河合慎二(16)の場合 梅島公園 0:00
気が付くと、お昼ちょうどだった。
俺はまだ寝ている体を無理やり起こし、公園のベンチから立ち上がった。
日曜日とはいえ、最近の公園は静かだ。子供たちはテレビゲームに走り、カップルも映画館やゲームセンター等の娯楽施設へと流れていく。
しかし、それにしてもさっきまで遊んでいた健や太陽までいないのは流石におかしい。
いや、それだけじゃない。眠い頭を振り起こし俺は気付いた。
さっきから車のエンジン音や何らかの人の声等の音――生活騒音と呼んでも良いか――が一切聞こえないのだ。まるで、俺以外の人間がいないみたいに。
耳がおかしいのかと思った。だけど蝉の声や秋の訪れを伝える虫の声は確かに聞こえている。
やはり、人の気配だけが一切ないのだ。
それに気付いた時、俺は思わず自分の頬を叩いた。良くある夢だ、シチュエーションとしてはありきたりじゃないか。
だが、乾いたピシャリという音が響き痛みが頬を走った以外に何も変わる事は無かった。
眠気が一気に吹き飛んだ。状況がまったく理解できなかったが、異様なまでの静けさは俺の心に不安の影を投げかけるには十分な効果があった。
まったくわけが分からない。一切の人の気配が無い中、俺はとりあえず家に帰りながら町の様子を見回ることにした。
花壇とちょっとした遊具、そして明らかに不釣り合いな噴水がある小さな公園の中を進み、二つある出入り口の一つ、北口へと向かう。
そして小さな門から外へ出ようとした時、後ろから聞き慣れた声がした。
「慎二ぃ~……此所にいたのか~?」
「健、健なのか?」
やっと聞こえた聞き慣れた声。俺は思わず振り向いた。
やはりそこには健がいた。野球まがいのゲームで遊んでいた格好そのままに、バットを肩に乗せて持ちながらほほ笑んでいる。あぁ、いつもの健だ。
「健、あぁ、良かった……居たんだな。」
俺はふぅ、と溜め息を吐いた。何処に居たかは分からなかったが、きっと同じように訳の分からない状況に戸惑っていたのだろう。
「どうなってるんだろうな?まったく人の気配がしない……何か知ってるか?」
俺はそう言いながら健に近付いた。健は何も言わずニコニコした表情で俺を見つめている。
「……?まぁいいや、今から家に帰りながら町を見るつもりなんだ、一緒に来るか?」
いつまでも黙ったままほほ笑む健を不思議に思いながら、俺は健の肩に手を置いた。親しい誰かに対して俺が提案するときの挨拶みたいなものだった。
その時、健の金属バットが思い切り振り下ろされた。
防御本能だろうか、体が反射的に右に避ける。頭を目掛けて振り下ろされたバットが左肩を強打する。何もしていなければ今頃はこうして思い出話を語っていることも無かっただろう。直後に強烈な痛みが肩に訪れたものの、俺がその現実を受け入れるのには少し時間がかかった。
「うふふ……あはは……!」
不気味に笑う健。その様子を俺は肩を庇い後退りしながら見つめる。
「……何するんだよ健、俺が何かしたか? 喧嘩吹っかけるにも頭狙うのは反則……」
やっと絞り出せた声。しかしその声は途中から震えが入った。
突然健の右腕が変形し始めたのだ。
肩が大きく膨らみ、服を内側から押し破りながら急な発達を遂げる。
腕もそれに伴い太くなり、まるでバットを握りつぶすかのように力を込め握り締める。
なんだよこれ、安っぽいアクション映画みたいじゃねぇか。そう考えたのもつかの間、体中を恐怖が走りぬけた。
少なくとも、健はまともじゃなくなってる。俺を殺す気だ。
逃げようと踵を返そうとしたが、まったく動けない。このままだと殴り殺されるのは目に見えているのだが体が言うことを聞かない。
「ふふ……慎二ぃ~……遊ぼうぜぇ~……?」
半ば叫ぶ様に健が言う。と、同時に再びバットが振り上げられた。
何処かでカラスが鳴いた。まるで死の宣告のように。
駄目だ、このままじゃ。そう思った瞬間、硬直の呪縛が解けた。
俺は後ろを振り向かず脱兎の如く逃げ出した……