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遠い声Ⅲ  作者: てんの翔
17/20

VOICE.6 三年後の未来②

       3


 電話の男性は、約束の時間どおりに到着した。峰岸の説明だけで迷わなかったようだ。

「どうも、はじめまして」

「こちらこそ、遠いところをお越しいただいて」

 おたがいが社交辞令の交換をすませると、峰岸がソファをすすめた。皮張りに体重のかかる音がした。

「もうおわかりだと思いますが、あのときの依頼は真に受けないでください」

 大丈夫だとは思うが、念のためにそう切り出した。

「はい……ですが、まず聞かせてください。どうして、あの番号にかけたのですか?」

 年齢は、四十から五十歳ぐらいになるだろうか。峰岸が特徴的なものを言ってこないところを見ると、声の印象どおりなのだろう。

「ある噂を耳にしたからです」

「どのような?」

「それはおわかりでしょう?」

 世良は、そういう答え方をした。

「あの噂は、あなたが流したものですよね?」

「そうなりますかね……」

 男性は、ためらいがちながらも、そのことを認めた。

「私は、嵯峨といいます。職業は、大学で教授をしています」

 では、馬込の潜入していた大学なのだ。

「どうして、こんなことを?」

「私が研究しているのは、流言における情報伝達速度についてです」

「……噂の伝わるスピードについて、ということですか?」

 素直に考えれば、そういうことになるはずだ。

「まあ、そんなものだと思ってください」

「それで、どうして殺し屋の情報を流そうと考えたんですか?」

「ちがうんです。最初は、そんなんじゃなかったんです」

 男性──嵯峨の話によれば、もともとは「この番号にかければ願い事が叶う」という噂を流したのだという。それがどれぐらいで大学中に広がるのかを実験していた。

 それ用に携帯電話を用意していたが、実際に出ることはなく、それどころか研究室の机に入れっぱなしにしていて、着信のチェックもしていなかったのだという。あくまでも噂の広がりをはかることが重要なことだった。

「そうしたら……噂は噂でも、当初のものではなく、殺人を請け負ってくれるというものが大学で流れていたんです。私は慌てて、しまっていた電話を取り出しました。何件もの着信があった……」

 嵯峨は興奮をおさえるように、深く呼吸をした。

「ちょうどかかってきた電話に出てみました……相手は、私を殺し屋と信じているようでした」

「それで?」

「依頼内容だけを聞いておきました」

 数秒間、どちらからも言葉はなかった。ここは、嵯峨の声を待つべきだろう。

「……それから、実験内容を変更していったんです」

「どのように?」

 最低限の相槌は必要だと判断した。

「悪意の伝播性についてです。わかりやすく言えば、当初はむしろ幸福につながる噂の広がりを模索していたわけです」

 それが負の感情へと対象を変えていったというわけだ。

「驚きましたよ。これほど復讐心や嫉妬心が急速に広がっていくとは思ってもみませんでした」

 その言葉を読み解けば、幸福につながる噂のほうが、広がる速度は勝っていると考えていたのだろう。

「実験は、いまも続けているということですよね?」

 そのことは確かめておくべきだ。

「そうですね……そういうことになるんですかね。とにかく、圧倒されてしまったんですよ。立場や状況を見失っていた……そこに、あなたたちからの電話を受けたわけです」

「こちらの話を信じたんですか?」

「んー、なんというか……嘘なら、もっとマシな嘘をつくだろうと」

 たしかにそうだろう。

「話がとても具体的だったので、興味がわきました」

 だから、接触をはかってきたのだ。

「それだけではないんです……」

 世良がその考えを伝えると、嵯峨は続きを語った。

「これまでかかってきた電話に、似たようなことを口にしていた人がいるんです」

「似たようなこと?」

「はい。この世には、だれにも姿を見られたことのない殺し屋がいると」

「その相手は、殺し屋をさがしていたんですか?」

「私が、そうなのではないかと思っていたみたいでした」

「どういう反応を返したんですか?」

「関係ない、と言って切りました」

 さぐるような時間が流れた。

「それでなんですが……東郷道雄という名前を知っていますか?」

「王海さん……」

 赤松がもってきた話に出てきた人物だ。すでに亡くなっている作家で、その遺産をつかった宝さがしイベントが開催されようとしている。

「知ってます。名前だけですが」

「いま言った電話の相手が、東郷道雄の親族だと名乗っていたんです」

「……」

「このたぐいの電話で名前を告げるなんて、ほかにはなかったですからね。まあ、著名人ですから、咄嗟に嘘を口にしたのかもしれませんが」

 嵯峨の視線を感じる。おそらく、ジッとみつめているはずだ。

「あなたたちの話は、どこまでが本当なんでしょうか? 荒唐無稽だとは考えましたが、いま言った電話の件と合わせると、完全な作り話だとも思えないのですが……」

「真実ともいえるし、虚構ともいえます」

 あえて、そこはぼかした。嵯峨は納得しないだろう。だから、話題を変えた。

「じつは、ある人から相談をうけて、電話をしたんです。その人物は噂が本当なのか、とても気にしていました」

「気にしていた? その人も、信じていたんでしょうか?」

「誤解しないでください。その人物は、べつに殺人を依頼しようとしていたわけではありません」

「そうですか……」

 嵯峨が、どのような感情になっているのか読みきれない。

「あなたは、どうするおつもりなんですか?」

「このまま実験を続けるか、ということですか?」

「ええ」

 それだけではなく、《U》の話と東郷道雄の親族と名乗った人物についてもなのだが、一つ一つ解決していくべきだろう。

「困っています。さすがに、あれは私が仕組んだデマでした、とは言い出しづらい」

「ですが、このままでは大学以外にも噂が広がってしまうかもしれませんよ」

「じつは、もうそういうレベルに来ています。実験としては成功ですけどね」

 最後のところには、自嘲の響きがともなっていた。

「そちらの事務所としては、真相がわかったのですから、これで依頼は完了したということなんですよね?」

「そうなります」

 馬込からの正式な依頼なのかは、判断に迷うところだが。

「でしたら、私の依頼を受けてもらえませんか?」

「具体的には、なにを?」

「東郷道雄の親族を名乗った電話の相手を調べてもらえないでしょうか?」

 正直、世良も興味がわいていた。

「調べて、どうするおつもりですか?」

「私にとっては、殺し屋うんぬんは関係のないことです。警察なり、捜査機関なりの範疇になるでしょう。私は、一介の教授なんですから」

 言い訳にはあたらないはずなのにそう聞こえてしまうのは、この嵯峨の特色なのだろう。

「ですが、どうも頭から離れない。俗的な好奇心ではないです……いや、そうなのかもしれない。このことが、もっとべつの実験につながっていくのではないか、と」

 そういうことも自身の学術探求に考えるあたりは、生粋の研究者のようだ。褒めるべきかは議論の余地があるだろうが。

「正式な依頼ということになれば、それなりの費用がかかりますが」

「もちろん、かまいません」

 決意は固いようだ。

「わかりました。この件に関しては、こちらも興味がありますので、やらせていただきます。費用のほうも、少しですが引かせてもらいます」

「それはありがたい」

 依頼を引き受けたことに対する言葉なのか、料金をまけたことの感謝なのか、声音だけでは判別できなかった。



「見事につながっちゃいましたね」

 嵯峨が帰ってから、数分が経過していた。

 いまの嵯峨の依頼。

 公安・馬込の依頼。

 赤松から勧められた宝さがしイベント。

「……」

 ここまでそろうと、何者かの陰謀なのではないかと疑いたくなる。

「これは、参加するしかないですね」

 峰岸の声は、嬉々としていた。

「馬込さんでしたっけ? あの人は、どうします?」

 意味がわからなかったので、世良は表情でそれを伝えた。

「だって、とりあえずあの人の依頼は完了じゃないですか。大学での噂は、あの教授の実験だったんですから。でも一応、これからその教授の依頼を引き続きうけることにしたと伝えておいたほうがいいと思うんですよ。関連しているわけですから」

 たしかにそうかもしれない……。

 乗り気はしなかったが、馬込にそのことを電話で報告した。大阪湾で発見された遺体と、電話の噂とは、なんの関係もない──それを耳にして、馬込は安心したようだった。

 だが……そうしたら、三十分もかからないうちに事務所へやって来てしまった。べつに呼んだわけではない。

「世良さんは、そのイベントに出るんですよね? だったら、ぼくも同席します!」

 そんなことを言い出した。

「いや……それは……」

「遠慮しないでください! これでも現役の警察官なんですから」

 会話が噛み合っていない……。

「でも馬込さんが心配していたのは、ただの実験だったんですから、本来のお仕事にもどったほうがいいんじゃないですか?」

 峰岸が説得してくれた。

「あ、いまぼく、とくになにも指示をうけてませんので」

 しれっとした声で、悲しくなるような言葉が返ってきた。言いかえれば、いまは仕事がないということになる。まさかとは思うが、自覚のないままに免職されているなんてことはないだろうか……。

「王海さん……」

 不安が張り裂けそうな峰岸の声だった。なんでもおもしろがる能天気な彼ですら、拒否反応をしめしているようだ。

「出発はいつですか?」

「だから……」

「場所は?」

 こちらの言葉を聞いてくれそうにない。

「あ、奥多摩なんですね」

 どうやら、デスクの上にあったパンフレットを視界に入れてしまったようだ。

「それじゃあ、現地で集合しましょう!」

 勝手に話を進められてしまった。

 イヤな予感しかしない……。


       4


 想像していたよりも、東郷道雄の邸宅は大きかったようだ。何度も峰岸の嘆息が聞こえている。

 山独特の空気感が、肺を清涼にしていた。

「あ、世良さん!」

 その呼び声で、一気に滅入ってしまった。

 宣言どおり、馬込はやって来てしまったようだ。

「さあ、入りましょう!」

 そのテンションについていけず、世良は峰岸の腕をつかんだ。はじめての場所でも誘導しだいでは自力で歩けるが、馬込についていく気にはならなかったのだ。

 峰岸も圧倒されているようで、言葉なく歩を進めている。

 館のなかに入った。

「天井も広いですね」

 声の響きから、建物の大きさをイメージできる。

「調度品も高そうなものばかりです」

「……あっちには、なにがある?」

「え? ああ、すごい甲冑があります。西洋の騎士ですね。どうしたんですか?」

「ん? いや……」

 どこか不穏な空気を感じたのだが、気のせいだろうか……。

「ようこそおいでくださいました」

 その声によって、思考は中断された。とても丁寧な言葉づかいだった。典型的な執事の姿を頭に思い描いていた。

「お名前をよろしいですか?」

「世良です」

「世良様と、峰岸様ですね?」

「はい」

「ええーと……」

 執事の戸惑った声は、きっと馬込に対してのものだろうと予想をたてた。

「私は、世良さんの助手です」

「予定では、お二人のはずですが……」

「だめでしょうか?」

 馬込は、困った感をアピールしているようだが、世良はあえて黙っていた。峰岸も同様らしい。

「どうした?」

 執事よりは、あきらかに横柄な声が割って入った。

「兼良様……予定にない方がいらしたようでして」

「一人ぐらいならかまわない。そんな細かいことで時間をムダにするな」

 きつい口調で注意すると、すぐに声の主はべつの場所へ移動してしまった。

「では、どうぞ」

 執事の声に動揺はなかったから、いつものことなのだろう。

 世良たちは、奥へ進んだ。

「大きな部屋です」

 なかには、それなりの人数がいるようだ。世良が把握できただけで、八人。動いてない者もいるだろうから、正確な数は、さすがにわからない。

「十二……十三人いますね」

 峰岸が数えてくれたようだ。

 集まっているその十三人で会話をしているのは、一組の男女だけのようだ。

「二十代から、五十代……六十代かな? 女性は四人ですね。あ、十代に見える男性も一人いますね」

 老若男女が参加しているらしい。

「ほかの人たちに話を聞いてきましょうか?」

 馬込が、よけいな気をきかせた。

「やめておきましょうよ。迷惑になりますよ」

 峰岸が止めてくれた。集まった人たちは、あくまでもイベントの参加者であり、殺し屋の話には無関係だ。

「そうですかねえ……」

 ガッカリしたような声だったが、それはほっておく。

「みなさん、今日はお集まりいただいて、たいへんありがとうございます」

 さきほどの横柄な男性だった。いまは、とても穏やかで立派な印象をあたえる声だった。

「私は、東郷道雄の長男で、東郷兼良といいます。今日はみなさまに、亡き父が生前に隠した、あるものをみつけていただきたいのです」

「あるものというのは、どういうものなんですか?」

 参加者の一人が声をあげた。三十代ほどの男性だった。

「それはわかりません。大きさも、形も」

 それを耳にして、峰岸が耳元で囁いた。

「やっぱり、あの千葉での宝さがしみたいですね……」

 不吉な予感がする。

「え? どうしたんですか?」

 馬込には説明しても無駄なので、そのまま流しておいた。それとも、あのときは公安に助けてもらったから、まわりまわって、馬込にも話が入っているだろうか。

「ねえ、それって、おかしくないですか?」

 そう口にしたのは、女性だった。

「大きさも形もわからないのなら、なにが正解かもわからないじゃないですか」

 的を射た指摘だった。

「いえ、そこは安心してください。必ず、そのモノを眼にすれば、正解だとわかります」

 しばらく、参加者からの声はあがらなかった。

「いつから、はじめていいんですか?」

 若い声だった。おそらく、十代の男性だ。

「では、はじめてください」

 その宣言で、みながいっせいに動き出した。

「われわれは、行かないんですか?」

 馬込は、せかそうとするが、世良は動かなかった。

 そもそも、宝さがしが目的ではない。

「すみません」

 世良は、声をかけた。いま近くを歩いているのは、あの執事のはずだ。

「世良様、でしたね。どうしましたか?」

「東郷道雄の親族は、兼良さんだけなんでしょうか?」

「はい。ご健在なのは、兼良様だけになります」

 それでは、嵯峨に電話をしたのは兼良ということになる。もちろん、その人物が身分を偽っていなければ、という前提は必要だが。

「本人に話を聞くしかないですね」

 峰岸の言うとおりだ。だが、兼良が殺し屋をさがしていたとしたら、ただの作家の息子とは考えないほうがいいのかもしれない。

 なんといっても、これに参加する話をもってきたのは、あの赤松であり、さらにはもっとトラブルを呼び込みそうな馬込もいる。ここは慎重を期すべきだ。

 そのとき、キー、という耳障りに音が耳に届いた。まるで、金属を爪でこすったような不快さだ。

「なんだ?」

「王海さん?」

 峰岸に聞こえていなかったということは、馬込やこの近くにいる人間にも聞こえていなかっただろう。

「あっちだな」

 世良は、指でしめした。

「廊下が続いています」

 峰岸の先導で、さきへ進んだ。

 歩いていくうちに、いまの金属質の音は、人の悲鳴ではないかと考えをあたらめていた。まさしく、金切り声だ。

「このさきは?」

「扉があります」

 蝶番の軋む音がした。峰岸が扉を開けたのだ。

「王海さん……」

「なにがある?」

「女性がいます……倒れている人もいます。男性です」

「安否は?」

「ヤバそうです……」

 慎重な足取りで峰岸が近づいていく。

「出血があります。脈は……」

 そのさきを、峰岸は言わなかった。

「女性の様子は?」

「大丈夫ですか? 大丈夫ですか!?」

 馬込が呼びかけるが、反応はない。

「う……」

 恐怖で思考が麻痺しているのだ。

「馬込さん、すぐに人を呼んでください」

「わ、わかりました!」

 馬込が部屋を出ていった。

「凶器はある?」

「いえ……なさそうです」

 さすがの峰岸も動揺している。千葉でも間近で遺体を眼にしているはずだが、あのときは暗い洞窟内だった。明るい室内ではショックなはずだ。

「出血はどこから?」

「頭ですかね……額?」

 どうやら、うつぶせに倒れているようだ。

 数人の足音がした。

「こっちです!」

 馬込の誘導で、東郷兼良と執事と思われる二人と、参加者の何人かが到着した。そのうちの一人は、女性であろう。

「キャー!」

 入るなり、その女性が悲鳴をあげる。

「もうはじまりましたか……」

 兼良のつぶやきが、世良の耳に届いた。ほかの人間には聞こえなかっただろう。

 恐怖を感じているわけでもなく、この状況に動じる素振りもない。もちろん、いまの声だけでの判断だから、必ずしも正しくはないだろう。

「警察を呼びましょう!」

 馬込が主張した。自身も警察官ではあるが、通常の捜査をしない部署だから、素人とかわらない。

「残念ですが……それはできそうもありません」

 執事が言った。

「え? どういう意味ですか?」

「電話が通じていないようです……」

 そう言われて想像したのは、固定電話のことだ。携帯があるだろう。

「ダメです……電波が届いていません」

 峰岸の声が、千葉での出来事を連想させた。あのときも、基地局を破壊されていた。

「わ、わたしの携帯も……」

 女性の声も、それに続いた。

「電話が通じないなら……通じるところまで、移動しましょう」

「それもできません……」

 執事が、苦渋の決断をしているかのように言葉を発した。

「どうしてですか!?」

「ここにつながっている橋が崩落しました」

「え?」

 橋?

 駐車してから建物に入るまでに、10メートルほどのつり橋を渡ってきた。それが落ちたということだろうか?

 しかし、ついさきほど渡ったばかりで、台風が来ているわけでも、豪雨が降っているわけでもない。なによりも、そんな音は聞こえなかった。

「それは、本当ですか?」

「はい……」

 その声だけで判断するのなら、嘘をついている。ではなぜ、すぐにバレるような嘘をつくのか……。

「橋が落ちたって……たいへんなことじゃないですか! 確認しに行きます!」

 馬込が走り出した。

 すぐにもどってきた。邸宅の大きさからすれば、玄関まで行ったのかどうかも疑わしい。

「出れません……」

 呆然と声を出していた。息があがっているから、玄関までは行ったようだ。

「出れない?」

「出れません……」

 峰岸の問いかけに、馬込は繰り返した。

「出れないって……どういう意味ですか?」

「扉が……あきません……なんだか、外から厳重に鍵がかけられてるみたいな……」

 それを耳にして、峰岸が確かめに行った。ほかにも数人があとを追った。やはり帰ってくるのは、はやかった。

「本当です、あきません」

 すると、満を持したように東郷兼良が発言した。

「だれも出られませんよ」

 とても、さらりとした口調だった。

 そして、繰り返した。

「だれも出られない」


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