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妖精王と月の姫君  作者: 夜子
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4.ああ、すべての幸福よ

「……これはこれは、今代の王族は随分と手荒だ。」


声の方を見て驚いた。

オベロンだ。彼はいつもの格好からは想像できない、文字通り妖精王を体現した服を纏っている。


夜をうつしたような深い深い青の外套。頭上の王冠は星を散りばめたような輝きを放っている。装飾品だけであれば彼は夜のようなのに、その美しい髪と瞳の色が真昼の太陽のようで眩しささえ覚えた。


きっとこの場にいる誰より、妖精王オベロンは美しいのだ。


「誰だ貴様は。誰の許可を得てここにいる」


「おっと失礼。私は貴方がたが妖精と呼ぶ者たちの王。オベロンと申します」


丁寧に礼をするオベロンはチラリと私の方に視線を遣ると愛らしくウインクしてみせた。何も心配要らない、とでも言うように。


たったそれだけのことに私の体からは力が抜けた。


「貴様が妖精なわけ無いだろう。私は見えない人間だ。道化師ならばもっと愉快な話でもしたらどうだ」


殿下は庇うように男爵令嬢を背中に隠すが、彼女の目はオベロンに釘付けであった。あるいはもう、心さえも。


「ふむ、ではこういうのはいかがかな」


オベロンが指を鳴らすと、殿下や近衛兵たちが持っていた武器がたちまち無害な花に変わってしまう。

驚きにどよめきそうなのに、広間は恐ろしいほど静かだった。

皆、オベロンの恐ろしいほどの怒りに気づいていたからだ。


「幸せになれないと分かっていながらも、彼女は国のために嫁ぐことを決めていた。野を駆ける喜びを捨て、星を数える自由を捨て、国と君を選んだ。

聡明な彼女の有り難みにも気づかず、見えないというただそれだけの理由で彼女を虐げたきみは一体なんなんだ?

僕の愛するセレシアを、きみは一体どれだけ傷つけようというんだ」


右手に黒い靄を纏ったオベロンは、迷うことなく早足で殿下の元へと向かう。

私の間違いでなければ、あれは人を呪うための魔法だ。三日間高熱で貴族を寝込ませた、もしかしたらそれ以上の呪い。


やめて、そこまでしなくていい。そんな言葉を投げかけたいのに、恐ろしさに喉が詰まって声が出ない。彼は優しくとも妖精の王だ。人をひどく呪うことにきっと躊躇いはない。


それでも、妖精たちは言ったのだ。人のことを呪うのは恐ろしくて痛いことだと。

いかに偉大なオベロンであろうとも、愛する彼に痛い思いなど、私はしてほしくない。


「お待ちください、お待ちください!オベロン王!」


広間の扉が勢いよく開く。その場にいる全員が、オベロンさえも声の方を見た。そこに立っていたのは前王の妃、殿下の祖母にあたるカトレア様であった。


「どうか、どうかお怒りをお沈めください。ギルバートがこのような愚行に走ったのは私のせいでございます。私がこの子の父を“見える”ものとして産んでいればよかった……!私が、わたくしが不出来な子を産んだばっかりに……!」


カトレア様の言葉に、殿下の顔が悲痛に歪んだ。


私はここでようやく理解した。殿下にとってこれは呪いだったのだ。カトレア様は妖精への信仰が厚いお方だと聞く。きっと陛下や殿下が見えないものであったことを酷く嘆いたのだろう。

母体である私が悪かったのだ、不出来な子を産んでしまったのだ、と。


この悲しい呪いが殿下を苛んでいたのなら、彼の心は少しは理解できる。同情も、ましてや此度のことを許すことは決してないけれど。


「カトレア、きみは我が身を嘆くばかりで王や王子に神代のことを伝えなかったのかな」


「申し訳、もうしわけ、ございません……!」


「……しかしまあ、愚かだがきみの祈りは本物だ。だからこそ今から僕が言うことを必ず実行しろ。そうでなければ僕らは永遠に常春の国に消える」


カトレア様は顔を青くして幾度も頷いた。膝をつき、手を組んでオベロンの言葉を待っている。

彼の要求はたったふたつ。我が公爵家に今後害を与えぬこと、北の森に手出しをしないこと。


前王の妃にどれだけ政に口を出せる権利があるのかは分からないが、カトレア様はオベロンの目を見てしっかりと頷いていた。


それからオベロンは険しい顔を一変させ、いつもの優しい笑みを浮かべて私のもとにやってくる。私を囲っていた近衛兵たちは彼の魔法か、それとも純粋な畏怖からか静かに道を開けた。


「賢いきみが国や民のためにとその身を犠牲にするのなら、僕はそれを永遠に見守ろうと思っていた」


オベロンは私の髪を一束掬う。

彼の白い肌の上では私の髪は一層黒く輝いているような気がした。


「きみの笑顔がもう見れなくとも、思い出を抱えて眠れば良いと思っていたんだよ。いずれきみが死して、そうしてもう一度生まれてきたら、その時こそきみを僕の妻にしようとね」


けれどもうやめた。元来僕は待つことへの素質がないらしいから。


オベロンはまるで汚物を見るような視線を殿下たちに向けると、私の髪に口づけをし、跪いた。


「愛するセレシア、どうか僕の妻に。春が永遠と続く美しい僕の国で、常永遠に笑っていておくれ」


まるで夢を見ているような心地だった。

悪夢はこのためだけに存在し、このためだけに私は生まれてきたのだと思うほど。


温かい涙が溢れ頬を伝う。

先ほどまでは恐怖で声が出なかったのに、今は喜びで声が出なかった。


どれほど夢に見たことでしょう。

どれほど待ちわびたことでしょう。


私は震える手を彼の方に伸ばした。

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