元婚約者(屑)や、王太子殿下が迫ってくるけど、公爵令嬢は結婚したくはない。
「なんですって?お父様。わたくしがドルク王太子殿下の婚約者に?」
ルディアーナはあまりのショックに倒れそうになってしまった。
父であるアレクティウス公爵は頷いて、
「ああ、イレーヌ・コレディラ公爵令嬢が騎士団長令息リッケルと不貞を犯したのだ。街の宿で裸で二人でいるところを発見された。さすがに、これでは王太子殿下もイレーヌと結婚するわけにもいかないだろう。」
「わたくしは嫌です。絶対に。いかに王家の命令といえども、ドルク王太子殿下と結婚したくありません。わたくしは王妃になりませんわ。」
ルディアーナは18歳。婚約者はいない。
いや、婚約者はいらない。
以前はエリック・カッドル公爵令息と婚約していたルディアーナ。
彼とは同い年の現在18歳。10歳の頃に家同士の話し合いの末、婚約を結んだ。
カッドル公爵は宰相をしている。そして、アレクティウス公爵家も名門だ。
家柄もつり合い、互いに利のあるそんな政略による婚約。しかし、彼はルディアーナを少しも大事にしなかった。
「僕はもっと美人と婚約したい。ルディアーナなんて地味で冴えない女じゃないか。」
我儘を言ったのだ。
まだ10歳の少女。黒髪のルディアーナは確かに金髪の令嬢と比べると地味かもしれない。
それに比べてエリックは整った顔をした茶髪の可愛い男の子だった。
周りの大人たちもそんなエリックを可愛がっていたのだ。甘やかされて育ったエリック。
結局わずか2年で、エリックの我儘で解消になった。
それ以来、ルディアーナには婚約者はいない。
ルディアーナには夢があった。
自由に生きたい。そんな夢。
幸い、優秀な兄がいて、公爵家を継いでくれる。
本当なら政略として、また、新たな婚約者を決定し、どこかの家に嫁いで公爵家のために役立たねばならないだろう。
そんなの嫌っ。ルディアーナは思った。
わたくしは自由に生きたいの。誰にも縛られたくない。
ドルク王太子の事は、通っている王立学園で顔見知りだ。
いつもイレーヌと一緒に仲睦まじい様子を見せていた。
イレーヌはルディアーナを見ると、意地悪気に、
「あら、ルディアーナ様。いまだに婚約者のいない令嬢なんて貴方くらいですわ。わたくしは未来の王妃。それに比べて貴方は情けないわね。あああっ…なんてドルク王太子殿下は素敵なのかしら。見目麗しく、優秀なわたくしにふさわしいわ。」
ルディアーナは平然と、
「結婚だけがすべてではありませんわ。わたくしは勉学を極めて、王国のために働きたいと思っておりますの。学園を卒業したら王宮の政務部署に勤めようと思っておりますのよ。」
貴族の社交界になんて興味はない。
真っ黒な腹の探り合いだ。わたくしはただただ国の為に働きたいの。
ドルク王太子はそんなルディアーナの言葉を聞いて、
「王国の役に立ちたいという心がけ。とても嬉しく思う。」
「それを解って頂けて嬉しく存じますわ。」
ドルク王太子だって、自分の事を解ってくれている。そう思っていたのに。
どうして?なんで?いくらなんでも、酷い話ではないの?
イレーヌに虐められてうんざりする毎日。それでも、自分の夢の為。王宮で女性政務官として働くため、勉強に真剣に励んできた。
そんな自分の事を理解してくれている。
ドルク王太子殿下はそう思っていたのに。
ルディアーナは怒りまくった。
「ドルク王太子殿下にお会いして、わたくしは文句を言いますわ。」
アレクティウス公爵である父は青くなって、
「王家に逆らうわけにはいかない。だが、お前は王妃にはなりたくはないのだろう?」
「当たり前です。先ほども言ったではありませんか。」
兄であるクラウスが口出しして、
「それなら、隣国へ留学してしまえばよいのでは?王国にいたら嫌でもお前は王妃に、外堀を埋められてしまうぞ。」
ルディアーナは頷いて、
「王立学園を卒業まで半年、王国で卒業したかったのですけれども、仕方ないですわね。すぐに隣国の叔母の元へ行きましょう。婚約申し込みを聞かなかったことにいたしますわ。」
ルディアーナはすぐに、隣国へ出発することにした。
隣国には叔母がいる。叔母を頼って、隣国へ行こう。
ともかく、逃げ出そう。
手続きは父が進めておいてくれるだろう。
急ぎ使用人に命じて荷物を纏めさせる。
馬車に乗りこみ、急ぎ隣国へ出発した。
馬車の窓から外を眺める。
後は父がうまくやってくれるだろう。
しばらく何事もなく馬車は進んでいたが、ふと、急停車する。
何が起きたのかしら…
馬車の扉が開いて、一人の男が乗り込んできた。
鮮やかな金髪。見覚えのあるその姿はドルク王太子殿下だ。
「逃げるなんてひどいではないか?ルディアーナ。」
「王太子殿下っ。」
「イレーヌが不貞を働いていたのだ。それならば、婚約者の変更をせざる得ない。まっさきに浮かんだのが君の顔だった。ルディアーナ。君は優秀だ。外国語も堪能だし…公爵令嬢としてのマナーも完璧だ。だから私と結婚してほしい。」
ルディアーナは首を振る。
「いえいえ、お断り致します。わたくしはこれから隣国へ留学するのですわ。」
「そんな話、聞いていない。私から逃げる為だな?逃げる為なんだな?私のどこが気に食わない。顔はこの通り美男っ。すごくイイ男だ。勉学だって、王立学園一位の成績だぞ。剣の腕だって、学園一、いや、騎士団長にも褒められた。そんな私と結婚できるんだ。それはもう幸せだろう?」
「不敬を承知で言わせて頂きます。わたくしの事を考えて下さいましたか?わたくしが王妃になったら自由は無くなります。どこへ行くにも人が付き従い、息が詰まる生活。子だって産まなければならないでしょう?未来の国王陛下を。まぁ側室を取ってもよいとは思いますが。」
ドルク王太子は真面目な顔をして、
「何が側室だ。私が結婚したら王妃一筋だぞ。不貞は何よりも憎むべき事だ。」
「解りました。それでもわたくしは嫌なのです。わたくしは王妃になんてなりたくはありませんわ。王宮で政務官として働くつもりでした。でも、この王国ではわたくしは王妃を求められてしまいます。しばらく隣国へ留学してまいりますわ。わたくしの事は諦めてくださいませ。」
「解った。今日の所は引き下がろう。だが、私は諦めぬぞ。」
そう言うと、ドルク王太子は馬車を降りて行った。
隣国へ行ってしまえば、いい加減に諦めるだろう。
そう高を括っていたのだが、まさか、隣国まで押しかけてくるとは思わなかった。
突然の留学に叔母は驚いたものの、帝立学園に通えるように手続きしてくれた。
途中からの異国の学園生活。
幸い、帝国語は完璧にマスターしている。言葉に困ることはなく、また、勉学は王国と違うところがあって、楽しかった。帝国で政務官になるのは難しいかもしれない。それでも王国より帝国は広くて知識の宝庫だ。
学びたい。もっともっと学びたい。
放課後、帝国最大である図書館に毎日通い詰める日々。
とある日、いつものように図書館へ出かけたら、見覚えのある顔を見つけた。
そう、幼い頃に自分と婚約解消したエリックだ。
あれから随分と大人びて、男らしくなったエリック。
しかし、彼を見た途端、苦い思い出が蘇る。
あの時の、「僕はもっと美人と婚約したい。ルディアーナなんて地味で冴えない女じゃないか。」
の言葉が心に刺さってルディアーナを苦しめていた。
エリックがルディアーナの方を見て、驚いたように。
「もしかしてルディアーナ?ルディアーナだな?」
「ええ、エリック様。お久しぶりでございます。」
「まさか君も帝国へ来ているとは思わなかったよ。それに美しくなって。あの頃は冴えない令嬢だったのにな。」
「どうしてわたくしだって解ったのですか?」
「面影があったからね。」
沸々とあの時の怒りがこみ上げる。
「わたくしは図書館に用があるのです。」
「謝りたいと思っていた。実は君を待ち伏せしていたんだ。」
「何を謝るのです?それに待ち伏せって…」
「君と婚約解消した事。」
「過ぎた事です。」
エリックは顔を近づけてきて。
「こんなに美人になったなんて、婚約解消するんじゃなかったな。どう?もう一回、婚約しない?」
「だって貴方、別の方と婚約しているでしょう?」
「君の方が美しいし、アリアってさ、我儘なんだ。もうウンザリでさ。」
「家同士の婚約。そんなに簡単に乗り換えられるとでも?」
「両親は私を可愛がってくれている。賛成してくれるさ。元々は君と婚約していたんだし。」
この男はバカではないのか?ルディアーナはイライラした。
「お断りします。」
「だったら、改めて、アレクティウス公爵家に話を入れるよ。両家で話が纏まったら改めて婚約だ。」
あああ…どうしよう。お父様が賛成してしまったら。
わたくしは絶対に嫌。
王妃になるのも嫌だけれども、それ以上にこの男と再び婚約を結ぶのはもっと嫌。
わたくしはどうしたらいいの?
せっかく王国から逃げてきたのに。このまま逃げ続ければいいと言うの?
「残念だが、ルディアーナは私が婚約を申し込んでいる最中だ。」
この声はドルク王太子殿下。
しかし、何故、彼が帝国に?
ルディアーナの疑問に、ドルク王太子は、
「ルディアーナを追いかけて留学した。明日から帝立学園に通うことになる。」
「えええええっ???」
ぎろりとエリックを睨めば、エリックは、
「こ、これはドルク王太子殿下。ルディアーナは私の婚約者で。」
「元だろう?」
「いえいえ、これからも婚約者になる予定で。」
「私の方が先に婚約を申し込んでいる。お前はまだ婚約を結んでいないだろう?」
ルディアーナは頭が痛くなった。
「わたくしはどちらとも婚約を結ぶつもりはありませんわ。失礼致します。」
本当にどちらもこちらの気持ちを無視して頭に来る。
せっかく帝国図書館に来たのに、中に入ることも出来なかった。
仕方がないので、帝立学園へ行き、図書室で本を探すことにした。
もっともっと本が読みたい。
「君は勉強熱心だな。どうしたら、君と結婚出来る?」
本を選んでいたら、しつこくしてきたドルク王太子が背後から声をかけてきた。
ルディアーナは驚いた。
まさかここまでついて来るとは。
「そんなにわたくしと結婚したいのですか?」
「ああ、君程優秀な公爵令嬢はいない。イレーヌと婚約を結んでいた時から、君から目が離せなかった。もちろん、私はイレーヌを裏切るつもりはなかった。イレーヌには裏切られたがな。どうか、王妃になって欲しい。私は王国の為に…君が王妃にふさわしいと思っているのだ。」
断れなかった。
あまりの情熱に…あまりの国を思う気持ちに…
「わたくしは社交は得意ではありません。」
「私もだ。だが、そうは言ってはいられない。私は国王になるのだから…君も王妃になるのだから、努力してほしい。」
「愛されない生活は嫌です。」
「政略だけでなく、目いっぱいの愛を君に注ごう。だから、頷いておくれ。どうか私と結婚してほしい。」
「解りましたわ。貴方様には負けました。わたくしは貴方様と結婚致しますわ。」
あまりの情熱に、ルディアーナの心は負けてしまった。
ドルク王太子の青い瞳で見つめられれば、胸がドキドキする。
「愛しているよ。ルディアーナ。」
「あああ、王太子殿下…わたくしは…」
「わたくしも愛しているだろう?ルディアーナ。」
あああ、自分の決意が簡単に覆るなんて…なんてわたくしは弱い人間なんでしょう。
でも、まぁ、仕方がないわね。だって…こんなに国の事を思って、情熱的にわたくしを口説いてくるだなんて、わたくしは…わたくしは…ドルク王太子殿下の事を…
「愛しております。ドルク王太子殿下…」
ドルク王太子殿下と口づけを致しましたわ。
王妃として、わたくしは生きることと致しましょう。
6か月の帝国の留学期間を経て、王国へ帰って来たルディアーナ。
せめて王立学園の卒業パーティには出たい。
卒業パーティにドルク王太子殿下にエスコートされながら出席した。
真っ白でフワフワのドレス。黒髪を結って化粧もばっちりした。
美しく見えるだろうか?
ドルク王太子の顔を見上げれば、
「とても綺麗だよ。ルディアーナ。」
褒めてくれて嬉しくて胸がドキドキした。
エリックがルディアーナを見つけると、慌てて駆け寄ってくる。
「君がドルク王太子殿下と結婚するって本当か?」
「ええ、わたくしはこの王国の王妃になります。」
「いやその…」
「この王国の為に、よろしくお願い致しますね。エリック。」
「彼女が許さないって言っているんだ。」
そこにはイレーヌが怒り狂った姿で立っていた。
「わたくしは嵌められたのよ。リッケルも…わたくしは不貞なんて犯していないわ。」
騎士団長子息リッケルも、
「何度も申し上げたはずです。私たちを拘束した近衛騎士に。薬をかがされて、あの宿へ…気が付いたら裸で二人で寝ていたと。それなのにどういう事でしょうか?」
ルディアーナは思った。
エリックが卒業パーティに謹慎していた二人を連れ込んだのだと…そして、この二人が言っている事、本当なのかしら?それとも…
イレーヌは涙を流しながら、ドルク王太子を見上げて、
「わたくしがお慕いしているのはドルク王太子殿下のみですわ。ですから、どうか、わたくしと結婚してくださいませ。わたくしは策略に陥れられただけですの。被害者ですわ。」
ドルク王太子は一言、
「我が王家の影からの報告では、何度も密会を重ねているという事だが?なんだったら日時を調べた報告書をお前達に見せてもよいが。」
イレーヌもリッケルも真っ青にになる。
ドルク王太子は近衛騎士たちに、
「こいつらを連れていけ。私を騙そうなどと。不貞は重罪だ。牢の中でじっくり反省するがいい。」
イレーヌは醜く叫びまくる。
「いいじゃないのっ。少しくらい遊んだってっー―――。わたくしの方がふさわしいのよ。」
そして二人を連れ込んだエリック。
ルディアーナはエリックに向かって、
「残念でしたわね。貴方はわたくしと婚約を結びたいという目論見があったのでしょうけれども。」
アレクティウス公爵が進み出て、
「エリック。君は借金が沢山あるようだね。残念ながら調べはついている。ルディアーナの後の婚約者の家からも、あまりの借金の多さに婚約破棄されたってね。」
エリックはチっと舌打ちをし、
「ルディアーナのような女は、俺のいう事を聞いていればいいんだ。金ヅルであればいいんだよ。」
ルディアーナはバシっとエリックを平手打ちした。
「馬鹿にするのもいい加減にして頂戴。貴方に馬鹿にされるような生活をわたくしはしていないわ。」
ドルク王太子はルディアーナの肩を引き寄せて、
「我が婚約者であり未来の王妃であるルディアーナになんたる侮辱。こいつも牢へ入れておけ。」
エリックは近衛騎士によって牢へ連れていかれた。
ドルク王太子は卒業生達に向かって、
「騒ぎを起こしてすまなかった。私はルディアーナ・アレクティウス公爵令嬢と卒業をもって、近々結婚をする。皆、祝ってくれ。」
卒業生たちが拍手をする。
ルディアーナの心は幸せに包まれた。
イレーヌとリッケル、そしてエリックは、馬車に乗せられ、辺境へと送られた。
リッケルとエリックはおそらくいや、確実に辺境の騎士団へ連れていかれるだろう。
高位貴族の屑が大好きな鍛えられた辺境騎士団。優しく激しく時には愛しく彼らを鍛え愛するはずだ。
イレーヌは雪深く暗く寂しい魔物の鳴き声が時折聞こえる辺境過ぎる修道院で寂しく一生を終えた。
ルディアーナは、学んだことを生かし、優秀な王妃として王国に名が知れた。
ドルク国王との間に三人の男の子に恵まれ、生涯幸せに暮らしたとされている。