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澄、初めての宝を得る

「皆のものぉ!連れて参ったぞぉおおおおお!」


 中庭に来ると聞いたこともないくらい大きくてこっちの耳が痛くなるくらいの声が、あたしのもとに聞こえた。


「おおおおおお!澄殿だぁ!」


「心配しておりましたぞ!澄殿ぉ!」


「澄殿!我らやりましたぞ!」


「我らの力で小田城を、殿のもとに、小田家に取り戻しましたぞ!」


 はっきりと聞こえてきた声に、ハッとして顔を上げた。


 そこには、軽装備になった足軽たちがいた。


 怪我をしている人もいるけど、みんな笑顔だ。


 そして、最前列では貞政さま、飯塚さま、平塚さまの姿もある。


 そのどの顔も、穏やかな表情。


 ――なんで、どうして?


 まだあたしには、分からなかった。


 確かに、小田城は取り戻せた。


 でも自分は怪我をして、同僚を失った人も中に入る。


 なのに、どうしてそんな風にみんな笑っていられるんだろう。


 それも、むちゃな作戦を立てたど素人のあたしに嬉しそうに声をかけてくれるんだろう。


「此度の戦でこの氏治、また小田城に戻ってこれたことこの上ない喜びである!」


 呆然とするあたしの隣で、氏治さまがみんなに向けて声を発する。


「此度は、皆々の槍働きあってこそ。皆の働きには必ずや応えようぞ!」


「うおおおおお!」


「しかーし!」


 盛り上がる兵たちの騒ぎが、氏治さまのどっかの芸人みたいな声にピタッと収まる。


 さすが、名家の当主だなぁ。


「お主ら、此度の戦一番の働きをしたものを、忘れてはならぬぞ?」


「もちろん、忘れるはずありませんぞ!」


「殿こそ忘れないでください!」


「倒れたと聞いた時、大慌てでしたもんなぁ!」


 足軽たちからは氏治さまの威厳たっぷりの声と相反するような、楽しそうな笑いの混じった声。


 政貞さまたちも止めるわけでもなく、苦笑いを浮かべるばかり。


「ば、バカ!忘れてはおらぬ! 寝込んでいるというから、そっとしておこう。その優しい気遣いが、お主らには分からんのか!」


「氏治殿、恩賞の場に一番の武勲を連れてこぬのは、我々としてもどうかと思います」


「菅谷殿の言う通り。いくら城が戻って嬉しいとはいえ、いささか慌てすぎかと」


「菅谷、飯塚の申す通りでございます。当主として、しっかりしてください」


 氏治さまの反撃は、四天王のうち三人にあっさり打ち破られたみたい。


 がっくりと肩を落として、ポツリとあたしだけに聞こえるくらい声でつぶやいた。


「……澄、すまんな。もっと早く見せたかったのだが」


「氏治……様? あの、えと?」


 全然状況が読み込めなくて、あたしは首をかしげることしかできない。


 一体全体、何のことだかさっぱりわからない。


「この戦、最大の功はこの雫澄である! 皆、異存ないな!」


「え‥‥…あたし……?」


 なんであたしが?たくさん損害出して、みんなをボロボロにしたのに?


 人だってたくさん、死んじゃったのに?


 みんなの同僚だって、友達だって殺したのはあたしかもしれないんだよ?


「もちろんじゃああ!」


「澄殿が居れば、これからの小田家は安泰じゃぁ!」


「これからも頼みますぞぉ!」


「小田家の一員として、これからも尽くしていきましょう!」


「澄様ー!こっち向いてくだせぇ!」


 だけど、あたしのそんな戸惑いなんて打ち消すよう歓喜の声がすごい勢いで湧き上がる。


 みんな誰もが、笑顔を浮かべていた、


 それは、やらせや嘘偽りがあったら絶対できないこと。


 みんなが、あたしを認めてくれてなきゃこんなこと起こるはずもなかった。


「小田はまだまだ強くなるぞ! 皆、これからも頼むぞ!」


「おおおおおお!」


「澄、これはどんな金銀財宝より得難い宝であると思わんか?」


 興奮のるつぼと庭が化して呆然と立ち尽くすあたしの肩を、氏治さまが優しく抱いた、


「わしがいくら民や兵に褒美を出そうとも、領地を広げようとも、名族だと吹聴してもな、これだけは手に入れられぬよ」


 じわりじわりと、あたしの中に何かが広がっていく。


「確かに戦となれば、誰かが倒れる。誰も死なぬ戦などあり得ぬよ」


 かみしめるような氏治さまの言葉。


 それは、戦国という世の中に生まれ今までたくさんの人を殺してきた人間の重い言葉だった。


「澄の時代の日ノ本の国は、戦がない。だから、先のような仏たちを見ることもないだろうが、わしらには想像もできん」


「はい……」


「わしらの生くる時代はそうではない。戦はどこかで起きておる。誰かがその度、倒れておるのだ」


 こんな、小さな戦だけじゃない。


 これから、あたしが知ってるだけでもたくさんの戦いが起こる。


 日本全国で、たくさんの人が倒れて命を散らしていくんだ。


「わしとて、もう数えきれぬ者の殺しておるぞ」


「氏治さまも?」


「民、家臣、相手方。もう数えきれぬ」


 そうか、氏治さまは川越の戦を初陣として小田家の当主として何度も戦場に赴いている。


 ということは、自分の手だけではなく指揮でたくさんの兵を民を失ってきたんだ。


 その中で必死に生きている、戦国の男なんだ。


「だからこそ、簡単には死なぬ。彼奴等の命の分まで、生きねばならぬ」


 それは、あたしに向けると同時にまるで自分にも言い聞かせるような口ぶりだった。


 いつもの軽い口調じゃなくて、重い重いものを背負っていることを思わせるみたい。


「その奪った命に恥じぬよう散った命に恥じぬよう、懸命に生くる。それが、彼奴らへの手向けになるのだ」


「手向けですか……?」


 あたしの言葉に氏治さまは、はっきりと頷いた。


「命を決して粗末にしてはならぬ。己の命のため、誇りのため何でも構わぬとわしは思う。精一杯生くれば、礎となった者たちも報われるであろうよ」


 その淡々とした氏治さま言葉は、冷や水のように感じられた。


 あたしはどこかで、失敗の責任を取るには小田家から逃げるように消えることができたら、もしくは追い出されたらって思ってた。


 でも、氏治さまの言葉を信じるならきっと死んだ者たちにとっての冒涜だった。


 勝手に命を奪って、ごめんなさいって消える。


 そんな事を彼らは、許してくれるはずだろうか?


 いや、そんなことはない。


「氏治さま……あたし……」


「分かればよい。さぁ、今はこの宝を思う存分味わうが良い! 小田家当主氏治の命であるぞ!」


 謝ろうとしたあたしの頭を氏治さまはクシャッと撫でると、とんと背中を押して一歩前に出るように促してくれた。


 広い中庭にいるみんなの笑顔を、あたしは初めてしはっきりと見渡す。


「ありがたや!澄様ぁあああ!」


「こっち向いてくだせええええっ!」


「これからも、我らを頼みますぞー!」


 生まれて初めてあたし向けられる、たくさんの感謝の声。


 現実とは思えず、夢とか幻だって思っちゃうくらいみんながたくさんありがとうって言ってくれる。


 嬉しくて、枯れたはずの涙がまた溢れてきた。


「みんな……ありがとう!」


 あたしの涙声のお礼の答えは、歓喜の叫びになりそれはいつしか鬨の声に変わっていたのだった。


 時に永禄2年5月。


 小田家の歴史は、こうして史実から少しずつ外れ始めたのだった。


小田城奪回編、終幕。

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