55.幼い女神の取材の成果
今回の取材旅行は一班あたり約十人の三交代制。
一班につき十日の旅程で、三班合わせて丸一か月にもなる一大イベント。それぞれの班ごとに行き先を変え、より幅広い情報収集ができるよう予定を組んでありました。
『うーん、久しぶりの日本の空気なの。まあ、我はずっとこっちにもいたんだけど気分的に』
「日本の空気は醤油の匂いがするってマジなんだな」
「旅行も楽しかったけど、やっぱり地元は落ち着くねぇ」
一般的な勤め人であれば、十日にも渡る長期旅行など年末年始やゴールデンウイークを丸々旅行に費やして、なんならそこに有給を足しでもしないとなかなか経験できるものではありません。
旅行中はずっと楽しい出来事が目白押しで意識していませんでしたが、それでも無自覚のうちに心身の疲労が蓄積していたのでしょう。帰りの界港を抜けて日本に戻ってくると、ウル以外の皆はホッと息を吐きました。
「この後どうする? メールで送れる資料はちょいちょい送ってたけど、お土産も早めに渡したいし解散の前に一度会社に寄ってこうか?」
「そうしよっか。でも、その前に界港のレストランで何か食べてかない? 今めっちゃ味噌汁飲みたい」
「向こうでも和食っぽいのはあったけど、やっぱり現地の味優先になってたからねぇ」
今どきは海外でも和食店は珍しくありませんが、それは異世界でも似たようなもの。とはいえ今回は取材という目的もあって、旅行中はずっと現地風の食事を優先して摂っていました。
ドラゴンやクラーケンといった魔物肉。
香辛料をふんだんに用いた刺激的な伝統料理。
冒険者が持ち歩くような干し肉や硬い黒パン。もっとも最近の冒険者は便利な缶詰やレトルト食品を持ち歩くことが多く、伝統的な保存食はあまり人気がないようですが。
日本の食事に慣れた舌には必ずしも美味しいとは言い切れないモノもありましたが、あえて不味いモノを食べるのも取材のうち。こうした経験がゲームのリアリティを底上げするのに役立つこともあるでしょう。
「ドワーフの地下帝国だっけ? あそこの温泉は良かったよねぇ。鍛冶の見学もたっぷりできたし。お酒はちょっと強すぎたけど」
「私は迷宮が印象的かな。ちょっと怖かったけど色々珍しいモノも見れたし。それに迷宮って土地の魔力で何もない場所に自然に生えてくるんでしょ? 何かイベント作るのに使えそうな設定だよね」
「いやいや、イチオシはやっぱりウルちゃん様の妹さん達に会ったことでしょ。それぞれの加護の内容を聞いたりとか。それにゲームに名前を出す許可もちゃんと貰えたし」
積もる話はまるで尽きる様子がありません。
ここから更に残る二班の取材内容を合わせたら、いったいどれほどのアイデアが出てくることか。面白くなりそうなネタが多すぎて取捨選択が大変ですが、上手くゲームに落とし込めれば間違いなく良い作品になるはずです。
界港内の和食レストランで久々の味噌汁や握り寿司を楽しみながらの会話は、それはそれは大きく弾んだのでありました。
◆◆◆
そして、似たような流れを十日おきに繰り返すこと更に二回。
一か月にも及ぶ『ブイブイゲームス』の取材旅行は無事完了しました。
『さあ、いよいよ本格的に取りかかるの!』
第一班が戻ってくる以前から、メールや郵送で送られてきた資料を元に居残り組がアイデアを出したりはしていましたが、やはり実際の異世界の空気に触れてきたメンバーの割合が増えるごとに全体のモチベーションは段違いに増しました。これだけでも多くのスタッフを送り込んだ甲斐があったというもの。
もちろん、取材期間中にも『ダンジョンワールド』や『ふぇありぃ王国』の運営は恙無く行われていました。特に発売から日が浅い後者は順調に売上を伸ばしており、新作の開発予算にも大いに期待できそうです。
「写真の数もすごいね。これ、プリントしたやつだけでも何千枚あるのかな?」
「各自のメモ書きや日記もあるし、それから向こうで買った本とか巻物も。ウルちゃん様、悪いけど翻訳頼みます」
資料に関しては十分すぎるほどでしょう。
それに何より実際に現地に行って本物の文物に触れてきた経験こそが、他の何にも勝る最高の資料となるわけで。こればかりは写真や動画をいくら集めようが代替不可能というものです。
『うんうん、とっても面白いゲームになりそうなの』
まだ具体的な部分は何ひとつできていないにも関わらず、ウルもスタッフ達も傑作の予感をひしひしと感じているのでありました。




