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妖精王と月の姫君  作者: 夜子
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7.厄災の亡骸

屋敷に戻り、ちょうど帰宅してきた両親と夜がふけるまで話し合いをした。

あのようなことをする殿下だとは思っていなかったこと、私が去った後カトレア様が深く両親に謝罪をしたこと、妖精王の妻など王妃になるよりよほど名誉なことだと、両親は祝福してくれた。


「貴方がお腹にいることが分かった日も、貴方が生まれた日も、どちらも月が美しかったわ」


「……そうだったな。妊娠が分かってから毎日、妖精たちが見舞ってくれた。お前の瞳が月や星々を映しているのも、太陽のようなオベロン王とこうなる運命故だったのかもしれない」


両親は懐かしむように口を開き、そうして私を抱きしめてくれた。久しく感じていなかった温もりに涙がこぼれる。


公爵家の令嬢として、私は間違いなく不出来な娘だ。王族との縁を繋ぐことなく、自らの愛を信じた。

それが間違いだとは思わないし、後悔だって少しもない。そう思わせてくれる両親の愛が、私はとても嬉しかった。




翌日から、屋敷には絶え間なく来客があった。

私の結婚の祝いと、オベロンの贈り物の返礼。顔馴染みの令嬢から、会ったことのない子爵や男爵の家すら大きな荷馬車を引いてやってくるのだ。


「オベロン王は素敵な方でした。セレシア様、どうかお幸せに」


「殿下ももちろん美しい方でしたけど、オベロン様の方がセレシア様にはお似合いですわ。二人並ぶと太陽と月のようですもの」


「私は見えない者ですが、それでも、次の満月の晩には必ず、あなた方の道行に幸福があるようにと祈ります」


「妖精たちがオベロン王とセレシア様の婚姻を祝福しておりました。わたくしからも心からの祝福を。どうかお幸せに」


殿下と結婚していたとして、こんな風に祝いの言葉を述べられてもさして感動はしなかっただろうと思う。

当たり前のことをただ当たり前にこなしただけ。祝われることなどではないと、使用人たちに全てを任せていただろう。可愛げのないことだ。


部屋に山積みになった祝いの品を見つめる。

食料は領地にある孤児院へ、衣服と宝石のいくつか、上質なシルクは常春の国に持ってゆこう。

彼らの裁縫の腕を師事して寝衣のひとつでも作らねば、花嫁として申し訳がない。




城での騒動から時が過ぎ、満月の晩まであと数日となったあくる日。屋敷中が喜びに溢れ、誰もが浮き足立っている頃だった。件の男爵令嬢が父を伴って訪れたのは。


「どうしてもお嬢様に会いたいと……」


「……すぐに行きましょう」


ため息をひとつ溢し、側を舞っていた妖精に声をかける。決してでてきてはダメよ、と。

妖精は不満そうに体を震わせたが、先日の鉄籠の件を話せば渋々従った。身支度を整えて部屋を出る。足は鉛のように重かった。



「あ、セレシア様」


「ご機嫌よう。オフィーリア様」


嫌悪が滲まないよう、極力心を殺して挨拶をする。彼女の横に立つ父親は元商人という職業柄か、公爵家という場所でも居住まいを正して堂々としていた。庶民の出だと言うのに礼節にも申し分は無い。申し訳ないが、これほどの父親からなぜ彼女が産まれたのかと思うほどに。


「ふふ、あたしね、セレシア様に祝いの品をお持ちしたのよ。父の交易で偶然見かけたのだけどね、海の向こうの異国で作られたネックレス。きっとセレシア様に似合うわ」


品のない言葉遣いも、大胆に胸元が開いたドレスも、鼻の奥が痛むほどの香水も、どれも不快だった。なんとか笑顔を取り繕い、控えていた侍女に受け取らせる。


「あら、せっかくだから着けてみてよ!どんな感じなのか見てみたい!」


彼女はどんな気持ちでここに居て、どんな気持ちで私に声をかけるのだろう。

侍女は恐る恐る箱からネックレスを取り出し私に差し出した。


それに触れた瞬間、息が詰まる思いがした。直感的にこれを着けてはいけないと脳が警笛を鳴らす。確かに見た目は恐ろしいほど美しい。けれどこれはダメだ。城でオベロンが纏った黒い靄と同じ感じがする。

ちらりと彼女を盗み見ると、恐ろしいほど美しく微笑んでこちらを見ていた。なにかに取り憑かれたような、こちらを試すような笑み。彼女はここまで邪悪さを帯びた人間だったのだろうか。商人の娘が貴族という地位を得て変わってしまったのだろうか。視線を彼女の父に移せば、なぜだか彼は酷く怯えていた。


「あら、どうしたの?あたしが着けてあげましょうか?」


なかなか身につけないのを面白くないと思ったのか、彼女は私の手からネックレスを奪おうとする。慌てて身を引きネックレスを体の後ろに隠した。

肌が泡立つ。この女はなにかおかしい。


「随分と恐ろしいものを花嫁に贈るのだね」


どうやってこの場を切り抜けようか考えていると、予期せぬ声が真後ろから聞こえる。オベロンだった。オフィーリアは一度恍惚とした表情を浮かべたかと思うと、隠すことなく舌打ちをした。

オベロンは私の手からネックレスを取ると、躊躇うことなく宝石を割った。黒い靄を出しながら宝石は朽ちてゆく。


「妖精王の妃を呪おうなどいい度胸だ。中に何がいるのか知らないが、もう殺していいね」


オベロンはオフィーリアの首に手をかけると、指先を食い込ませた。彼女の顔が苦痛に染まる。


「オベロン王!どうか娘を殺すのはおやめください!」


声を上げたのは彼女の父であった。オベロンは僅かに視線を向けるが、その手を離そうとはしない。


「オベロン、この場で人を殺すのはやめて」


混乱と恐怖でいっぱいだった思考をなんとか整理して彼にそう言うと、彼は懐から何かの葉を取り出し、それをオフィーリアの方に向けて息を吹きかけた。瞬間、彼女の体から力が抜けてゆく。


倒れ込んだ彼女を父親は抱き抱えると力強く抱きしめて、僅かに涙を滲ませた。


「どうか、どうかこの子を救ってはくれませんか。セレシア様への無礼は到底許されるものではありません。それでも、それでもどうか、話だけでも聞いてはいただけませんか」


嘆き、苦しみ、そして後悔の入り混じったような声。とても芝居をしているようには思えなかった。隣に立つオベロンを見れば、彼はすべてが分かったかのように彼ら親子を見下ろしていた。


私のことで妖精に悪夢を見せられていたという事実も確かにある。妖精王の妃になる者としてその過去を無碍にすることはできない。これでチャラにしてくださいなどとは言えないが、話を聞くくらいはいいだろう。


膝をつき男爵に目線を合わせると、彼は大きく息を吸ってから語り出した。


オフィーリアは昔から活発な子であったが、礼儀も礼節も商人の娘としてきちんと躾をしていたこと。ある時から人が変わったように振る舞うようになったこと。趣味嗜好がまるで別人のようになってしまったこと。


それを咎めた母親を殴り、それ以降母親は病でもないのに目覚めなくなったこと。


「恐れながら、私たちはセレシア様の呪いなのだと思いました。殿下を、その……奪うような真似をしてしまいましたから。けれど娘の様子は城でのことがあった後から更に酷くなったのです。屋敷にいる見える者に訊ねても、もう我が家には妖精はいないと言うのに。そのネックレスだって、私の仕事で得たものではないのです。娘が突然持ってきて、これを渡すから公爵家へ行くと……」


死んだように眠るオフィーリアは、先ほどの邪悪さなど嘘のように穏やかだった。静かに上下する胸だけが彼女の生をこちらに伝えている。


「何か悪いものがが取り憑いているとしか思えないのです。妖精王、どうかこの子を救ってはいただけませんか」


男爵は頭を床に擦り付ける勢いでこちらに頭を下げた。娘を抱く手は震えている。


「セレシア、きみはどうしたい。彼女がなんであろうと、公爵家の令嬢としての役目を奪ったのは紛れもなく彼女だ。何かに憑かれて勝手に果てようと、きみにも、僕にも関係のないことだ」


試すでもなんでもなく、ただ静かにオベロンは私にそう問うた。男爵は縋るような瞳で私を見る。


「公爵家の娘としてなら彼女を救わなかったかもしれないけど、私にオベロンの妻になる道をくれたのは彼女だわ。そのお礼くらいしてもいいと思うの」


「……はは!それもそうだ。では男爵、明日の正午にきみの屋敷に伺おう。眠っている彼女と母君は同じ部屋に移しておくように」


男爵は顔を輝かせて何度も礼を言い、オフィーリアを抱えて屋敷を後にした。



「何が憑いているの?」


「確証はないけれど、ティターニアだろうね。こんなことをするのは」


二人きりになった部屋でそう訊ねると、オベロンはため息まじりにそう言った。

遠い昔に置いてきた後悔を思い出すように。



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