがしイベントで復讐相手をさがすという。執事がただ者でないことも見通していた。おれに依頼してきた人物と同じ──バチカンのエージェントだというのは意外だったが。
すぐ回収にとりかかってもよかったが、おもしろそうな余興だったから、そのまま見物することにした。何人も死んだのに、不謹慎だとかいうなよ。真面目なやつは、犯罪者になんかならないんだから。
翌日になり、参加者が次々とやって来た。殺し屋がどんな人間なのか兼良自身もわからないようだったが、おれは一瞬で見抜いた。安っぽい殺気をまとっていたからだ。参加者にまじって、殺していく算段のようだ。おれのような一流ではなく、せいぜいが三流だ。
だが、さらに予定外のことがおこった。参加者のなかに世良がいた。
ただの簡単な回収任務が、非常に厳しいミッションにかわってしまった。昨夜のうちにやっておくんだった。
世良対策のためではなかったが、甲冑に化けていたことは幸いだった。気配を完全に絶って、置物として様子をうかがった。身体のあちこちが凝り固まっている。
「回収した」
おれは渡されていた携帯から、依頼主に連絡を入れた。
すでに画像も送信している。
『二つ目は、渋谷にある』
「渋谷のどこだ?」
『斎川光弘』
「そいつの背中だな?」
『そうだ。二つ目の携帯は、渋谷駅のロッカーに入れた』
「鍵は?」
『その携帯だ』
通話を終えた瞬間に処分しようと思っていたが、おれはそれをとどめた。
「……」
斎川?
なにげなくターゲットの名前を聞き流していたが、おれでも知っている人物だったことに気がついた。
斎川光弘といえば、有名な財界人だ。いや、そういう呼び方よりも、右翼のフィクサーというほうがしっくりくるだろうか。
斎川財団といえば、いまでも巨額の資金と権力をバックに、各方面で幅を利かせているという。
斎川自身は、このところ表舞台に立つことはなくなっている。死亡説も出ていたはずだ。
政治の世界では、浅田光次郎という妖怪がいたが、斎川は財界でのそういう存在だ。妖怪に対して亡霊とでも表現すればいいか……。
なんだか、きな臭くなった。
奥多摩から都心へ。
むさ苦しい雑踏に身を包みながら、おれは指定されたコインロッカーにいきついた。携帯を使用してロックを解除した。
そのロッカーのなかには、たしかに新たな携帯が入っていた。いままで持っていた携帯は、すぐに処分する。
「ん?」
処分しようとしていることへの抗議だろうか、液晶画面に毒々しい赤い文字で、カウントダウンがはじまった。
10、9、8──。
イヤな予感しかない。
おれは、ロッカーのなかを覗き込んだ。
ボックスの上部には、ぎっしりとプラスチック爆弾がはりつけられていた。
大爆発を起こしたのは、きっかり十秒後だった──。
──To Be Continued──
『遠い声4 聖痕歌』へ続く




