62.幼い女神の新たな世界
この日、大手動画サイトの『似十堂』公式チャンネルにて。
もう間もなく開始される公式生放送に備えて、国内外から数多くのゲームファンが接続。放送開始の時を今や遅しと待っていました。コメント欄や各種SNSでは早くも色々な予想が語られています。
【重大発表ってなんだろね?】
【さあ、新作の発表とか?】
【流石に新ハードはまだないかなぁ】
この生放送の告知があったのが本日正午。
生放送の開始時刻が午後七時で今はその五分前。
昨今のゲーム業界ではままあることですが、ずいぶんと忙しないスケジュールです。センセーショナルなビッグタイトルの開発や発売など、そういったニュースは大きな話題を呼びますが、時間が経つにつれ発表当初に比べると話題性が減じてしまうのが常。
それを避けるべく近年になって考え出された手法が、発売日のたった数日前まで開発状況やら何やらの一切を隠しておくやり方です。
情報の漏洩リスクを招きかねない既存メディアに頼らずとも、動画文化の発展により大勢の顧客に向けてメーカーが直接発表できるようになった環境もそういった新戦略の後押しとなっているのでしょう。
過去には、こうした公式生放送の僅か数時間後にはもうダウンロード販売を開始するという極端な例もあったほどです。残念ながらダウンロード販売不可の『ゲームの中に入れるゲーム』では流石にそこまでの早業は無理でしょうが、それでも近日中にソフトが店頭に並ぶというのは十分にあり得る話。
生放送の開始を待っているゲームファン達の予想も、そういった新作タイトルの発表を予想する声が大勢を占めているようです。
もっとも、残念ながらその期待に応えることはできません。
期待ハズレにして期待以上。
間違いなく予想以上のモノを用意してはありますが。
【おっ、始まった】
【いつものプロデューサーさんに、ゴゴちゃんモモちゃんも】
【あれ、ウルちゃん様も最初からいるね。また特別ゲストで来たんかな】
【てか、他にも大勢。ゲスト多くない?】
なにしろ『似十堂』の公式チャンネルなわけですから、そこの社員や以前から協力を表明しているゴゴやモモがいることに不思議はありません。以前にもゲストとしてお呼ばれしたことのあるウルがいるのも、まあ良いでしょう。
ですが、生放送の収録スタジオには他にも大勢の人間が集まっている模様。現在画面に映っている限りでも二十人以上はいるでしょうか。バラエティ番組のひな壇でもなかなか見ないような大人数です。
【誰この人達?】
【分かんね。『似十堂』の開発スタッフとか?】
【あっ、最後列のおじさん見たことあるかも。確かウルちゃんがいる『ブイブイ』の社長……今は副社長だったっけ? とにかく、そこの偉い人】
【そういや他にも見たことある人いるかも】
以前からインタビューなどで顔出しする機会があったためか、『ブイブイゲームス』副社長のタナカ氏や、同業他社の代表者に見覚えがある視聴者が何人かいたようです。
そこまで分かれば、「なるほど、つまりは『似十堂』のみならず多くのゲームメーカーが、自社の代表を送り込んでいるのだな」……とまでは簡単に予想が付きますが、そうなってくると次なる疑問が湧いてきます。
彼らはいったい何を発表しようとしているのか。
まさか『似十堂』の新作タイトルの発表をお祝いするために、普段競い合っているライバル社が応援に駆けつけたなんてことはないでしょう。
考えられるとすれば、一社や二社ではなくゲーム業界全体から世間に向けての共同声明。昨今厳しいアレコレの表現規制緩和について訴えようというのか、あるいはなかなか本腰を入れようとしない政府の転売対策の甘さを指摘するつもりなのか。部外者たる視聴者にはまったく予想もできませんが、どんな内容にしろ前代未聞に違いありません。
『うんうん、みんな気になって仕方がないって顔してるの。ちなみに我はこのスタジオから画面の前のみんなの顔が本当に見れたりするんだけど。ほらほら、もっと尊敬してもいいのよ?』
『ふふ、姉さん。早速本題から逸れてるので軌道修正をお願いします。モモ?』
『はいはい、あんまり勿体ぶるのも面倒ですし、サクッと発表しちゃうのです。今回モモ達がお出しするのは――――』
◆◆◆
件の生放送からしばらく前。
ウルが姉妹や業界関係者からの無理難題を安請け合いした頃のことです。
「さっきも言ったけど、ウル君もゲーム業界の人達も、ついつい手段と目的を取り違えちゃったんだろうね」
『だから、その取り違えって何なのなの?』
ウルは自宅マンションにて同居人女性の種明かしを聞いていました。
ゲーム業界全体が陥っていた手段と目的の混同。やはり昨今の『ゲームの中に入れるゲーム』は、あまりにも衝撃が大きすぎたのでしょう。また姉妹神以外の人々については、彼女達が何をどれだけできるのか、その限界すらも想像できなかったせいもあるのでしょうが。
「いいかい? キミ達の目的は『ゲームの世界を創る』ことじゃあない。『ゲームの世界に入ったかのような体験を提供する』ことなのだよ。おっと、どうせウル君はピンと来てないだろうから親切な私がもっと噛み砕いて教えてあげよう」
『……そ、そんなことないのよ? うんうん、なるほど。そういうことだったのね。我にはもう全部マルっと分かったの』
「本当? それならそれで続きを言う手間が省けるから、私としてはラクでいいんだけど」
『わぁっ、ウソウソ!? ちょっぴり見栄張っちゃったのよ! さあ、さっさと続きを教えるの!』
「はいはい、どうせそんなことだろうと思ったよ」
ゲーム体験のために独自の法則を持つ世界を創造する。
それは間違いなくすごいことです。地に足の着いたゲーム開発が、神話の領域にまで足を踏み入れてしまいました。
そうして出来上がったゲームの中身も申し分なし。
クリエイター側の人間が一度でも体験すれば、自分達だってコレを創ってみたいと思うに違いありません。事実、そうなったからこそ『似十堂』は同業他社から神様相手の窓口を押し付けられそうになったのです。
しかし、ここに大きな勘違いがありました。
目的は世界の創造ではない。
あくまで、面白いゲームを作ることなのです。
逆説的に言えば、もし世界をいちいち創造などせずとも、他の方法でゲームの世界に入ったかのようなゲーム体験を提供できるのなら、わざわざ大それた真似をするまでもない。
『でもでも、他の方法って何なのなの? 地球の科学だけだと当分厳しいって話だったと思うのよ。それとも恒星間移動とかサイボークとかが実用化されてるSFっぽい異世界を探して、そこの技術を引っ張ってくるとか?』
「それも興味はなくもないけどね。でも、今回はハズレ。現行の科学で難しいのは、まあその通りなんだろうけど、技術っていうのは何も科学由来のモノばかりじゃないだろう? 具体的には魔法だね。魔法の道具の中には使用した人物の好みの夢を見せるようなのもあるんだけど、ていうか私が造ったんだけど。これを応用して『好みの夢』から『好きな夢』、あるいは『クリエイターが見せたい夢』を意図して見せるようなこともできるんじゃないかなって」
現行の科学では『ゲームの世界に入れるゲーム』を作るのは難しい。
しかし、昨今行き来が可能になった異世界には、まったく異なる技術体系が存在するのです。そういった技術によっても『ゲームの世界に入れるゲーム』は作れないのか。その部分についての検証が十分にされたとは到底言えません。
「魔法ならヒトの精神に作用するヤツもあるし、上手く運べば神様の手を借りずとも人間の手だけで作れるようになるかもね。あとは結局神頼みになっちゃうけど、夢関係ならキミの妹にも得意な子がいるだろう? また権能を借りるなり、アドバイスを貰ったり……は、ちょっと難しいかもだけど。協力してもらえれば色々スムーズに運ぶんじゃない?」
まるでゲームの世界に入って遊んでいるかのような夢を見せる。
明晰夢という現象を意図的に起こし、なおかつ応用を加える形です。
それが可能ならプレイヤー本人の主観的には、本物のゲーム世界に入っているのとまるで違いはありません。それでいて神様の手間やコストは大幅軽減。
というか、元々ウルが影響を受けた超リアルなゲームが舞台のアニメやライトノベルの設定だと、仕組み的にこっちのほうが近いのではないでしょうか。
「魔法か、魔法と科学のハイブリッドか、なんにせよ人手と予算を十分に注ぎ込めば十分に可能性はあるんじゃない? じゃ、そういうワケだから私に感謝しつつ精々頑張りたまえ」
『おっと、逃がさねぇの! ここまで言っておいてハイさよならだなんて水臭いのよ。こうなったら、とことんまで付き合ってもらうの! あと、そうしてくれたら「ブイブイ」から我の銀行口座に振り込まれてるお給料を勝手に引き出して、お高い日本刀を買ってた件は許してあげるの。ふっふっふ、もし断ったら我が110番で召喚したお巡りさんがどうするかしら?』
「なにっ、まさかバレてたとはウル君の癖に生意気な! ていうか、ウル君だって私のコレクションを勝手に持ち出して折ったでしょ、三本も! 木工用ボンドとガムテープで補修しようとした形跡があったんだけど?」
『くっ、我同士でチャンバラした時の話を持ち出すとは……じゃあじゃあ、それなら今度は我のターン! マンションの管理会社に内緒で床下とか壁の裏に収納作って、明らかに許可証とかなさそうなドス黒いオーラを纏った妖刀を隠し持ってるのはどうなの?』
「ぐぬぬ、ウル君がそれを言い出すなら、こっそり食べようと思って隠しておいた私のハーゲンダッツがいつの間にか全滅してた件を持ち出さざるを得ないんだけど!?」
まあ少々の行き違いはあるにせよ、彼女達は神とヒトとの垣根を越えた親友同士。最終的にはウル側の持ち札が一枚多かったおかげもあり、すんなり話はまとまりました。
『っし、我の勝ちね! さあ、キリキリ働いてもらうの!』
「くっそぅ、この世には神も仏もいないのか!?」
人格的にはともかく同居人女性は神々もお墨付きを与える超一流の技術者。
不慣れなゲーム開発においても魔法技術のスペシャリストとして活躍し、不本意ながらも日本のゲーム文化の発展に大いに貢献することになりました。
◆◆◆
そして時は再び現在。生放送のスタジオ内では、ゲーム業界各社の技術者と異世界から招いた魔法使い達が共同開発した機材が紹介されていました。
見た目は一般的な会社オフィスにある、業務用レーザープリンタに似ているでしょうか。単なるオフィス機器にしては装飾過多というか、機材のあちこちに不可思議な紋様が刻まれているのが風変わりではありますが。
『でねでねっ、これを使えば我たちがいなくて普通の人間のヒト達だけでも、ゲームの世界に入れるゲームが作れるの!』
生放送の開始からここまで、開発の経緯や大まかな仕組みなどについて各社の代表から説明がありましたが、科学の領分はともかく魔法方面の話については大半の視聴者がチンプンカンプンでしょう。
とはいえ、ウルによる端的なまとめを聞いた視聴者は大盛り上がり。
世界そのものを創造するのとは仕組みが異なりますが、プレイヤーの主観的には夢だろうが実在の異世界だろうが同じこと。この道具さえあれば自分達の手でも同じようなゲームを作れるというのであれば、プロのみならずアマチュアの個人やサークルでも購入を検討する人も出てくるでしょう。
ちなみに気になるお値段は、
『えっとね、大体八千万円くらいなの』
『ちなみに、使い方の指導や一定期間内のアフターサービスもコミコミでそのお値段です。とはいえ、法人でもない一個人が購入するのはハードルが高めではありますね』
『人間のヒト達だけで生産できるようにしたのはいいのですけど、モモ達の地元世界の職人さんが一個ずつ手作業で作らなきゃいけない部品とかあるので、どうしても割高になっちゃうのですよね。全部、受注生産のみですし』
と、このくらい。
制作系ゲームのようなモノを漠然と想像していたらしい視聴者も、これには落胆の声を上げています。
【でも、お高いんでしょう?】
【なんと、今回限り八千万円でのご紹介とさせていただきます!】
【わぁ、高い高~い】
当分はプロとしてゲームを作っている法人だけが顧客となりそうです。
金額的にも感覚的にも、新築の工場を建てるのと同じようなもの。決してお安くはありませんが、上手くやれば遠からず投資金額を回収することもできるでしょう。
今後、更なる改良によるコストダウンで値下げが実現できる可能性はありますが、それには今しばらくの時間を要するものと思われます。
【でも、まあこれからは色んな会社からそういうゲームが出てくるわけだし?】
【うん、それは素直に楽しみ】
【お金を出し合っての共同購入って形なら、小さい会社とか同人サークルもなんとか噛めそうじゃない?】
生放送の話題は、この機材の受注と開発とサポートその他諸々を行うための新法人を設立した云々といった方向に移っていますが、このあたりは一般の視聴者にはあまり関係のない部分でしょう。
全体的な感触としては、戸惑いはあったものの反応は概ね良好。世のゲーム好きにとっては、これから面白いゲームがどんどん増えてくる可能性が上がったというだけの話です。
『そうそう、我の「ブイブイ」とかゴゴ達の「似十堂」の今あるゲームについては、ちゃんとこれからも責任持ってお世話するから安心して欲しいのよ』
新しい仕組みを導入しても既存タイトルへの影響は特になし。
放送中にそのあたりを気にしていたユーザーも、これで安心です。
『じゃあ、そういうワケだから、画面の前のみんなはこれからも好きなゲームを好きなように楽しんで欲しいの!』
以上で、今回の生放送は終了となりました。
◆◆◆
そうして到来せしは多くのメーカーが鎬を削るゲーム戦国時代。
もっとも競争激しいゲーム業界は昭和のファミコン時代からずっと乱世続きではあったのですが、それがまた一段と激しくなったというだけの話です。
仕組みこそ違えど『ゲームの世界に入れるゲーム』は、今や『ブイブイゲームス』や『似十堂』だけの特権にあらず。まだまだ資金面でのハードルがあるとはいえ、一応これからは誰でも自由な世界を作れるようになったのです。もしかしたら、そうした開発環境を求めての就職や転職も今後は増えるかもしれません。
『これからはライバルもいっぱい増えるけど、かえって張り合いが出てきたの。我のすっごいゲームでみんなを驚かせてあげるのよ! それで誰か良いアイデアはないかしら?』
世間や業界がどう変わろうとも、この小さな女神様は相変わらず。今日も明日もその先も、自分と周りの人々がより楽しめるよう力いっぱい頑張るのでありました。




