11.愛の別れ
「お父様、お母様。公爵家のつとめを果たせなくて申し訳ございません」
深々と頭を下げる私を見て、両親は静かに首を振った。父は母の肩を抱き、母はその瞳に涙を浮かべている。月が天の中央に上る頃、私と両親は庭に出てオベロンを待っていた。夜を生きる虫の声だけが静かに響いている。
「家のことは気にするな。私たちはただ、お前の親として幸福を祈っているよ」
「見える者として、あなたが妖精王に嫁ぐなどこの上ない名誉なのです。大きな声では言えませんが、この国の王妃になることより、母はずっとうれしいわ」
両親は私の額にひとつずつキスを落とし、そうして優しく抱きしめてくれた。形は違えど、この愛はオベロンに送る愛と変わらない、永遠に私の中で生き続ける愛に違いなかった。
名残惜しさを感じながらも、私は両親から体を離し、いつの間にか滲んでいた涙を拭う。
「セレシア、今晩のあなたは本当に美しいわ。月の眷属であるかのよう。あなたが私の娘で本当によかった」
そう言いながら母は私にベールを手渡した。月の光によって生地がオーロラがかかったようにきらめく。男爵の贈り物は本当に、どのドレスにも似合う上等なものだった。
ひと際大きい風が吹き、髪がなびいた。柔らかい香りが鼻をかすめて、彼が来てくれたことに胸が高鳴る。
「オベロン!」
ふわりと舞い降りた彼に駆け寄ると、彼は優しく微笑んでくれた。大好きなオベロン、美しいオベロン。私の最愛よ。
「本当に、本当にきみは美しい。僕にはもったいないほどに。僕はきみといて良いのかい。神である母を殺し、きみを愛する両親から引き離すんだよ」
オベロンは泣いていた。琥珀色の瞳からは宝石のような涙が零れ落ちてゆく。私は微笑んでから指先を頬に沿わせ、彼の涙を拭う。
「私、あなたと生きていきたいわ。共に素足で野を駆けて、夜の空の星を数えたい。あなたの罪は私の罪。ふたりで永遠に生きていきましょう」
「ああ、セレシア……!」
オベロンの香りが私を包む。いつも余裕ばかりを見せていた彼がこんなに感情を見せるのは初めてで、私はそれがおかしくて小さく笑ってしまった。彼は最後に強く私を抱きしめなおした後、父と母に向き合った。
「妖精王オベロン、万象に誓ってきみたちの娘を幸せにしよう。きみたちも、どうかこれからも僕たちのよき隣人であってほしい。きみたちが僕たち妖精を愛してくれている限り、永遠の安寧と幸福を約束するよ」
両親は静かに跪いて彼の言葉を受け取った。今生の別れとなることはないけれど、それでもこの二人の無償の愛から離れていかなければならないことが少しだけさみしい。それでも、それでも私はオベロンとともに生きていきたいのだ。幼い鳥のいる巣へ親鳥が戻らなくなるように、いつまでも居心地の良い愛のなかでだけは生きてはゆけない。
「美しく、聡明な娘です。必ずやオベロン王の役に立ちましょう。愛するこの子を、どうかよろしくお願いいたします」
父の言葉を聞き届けると、オベロンは私の肩を抱いた。数日前のように飛ぶのだろう。わずかに思い出された恐怖心から彼の外套を握りしめると、頭上で空気が少し揺れた。
「大丈夫。あの日の夜以上に丁寧に飛ぶとも」
短い詠唱のあとに体が浮く。耳元では妖精たちが楽しそうに笑っていた。




