58.幼い女神の遊戯盤
新作ゲーム『LG・WB ~幼い女神の遊戯盤~』のルールは至極単純。プレイヤーは新しく立ち上げた隊商の隊長として、最初に設定した期限内でなるべく多くお金を稼ぐことが目的となります。
サイコロを振って出た目に応じてマス目を進み、各マスに設定されたイベントを体験。イベントにはゲーム展開に有利なプラスの種類もあれば、デメリットが発生するマイナスのイベントもある……と、このあたりの大枠は既存の双六系ゲームとそう変わりはありません。
特徴はやはり体感型ゲームゆえのリアリティと、実在の異世界をモデルにしている点。ゲームのテンポを良くするために、各マスで発生するのは短くて三十秒から長くても五分くらいのミニイベントが主となりますが、その分バリエーションは非常に豊富。
イベントの種類によっては該当のマスに停止した本人だけでなく、他プレイヤーも参加するミニゲームが始まったり、ゲーム中に協力体制を結んだプレイヤー同士で仲良く飲食やレジャーを楽しめたりもするわけです。
とはいえ、最終的に順位をつける都合上、一時的に手を組んでいたとしても裏切りは半ば前提。どのタイミングで誰と手を組むか、どのように利用して裏切るか、さぞや白熱した駆け引きが楽しめることでしょう。
『みんな自分のキャラを選び終わったみたいね。今回は時間が押してるからランダム生成のキャラでお手軽に始めちゃうけど、もちろん好みの姿をじっくり作り込んで使うこともできるのよ』
しかし、ゲームの魅力など説明書きや口頭でいくら言葉を重ねようとも、その半分も伝わらないでしょう。やはりゲームの面白さを知るには実際やってみるのが一番。今回の試遊会に参加した面々も、各々スタートの準備が整った頃合いのようです。
今回のプレイヤーは一般参加枠がまず三名。
司会進行を任せたゲストの声優と芸能人が二名。
そして最後にウル自身を加えての合計六名。
ゲームのプレイ人数は一人でNPCを相手にすることもできますし、リアルの知人友人やランダムで選出された見ず知らずのプレイヤーと遊ぶことも可能。
ワンゲームあたりの最大プレイ可能人数は十二名というなかなかの大人数となっていますが、初心者ばかりの状況でシステムの説明や状況把握をしながらという前提ならば、今回の六名ぐらいがプレイヤー側の許容範囲ギリギリでしょう。
「操作メニューの仕様は『ダンジョンワールド』のやつを、もっとシンプルにした感じかな。集めたアイテムや魔法を選んで、みたいな」
「初期状態だからまだ全部カラッポだけどね。お金だけはちょっと持ってるみたいだけど。実際の使い勝手はどんなんだろ?」
『まあまあ、そういうのは実際やって覚えるのが一番なの。さあ、最初にサイコロを振るのは誰かしら?』
現在は参加者全員が同じ草原にいる状態。
スタート地点は常に固定ではなくゲーム内の各国各地にいくつもの候補があるのですが、今回はゲームイベント内の試遊会ということを考慮して、妙な癖があったり高度な判断力を要するマップは避けた形です。
遠くに目を凝らせば、別々の方向にいくつかの街や村らしきモノが見えますが、ここからでは詳しいことは何も分かりません。ここで各プレイヤーがどの方向を目指すかが、まず最初の分かれ目になるわけで。
「おっ、手元にサイコロが。ボクが一番みたいですね」
サイコロを振る順番はランダムに決定されます。
今回の一番手は事前にテストプレイをしてもらっている男性声優。手元に出現した巨大サイコロを転がすと出た目は最大の『六』。双六というのは数字が大きければ必ずしも強いというものではありませんが……。
「じゃあ、皆さんお先に失礼。さてさて、何が起きますかね?」
サイコロを振り終えた声優氏は、いつの間にかどこからともなく現れた馬車の荷台に詰め込まれており、そのまま凄まじいスピードでスタート地点を離れていきました。
街マップと野外マップで一マスあたりのサイズも変えてあるのですが、広大な大陸とその外の島々までをも舞台にしているとあって、マスのサイズは相当に大きいのです。野外マップでの『六』ともなれば、たったの数秒で何キロも先まで進んだことでしょう。
「あれ、手元のメニューとは別に、今の人を映したモニターみたいのが勝手に開いたけど?」
「ええ、これで離れた人の状況も常に観察できるそうですよ。あとはもうちょっとゲームが進んでから解放されるけど、そのモニター越しに特定のプレイヤーとだけ内緒話ができたりとか」
『そうそう、そんな感じ。説明の手間が省けて助かるの』
説明役を担ったのは、まさに今この場を離れたばかりの声優氏。パソコンやスマホのビデオ通話を想像すれば分かりやすいでしょうか。どうやら、向こうからも問題なくスタート地点の様子を見聞きできているようです。
ゲーム中で手に入る魔法アイテムの中には、あえて他人から自分の状況を見えなくできるモノもあるので、使い時を考えながら効果的に利用するのがよいでしょう。
「で、ついでにボクが止まったマスの説明ですけど、なんか道端に金貨がぎっしり詰まった宝箱がありました。いや、これ本当にもらっちゃっていいんですかね?」
『いいのいいの、そういうイベントなんだから。ていうか、要らないって言っても自動的に回収されちゃうし』
どうやら『六』はなかなか良い目だったようです。
この手のゲームにありがちな突っ込みどころですが、現実にはあり得ないほどの大金を拾ってそのまま自分のお財布に。日本の法律だと限りなく危ない選択ですが、幸いにもここは異世界をモデルにしたゲームの中。ネコババしても何も問題ありません。
『さっ、説明でちょっと時間押しちゃったからサクサク進めるの。次は我の番みたいね。良い目出るのよ!』
今回はゲームイベント中の試遊会という事情もあって、それなりにテンポよく回さねばなりません。二番手に選ばれたウルは、手元に出現した巨大サイコロを勢いよく振り……出た目は『二』。選んだ進行ルートは先程の声優氏と同じく、スタート地点から見えている最寄りの街に向かう道です。
『それじゃあ行ってくるの』
ウルの場合は自分の足で走ったほうが速いのですが、ここはゲーム的な仕様が優先されるのか、いつの間にやら現れた馬車に乗せられて猛スピードでカッ飛んでいきました。
そして、止まったマスのイベントですが。
『ぎゃー、なの!? いきなりドラゴンの群れに襲われてお金を落としちゃったの! もうっ、我が本気出せばこんなの簡単に蹴散らせるのに!』
遠隔モニター越しでなくとも聞こえるくらいの大声でウルが喚いているのが、進行方向上から聞こえてきました。残念ながら『二』の目で止まったのはマイナスイベントだったようです。まだ街や村で買い物をする前から初期資金の大半を失ってしまいました。
ウルにとっては災難ですが、他のプレイヤー達やイベント会場のモニターで見物しているファン達はくすくす笑い声を漏らしています。こういう反応もまた双六系ゲームの醍醐味といったところでしょう。
それにゲーム世界の創造神だからといって、ウルだけが特別扱いされるということもなさそうです。正確にはやってできなくはないにせよ、目先の勝利よりも皆でゲームを楽しむことを優先しているのでしょう。
試されるのは各人の純粋なサイコロ運と、アイテムや魔法の使用タイミングを工夫する判断力。ゲームが先に進めばもっと判断を求められる場面も増えてきますが、それでも根本的には変わりません。このルールの範疇であれば、只人が神様相手に勝利を収められる可能性も十分にあり得ます。
「あはは、ウル様ドンマイです。次は私ですね。とりあえず、『二』だけは避けるようにして……」
三番手の『カステラ侍』嬢や他のプレイヤー達も、前二者を見てなんとなくゲームを進める勘所を掴んだのでしょう。基本的にはサイコロを振るだけなのですから、難しいことは何もありません。ここから先は一気に進行ペースが上がっていきました。




