表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠い声Ⅲ  作者: てんの翔
19/20

VOICE.6 三年後の未来④

       6


「倒れてます!」

 峰岸に誘導してもらって、倒れている人物のもとでしゃがみこんだ。

「性別は?」

「男性です」

「あの人?」

「ちがいます……」

 だとすれば、あの疑った人物がやった可能性が高い。

「どうしますか? さっきの人をさがして、凶器を確認しますか?」

 馬込の問いかけに、世良は首を横に振った。

 あの時点で持っていなかった凶器を、この場所で手にすることはできない。もしくは、複数隠していた……。

 いや、それならほかの人間に発見されるリスクが高くなる。

 ということは、ずっと凶器を持ったままだった?

「凶器をつかわないってこともありますよね?」

 峰岸が指摘した。たしかに、素手で殺害することも可能だ。

「でも、人間を一撃で撲殺するっていうのは、プロのボクサーでも、そうそうできることじゃないと思いますけど」

 馬込の言うとおりだ。だが、ボクサー崩れが殺し屋に転向しているかもしれないし、三人もの被害者を出したということは、ヤツとまではいかなくても、かなりの凄腕になるのかもしれない。

 いずれにしろ、油断はできない相手のようだ。

「もし……素手で人を簡単に殺せるような相手なら……かなりヤバいんじゃないですか?」

 世良は、うなずいた。

「あの男性に、はりつていいたほうがいい」

「そうですね」

「で、ですが……」

 馬込が異論をとなえた。

「べつに犯人がいたとしたら、被害が拡大するんじゃないですか?」

 たしかに、そうなる。

 これは賭けだ。

「じゃあ、ぼくがべつのところを見回ってましょうか?」

 世良は、その判断に迷った。峰岸とは身の安全のためにも、いっしょにいたほうがいい。だが馬込は、警察官だ。自分の身は、自分で守れるはずだ。

 ……とはいえ、不吉な予想がさきほどから脳裏をよぎっている。殺し屋の隠し持った凶器によって、馬込が殺害されている映像だ。もちろん、馬込の容姿はわからない。が、世良の想像している馬込が、血を流して廊下に倒れているのだ。

 結論を出す時間も許されていなかった。

 新たなる悲鳴がおこっていた。ほぼ同時に鈍い打撃音もしていたから、襲撃されたと考えてまちがいない。

 その場所へ急いだ。

「やられてます……」

 世良は、倒れている人物の脈をはかった。

 これでまた一人、被害者が増えた。

「……さすがに、やりすぎじゃないですか?」

「ああ。こういうことだろ。依頼主からのオファーを確実に遂行する気なんだ」

「どういう意味ですか、王海さん?」

「ここにいる全員を消せば、東郷道雄を殺害した犯人たちも、確実に始末できるということだ」

 さすがの峰岸も絶句したようだった。

「そんな……」

 馬込も動揺している。

 危険度は、べつの意味で《U》すら超えているかもしれない。

 確実に始末できる──。

 世良は、自らの言葉を心で反芻していた。

「王海さん?」

 峰岸に呼びかけられた。

「……」

「どうしたんですか? なにかをひらめいたんですね?」

「……殺し屋の判断ではないのかもしれない」

「え?」

「最初から、そういうオーダーだった」

「それって……」

 世良は、うなずいた。

 この館に招かれた人間を殲滅するつもりなのだ。

「もしかして……ぼくたちもろとも?」

 馬込へ、もう一度、うなずいた。

「どうするんですか? 逃げたほうが……」

 峰岸の言うとおりだが、ほかの参加者を見捨てるわけにもいかないし、そもそもここから出られない。

「戦うしかない」

「さっきの男性ですか?」

「ああ。逮捕するしかない」

 このさい、誤認逮捕して人権問題がどうのこうのと言っている場合ではない。

「でも、ぼくは手錠をもっていません」

 馬込が言った。ここにいる警察官は、馬込しかない。

「現行犯なら、私人逮捕も可能だ」

 とにかくいまは、あの男を拘束するしかないのだ。

 世良は、耳を澄ました。

 あの男の足音は聞こえていない。遠く離れているか、じっと動かずにいるということだ。

「敵の武器がわからないと、王海さんでも危ないんじゃないですか?」

 めずらしく、峰岸が心配してくれた。それだけの危機感なのだ。

「本当に素手の殺し屋だったとしたら、勝機はどれぐらいですか?」

「やってみないとわからない」

「それを聞いて安心しました。さすがは王海さんです」

 いまの言葉に、安心させる要素はあっただろうか?

「王海さんは、必ず謙遜しますから。やってみなければ、ってことは半々ぐらいってことですよね。謙遜を差し引けば、ほぼ勝てるってことですよ」

 否定はしなかった。

 相手が動いていないのなら、峰岸と馬込の二人の目視に頼るしかない。二人の先導で、豪邸内をさまよった。

「危険です。ぼくたちといっしょにいてください!」

 そのさいにみかけた参加者には、声をかけていく。思惑がわかったいま、主催者側の押しつけたルールを守る必要はない。

「いました!」

 馬込の声で、緊張がはしった。そのときには、ほとんどの生き残っている参加者と行動をともにしていた。

「座ってます」

 本当に動いていなかったのだ。

「まだぼくを疑ってるんですか?」

 男は、落ち着いた声で言った。

「どうやって殺したっていうんですか? まさか素手で、なんて言わないですよね?」

「ボクサーなら、可能ですよね?」

 峰岸が挑戦的に言い放った。

「ヘビー級の世界チャンピオンクラスなら可能なんでしょうけど、ぼくにそんな力があると思いますか?」

 それについては、峰岸と馬込の判断にゆだねるしかない。

 反論がないから、そういう人間には見えないのだろう。

「どうしましたか?」

 東郷兼良と執事の近藤もやってきたようだ。おそらくこれで、この館にいる人間はここに集結していることになるはずだ。

「殺し屋は、ここにいる男性ではないですか?」

「残念ですが、私にもわからない。顔は見ていないのです」

 峰岸が小声で、《U》みたいですね、と囁いた。ヤツの場合は、眼にした人間がみな死んでいるか、瞳が潰れているからだ。

 世良は、座っているという男性に近づいていく。

「王海さん……」

 大丈夫だ、という意味で右手をかかげた。

 立ち上がる気配が伝わってきた。

 武器がないのに攻撃をくわえられるとしたら、方法は一つしかない。

 あとは、その予想が当たっているかどうかだ。

 攻撃は、左側からくるはずだ。

 つまり、相手の右腕。

 ブン、と音がした。

 重いものが迫ってくる。

 頭を沈めた。一度、仕掛けられているから、かわすのは難しくなかった。頭の上を、なにかが通過していく。

 だが敵も一度かわされているから、それは想定内だろう。

 振り切った腕が、再び動いた。もちろん、視覚では確認できない。音と気配が頼りだ。

 二撃目は、距離をとってかわした。

「やっぱり、素手です!」

 峰岸が叫んだ。

「いや、ちがう」

 即座に世良は否定した。

「え、でも……」

「右腕は、義手だ。鉄のような硬いものでできてる」

 それしかない。

「くくく……さすがは、世良王海だな」

 豹変した男が言った。

「おれのことを知っていたのか?」

「裏の世界で、おまえのことを知らない人間はいない。あのビッグネームと互角に渡り合ったんだからな」

《U》とのいきさつを知っているということは、本当に裏社会で生きる殺し屋だったようだ。

 重い義手を振り回すのだから、元ボクサーとまではいかなくても、それなりの実力は必要になる。

「これで、おまえは終わりだ。ここにいるみんなが、おまえの顔を見ている」

「そんなことか……」

 どうでもいいことのように、殺し屋はつぶやいた。

「ここにいる人間をすべて殺せばいいことだ」

 正体がわからない状態では、もしかしたらそれも達成できたかもしれない。だが危険人物と知ったいま、さすがにそれは難しいはずだ。銃器を隠し持っていれば、そのかぎりではないが……。いや、そうだったとしても、かなりの弾丸を用意していなければならない。

「……」

 もう一つの可能性が頭をよぎった。

 まだ仲間が潜んでいる……。

「おまえは、一人か?」

 この質問の答えは、重要ではない。仲間がいるのに、いるとは言わない。いや、そう答えることが効果的と判断すれば、そう口にするかもしれない。が、普通は隠す。もしくは、あえて「いる」と答える。

 こちらが混乱するからだ。

「一人だ。だが、この言葉を信じるのか?」

 男にも、その意図は伝わっている。

 一番に疑うべきは兼良だが、事前に殺し屋と会っていないというのは本当だろう。が、電話での依頼時に示し合わせている可能性はある。殺し屋に協力をすると。

「東郷兼良さんから距離をとって」

 世良は、みんなに警告を放った。

「お待ちください。兼良様自らが、みなさまに危害をくわえるということはありません」

 かばったのは、執事だった。

 世良の脳裏に、あることがよぎった。

 参加者全員を殺害することを考えているとしたら、それを達成したあかつきにはどうするというのだろう?

 依頼人である東郷兼良と執事を残して、それで終わりだろうか?

 依頼人すらも……。

 いや、それでは金を取り損ねる。

「どうした、世良王海?」

 殺し屋が、距離をつめてきた。

「全員を殺したら、遺体の処理はどうする?」

「そんなのは、おれの知ったこっちゃない」

「おまえは、ただ殺すだけか?」

「それが殺し屋ってもんだろ」

「仲間がいるとして、そいつも殺し屋か?」

「ソリストは、ほかとは組まねえもんなんだよ。生ける伝説がそうだからな」

 それは《U》のことだろうか? ほかに思い当たる存在を世良は知らない。

 いまの言動からは、仲間は殺しを専門にしているわけではないようだ。

 この殺し屋を制圧する場合、潜んでいる仲間はどのような行動に出るだろう?

 世良は、一歩後退した。

 もう一つ確認しておきたいことがある。

「おまえの依頼人は、ここにいる東郷兼良か?」

「そういうことは明かせない。それが業界の掟だろ?」

 ごまかした。

 本人が同じ空間にいて、その本人が殺し屋を雇ったと告白したというのに、裏家業の流儀を貫くだろうか?

 それとも、これも惑わすための言動?

「おまえを仕留めたら、あとは簡単な仕事だ」

 殺し屋が、深く踏み込んできた。

 強い足音でそれを察知した世良は、頭を沈めた。

「何度もその手が通用するか!」

 これは罠だ。相手の罠ではない。世良が仕掛けた。

 ブンッと襲いかかる圧力を逃がすように、世良は敵の右腕をとらえた。相手がいつもより軌道をさげることは想定済みだ。だから世良も、より腰をおとした。

 腕をつかみざま、肩を支点にして背負い投げを放った。正式な技名は、逆一本背負いになるはずだ。

 殺し屋は、頭から落ちた──と思う。

 戦力を奪えたのか……。

「王海さん、お見事です!」

 峰岸の声で、技の成功を確信した。

 しかし、世良も無傷だったわけではない。硬質の義手をつかむときに、右腕に衝撃をうけていた。

 痺れている。打撲を負ったことはまちがいないだろう。

「まだ動いてます!」

 馬込が警告を放った。

 失策だ。投げと同時に押さえ込んでおくべきだった。もういまが、どういう体勢になっているかわからないから、へたに近づけない。

「くそ……」

 殺し屋の悔しそうな声がもれていた。

 頭から落ちたはずだから、まだ立ち上がってはいないはずだ。

「おきあがれないです! チャンスです」

 峰岸の助言に従って取り押さえた。凶器である右腕の自由を奪えば、脅威はなくなる。

「そこまでです」

 場違いな声に、世良は動きを止めた。

 カチ、という音で、手に銃器が握られていることがわかった。

 リボルバーの撃鉄をおこしたのだ。

「あなたですか?」

「仲間、というわけではないですが」

 執事の近藤だ。

「王海さん……拳銃です」

「わかってる……」

「噂どおりの耳をもっているようですね」

「あなたは、何者ですか?」

「ごらんのとおりです。主人にお仕えするのが仕事ですよ」

「その主人というのは、東郷兼良さんではないようですね」

「そのとおりです」

 近藤の返事を耳にして、兼良が驚きの声を放っていた。

「ど、どういうことだ!?」

「私の主は、坊ちゃんではないとういことですよ」

「だれだというんだ!?」

「その名を耳にしても、坊ちゃんでは理解できないと思います」

「いつからだ……いつから裏切ったんだ!?」

「裏切ってなどいません。最初から、目的をもって仕えたのです」

「なんだと!? おまえがうちに来たのは、おれが生まれるまえからだろう……」

 かなりの長期間になる。

「世良王海様、あなたなら理解できる」

 まさかとは思うが、ある組織の名前が浮かんだ。

「黙示録か?」

「おしいが、ちがいますよ」

 執事は、日常会話をするように言った。

「そことも無関係ではないですがね」

 そもそも世良は、黙示録のことをよくわかっていない。

《U》の仲間であった《店員》という男がリーダー格なのだろう。ほかに、どれだけの人数がいるのか、どれほどの脅威を有しているのかも知らない。

「おそらくですが、そこと関わったときに、名前がちらついていたのではないですかね」

 世良は、思いをめぐらせた。

 あのときに、なにがあった?

 黙示録のメンバーだった新崎という男が、バチカンの諜報機関の名前を口にしていた。だが、そんな組織はないと、《かかし》には忠告されていた……。

「おや、思い当たりましたか」

「バチカン?」

「サンタなんとやら、という名称ではないですがね」

「……」

「本当に、そんな機関が存在しているのか疑問に思っていますね?」

 そのとおりだ。もし存在しているとしたら、《かかし》の忠告はまちがっていたことになる。それとも……知っていて、わざとそう口にしたのだろうか。

「あなたの目的は?」

「かつての主──あ、これは仮の言い方ですが──東郷道雄の所有していたものを外部へもらさないようにするためです」

「それが、いまみつけようとしているものなんですか?」

「そういうことです」

 それがバチカンに関係している?

 いや、《かかし》の忠告どおりなのかもしれない。そういう突拍子もないことを口にすることこそが、騙しのテクニックなのかも……。

「それは、なんですか? 本当に、そんなものは存在しているんですか?」

「していますよ。ですから私は、何十年も東郷道雄に仕えていたのですから」

「では、それをみせてください」

「みせてくださいとは、異なことを」

 それは、世良の眼にかけた冗談なのだろうか?

「そう怖い顔をしないでくださいよ。それを教えるということは、それこそここにいる全員を始末しなければならない」

「それだけの重要なものだと?」

「そういうことです」

「あなたは、それがどこにあるのか知っているんですか?」

「知っています」

「知っているのなら、はやく回収すればよかった」

「そうですね、そう思いますよね」

 微妙な反応だ。冷静をよそおっているが、どこかに焦りが浮かんでいる。

「回収できない?」

 自然に答えが出た。

「回収できないものなんですね?」

「どうでしょうね……」

 そうなのだ。

「王海さん……この場は、どうおさめますか?」

 峰岸が結論を急いだ。

 そういう危機察知能力はすぐれているから、ここで落としどころをさがすべきなのだ。

「あなたがバチカンの諜報員だとして、この場にいる人間を本気で抹殺しようとするとは思えない。それとも、なにがなんでも、殺し屋をつかって、やり遂げますか?」

 その殺し屋は世良が押さえ込んでいるが、執事がそれを妨害すれば、戦局は一瞬で不利になってしまう。

「さすがですね。交渉をもちかけるのが、この状況での最善策です」

 褒めているようだが、うれしくはなかった。

「私のほうから、お願いしたいことがあります」

 声のトーンが、いくぶん低くなっていた。

「どんなことですか?」

「私は、もう撤収したい」

「追うなということですか?」

 一瞬、沈黙が流れた。

「……それもあります」

「そんな話にはのれない。これだけのことをやったんだ」

「勘違いなさらないでください。やったのは、その殺し屋です。そして、殺し屋を雇ったのは兼良様です」

 それは詭弁だ──声には出さなかった。

「撤収して、なにを?」

「本部にもどります」

「バチカンですか?」

「ローマには行ったことがありません」

 そういう言い方をした。ということは、バチカンに足を踏み入れたことはないのだ。バチカン市国は、ローマのなかにある小さな都市国家だ。ローマを通らずに行き来することはできない。

「あなたは、日本人ですよね?」

「ふふ」

 執事は不自然に笑った。

「可笑しいですか?」

「いえ、失礼。国籍ということなら、そうなのかもしれませんね。ですが、われわれに国家という概念はありません」

「カトリックですか?」

 国境の垣根をこえてバチカンの組織に身を置くのなら、それしか考えられない。

「宗教とは、厄介なものですね……」

 近藤は、そう言うだけにとどめたようだ。口にしたくないのかもしれない。

「あなたの撤収を邪魔しなければ、ここにいる人間に危害をくわえませんか?」

「なにもしません」

 信じられなかった。

「ですが、兼良様──東郷兼良が、このままにはしておかないかもしれない」

 兼良は、いまどのような様子なのだろう。

「ふざけるなよ! おまえの正体がどこのだれでも、そんなことはどうでもいいんだ! 親父を殺した人間は、結局だれなんだよ!」

 兼良は激昂していた。

「犯人は、もうわかってる」

 世良は、兼良に言った。

「わかってる……? だれなんなんだ!? このなかのだれだっていうんだよ!?」

「東郷道雄本人だよ」

「はあ!?」

 兼良には理解できなかったようだ。

「つまり、自殺だった」

「そんなわけあるか!」

「考えてもみろ。この執事が本当に諜報員なら、みすみす東郷道雄を殺害させると思うのか? 命を狙う者があらわれたとしても、必ず阻止しているだろう。それができなかったということは、たとえばここにいる殺し屋程度ではなく、もっと凄腕の殺し屋に狙われたか、自分で命を絶ったかのどちらかだ」

 世良は、論理的に語ったつもりだ。

「でたらめだ!」

 兼良は、納得してくれなかった。

「ふふふ……はははは!」

 最初、静かだった笑い声が、哄笑にまで発展した。

 正解だったようだ。

「兼良様、残念ながら、世良様の言うとおりでございます」

 執事の口調に一瞬だけもどっていた。

「じゃ、じゃあどうして、こんなことをやらせたんだ!」

「この会を開いたのは、兼良様のご意志ですよ」

「バカ言え! おまえがそうしろと言ったからじゃないか!」

「普通、使用人に進言されたぐらいで、こんなことまでしますかね?」

「く……」

 兼良は、反論できなかった。

「坊ちゃんは、そういう因子をもっていたんですよ。たとえ、私にそそのかされていたのだとしても」

 そそのかしたことは認めるようだ。

 だが、肝心の答えは語っていない。

「どうして、こんなことを?」

 世良が仕切り直した。

「宝が狙われているのは、本当ですよ。だから、こういう派手なことをすれば、必ず食いつくと思ったんです。そこを叩けば、少ない労力で解決する」

 結局は、兼良の動機と同じようなことだ。復讐ではなく、防衛のため。そして首謀者が、執事のほうだったというちがいしかない。

「話をもどしてもいいですかね? このまま、私のことを見逃してもらえますか?」

「……」

 世良は、判断に迷っていた。

 この執事の犯罪性を証明することはできないだろう。実行犯は殺し屋で、首謀したのは兼良ということになる。教唆が成立するのかは微妙なところだ。それこそ裁判をおこなって、その内容によるとしかいいようがない。

 肝心なのは、世良が警察官ではないということだ。ここにいる警察官は馬込だけだ。その馬込にしても、公安部に殺人の捜査をする機会があるかどうか……。

「見逃すとして……あなたは、ただ撤収するだけですか?」

「はい。あるものといっしょに」

「あるもの?」

 さきほどは、移動することができないと認めていた。

「正確には、うつせます。ただし──」

 執事が音もなく動いた。わずかな気配で、それを察知できた。

「な、なんだ!?」

 兼良の声。

「動かないでください」

「やめろ!」

「兼良様には、来ていただきます」

「な、なんだと!?」

 兼良の身柄をおさえたようだ。

「後ろから拳銃をこめかみに突きつけています」

 峰岸が情景を教えてくれた。

 いままで守っていたものが、東郷兼良だというのだろうか?

「彼の年齢は、どれぐらいだ?」

 世良は、峰岸に確かめた。声を聞くかぎり、四十前後といったところだ。

「三十代後半ぐらいですかね……」

「ふふ、兼良様の年齢が知りたいのか?」

「わ、私は……三七だ」

 執事が拳銃をさらに突きつけたのだろうか、兼良があわてたように答えた。

 どうにもしっくりこない。兼良が守るものだとしたら、この執事は三七年前から仕えていればいいだけだったはずだ。

「あなたは、東郷道雄が若いときから仕えていたんですよね?」

 兼良自身も、生まれるまえから、と口にしていた。

「そうですね……かれこれ、四五年になりますか」

 では、兼良が生まれる数年前ということになる。

「不思議に思ってますね」

「あなたが守ってたものは、なんですか?」

「それを教えれば、見逃してもらえますか?」

 決断ができずにいたら、ふいの気配に戦慄をおぼえた。

 なんだ!?

 世良は、いまだに押さえ込んでいる殺し屋がなにかしようとしているのかと注意を向けた。

 いや、殺し屋はしっかりと押さえ込んでいる。有段者である世良の寝技から脱出できるとは思えない。

「だれだ!?」

 世良は、声を放った。おそらく、だれも意味を理解できなかっただろう。

「王海さん!?」

 これまでなかった気配が、突然わきあがってくるわけがない。

 ちがう。そういうことのできる人間を知っている。

「どうして、ここにいる!?」

「まあ、いろいろあってな……」

 キン、カシン、ガシャン──いろいろな金属音が鳴り響いていた。

「王海さん……いつのまにか、甲冑がここに……」

 たしか、玄関から入ってすぐのところに設置されていたはずだ。

「う、動いてます……」

「動きずらいな」

 ガシャン、ガシャン!

 何度もうるさい音をたてていた。どうやら、甲冑を脱ぎ捨てているのだ。細かな説明はうけていないが、世良の頭のなかでは西洋の騎士を思い描いている。

「これでいい」

 声は、まだくぐもっていた。おそらく、兜だけはとっていないものと思われる。

「あのときのようだな」

 世良は言った。

「あのときか……」

 この会話が通じるのは、世良と甲冑の人物しかいない。あのとき峰岸は、別荘の外で待機していたからだ。

「おまえの耳を盗んで移動するは、苦労する」

「なぜ、ここにいる?」

 世良は、繰り返した。

「だから、いろいろあると言ったろ」

 そのいろいろを説明しろ、と言いたいのをこらえた。

「ここで、なにをするつもりだ?」

 質問を変えた。

「あるものを回収しにきたんだよ」

「それは、なんだ?」

「いま、話に出てたのと同じなんだろうよ」

 どこか投げやりに、甲冑の男は言った。

「お、王海さん……やっぱり、あれですよね? この人……」

「安心しろ、助手の男。声音は変えている。べつの場所でもおれの声だとわかるのは、そのバケモノだけだ」

「犯罪者にバケモノ呼ばわりされるとは心外だな」

 世良は、言い返した。

おおやけのおまえだって、犯罪者に片足を突っ込んでるんだぞ」

 おおやけ──公安を隠語でそう呼ぶのは、この男しか知らない。

「どうやって回収する? なにを?」

 執事からではなく、甲冑の男──《U》から教えてもらったほうが手っ取り早そうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ