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白昼夢  作者: 男里 翔舞
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刈谷浅子(21)の場合 フェリカモール松丘店一階従業員通路 0:26

 迂闊だった。そう、迂闊の一言でしか表せない。

 従業員通路を通れば少なくとも人目には付きづらいかも。そう考えて私は専門店街を横切りこの狭い通路を選んで外を目指していた。店長の姿はそれだけ異様だったし、人への信頼というものに警戒を促させるのには十分すぎた。

 従業員入口の手前にある警備員詰所。そこさえ抜ければ外に出られる。私は反射的に懐の従業員証を取り出そうとして、大きな失敗に気付いた。

 想定しておくべきだった。警備員がいる可能性を。

 「お疲れ様です。」不意に横から掛けられた声に飛び退く。いつも手荷物検査を行う警備員の顔がそこにあった。満面の笑みを浮かべ、手にはプラスチック製と思われる警棒を持って。

 見た目には異常な様子は見られないが、笑顔の瞳の奥に宿る光は狂気としか言いせない。

 脱出路を塞がれた上に狭い通路。逃げたとしても隠れられる場所は無いし走りには自信が無い。

 やっぱり戦うしかないの? 私は動揺が抜け切らないまま手に握った包丁を震える手で警備員に向けた。一番やりたくないと思っていた行動、人に凶器を向けるという過ちを冒した瞬間だった。


 もはや正常な考えなど捨てていた。誰かまともな人間もいるかもしれないという一抹の希望さえも持ち合わせてなかった。だからこそ目の前の警備員が「人でない」と思い込んでたし、今もその確信は揺らいでない。

 しかし目の前のそれはどう見ても人。その事が一瞬の判断の遅れをもたらした。まぁ戦い慣れなんか当然していなかった私にとってそれは些細な反応の遅れの欠片にしかならなかったけど。

 「危ないですよ、止めなさい。」

 そんな言葉が聞こえて来たと思った瞬間、横薙ぎに振るわれた警棒が側頭部に直撃した。強化プラスチック製のそれは予想以上に強い衝撃を与えた。

 痛いというより重い一撃が頭を揺さぶる。思わず気が遠くなりかけた頭をこの世にとどめたのは原始的な生存本能だったかもしれない。

 もう一度警棒が振るわれた。私はその一撃を左腕で庇うと包丁を持ったまま突撃した。腕に激痛が走ったけれど構ってはいられない。そのまま私は何も考えずに包丁を前に突出した。

 何とも表現しづらい手応えが伝わった。野菜を切る手応えとも普通の肉を切る手応えとも違う、普通に生活していれば絶対に経験しなかったであろう手応え。しかしその感覚を知覚する前に私の手は包丁を引き抜き、再び警備員に突き出していた。

 一切の音が聞こえない。何かをわめきながら警備員が警棒を振り回しめったやたらに体を打ち付けているみたいだったけどその痛みさえ感じなかった。体中を駆け巡るアドレナリンが一切の感覚を遮断している様だった。

 そして、気付いた時には目の前で仰向けに倒れる警備員が見えた。ズタズタにされた制服の間から見える肉の色……私はいつも入店確認を行う机の陰に這って行くとたまらず嘔吐した。

 あれだけの刺し傷にも関わらず全く出血が無いという違和感に気付くのにはもう少し時間が必要だった。


 仕方なかったとはいえ人を殺めたという事に対する自己嫌悪の中、私は遂に外の空気を吸う事が出来た。

 駐車場にずらりと並んだ車、そして駐輪場から溢れんばかりの自転車の列。いつもと変わらない休日の風景の筈なのに、人の気配が完全に消え失せた今ではただ不気味という他なかった。

 とにかく家に帰らないと。行くあても無い私の頭ははふと浮かんだこの案に何の反論もせずに従った。

 鞄を持ち直し駐輪場を抜け病院方面の出入り口を目指す。

 足元がぐらりと揺れた。

 私はなす術なくその場に倒れ込んだ。

 さっきの警備員……咄嗟に思った事はそれだった。あの戦闘であちこち殴られた事が今になって響いたらしかった。

 私は何も出来ないままその場で気を失った。駐輪場の近く、警察官立寄り所から一人の男が出てきた事には気付く事も無かった。

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