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氏治、褒美を渡す

「落ち着いたか?」


「うん、大丈夫……」


 どれくらい泣いたか分からないけど、涙も喉ももうカラカラになった。


 こんなに泣いたの人生初めてで、身体がまともに動てくれない。


 あたしは動かない体を氏治さまに膝まくらしてもらって、コロンと転がっている。


「氏治さま、あたし……」


「捨てぬぞ? 恩返しをするのだろう?」


 心配になって見上げたあたしの頭を、また優しく氏治さまは撫でてくれた。


「それに、わしも小田家も澄が泣いたから捨てる、追い出すということはせんよ」


「ほんと?」


「ああ、ここには今まで澄にひどい事をしていたやつらはおらん。もし、いたらわしが切ってくれようぞ!」


「逆に、切られちゃいそう」


「ははは!少しは、いつもの澄に戻ったようじゃな!」


 小さく口をついたのは、いつものように氏治さまをからかうような言葉。


 それを聞いて、氏治さまは今日初めてあたしの前でいつものような笑顔を見せた。


 ああ、よかった、笑ってくれた。


「わしはな、澄。民と共に泣き、笑い苦しみ、悲しむことを忘れない当主でありたいのじゃ。そして、彼らを守るためには痛みを忘れる強さなどいらぬのじゃ」


 ゆっくりとあたしの髪を撫でながら、氏治さまはあたしにそんな言葉をかけてくれた。


「澄と一緒にいてな、澄が居れば小田家は民の痛みを知りながらも強くなれる。そんな、家になるとどこかで思っているのだ」


「あたしがいれば?このあとの、歴史を知ってるから?」


氏治さまは、笑顔で首を振った。


「澄は虐げられた者の、痛みが分かる。それでありながら、信じるものを貫こうとする心の強さもある。小田家と日ノ本の未来を知っていようとなかろうと、関係ない」


 はっきりとあたしに向けれたのは、あたしの全てを認めてくれるような言葉だった。


「澄、これからも小田家に恩返しをするためには、見てほしい“褒美”があるのじゃが、良いだろうか」


 あたしに見てたい褒美って、何だろう?何か、小田家に代々伝わる秘宝とかかな?


 これを守るために、頑張ってほしいとかなのかな?


 いろいろ考えるけど、泣いて疲れきった頭じゃ全然分かんない。


「はい、お願いします」


「よっと。立てるか?」


 膝まくらからゆっくりあたしを開放すると、氏治さまはあたしに手を差し出してくれた。


 ――なんか、田んぼを見に行った時と逆だけどすごく嬉しいな。


 ゆっくりとあたしは差し出された手を掴んで、氏治さまの前に立った。


「うむ、では行こう」


 * * *


「澄、どうじゃ?大丈夫か?」


「は、はい!なんとか」


 氏治さまは、屋敷の屋根の上にいた。


 フラフラだけど、何とか氏治さまに支えてもらってる。


 そして慣れない屋根をへっぴり腰で歩きながら、あたしは氏治さまの隣にたどり着いて何とか腰を降ろした。


「あの、氏治さま。あたしに見せたいものって何ですか?」


「このあたり一面が、小田領じゃ!」


 そう言われて、あたしは同じ方向を見る。


 そこにはキラキラと朝日に輝く水田が、目いっぱい広がっていた。


「すごい、きれい……」


 素直に出たのは、そんな短くて陳腐な言葉で恥しくなる。


 そのキラキラした輝きは、あたしの疲れを吹き飛ばすくらいだった。


「そうか、民が水を張ってくれたのだな。いや、綺麗だなぁ!はははは!」


 氏治さまも満足そうに、膝を叩いて笑っている。


 これで、田植えもできる。


 藤右衛門さんも、領民のみんなもきっと喜んでくれるかな。


「ありがとうな」


「え?」


「今年はもう、この風景は見れないと思っておった。下手すれば、ずっと見れないかもと何処かで思っておったのよ」


「氏治さま……」


 そんな不安の中、氏治さまはずっと過ごしてきたんだ。


 その一助にもしなったのなら、嬉しいな。


「これが褒美、いや、そう言い訳をすれば澄に見てもらえるとおもってな。これからわしらが守ってく宝、小田領の姿をな」


「これを、あたしたちが!」


「頼りない当主の家に拾われて、滅亡を迎える未来も知っておって、不安であったろう」


 あたしは、小さく頷いた。


 はっきり言って、この時代に来た当初は絶望に近かった。


 何でこんな絶望的な家に、拾われたんだろう。


 別な家が良かったって、思わなかったわけじゃないから。


「でも、今は小田家に拾われてよかったって思います。きっと、氏治さまなら未来を変えて行けるはずです」


「うむ!」


「存分に恩返しさせていただきます! その為には、あたしの知る小田家滅亡の歴史なんて全部変えちゃいます!}


「だからこそ、わしより先に死ぬことは許さぬぞ。ずっと、この景色を澄と、子々孫々と一緒に見ていきたいのだ」


「あの、氏治さま……史実ですと、あと40年以上は生きるんですけど?」


 ちょっと余裕が出たのか、あたしは氏治さまに突っ込みを入れた。


 氏治さまが亡くなるのは、1601年。


 史実で言えば、関ヶ原の戦いの翌年で71歳。


 まだまだ人生の半分も終わってないし、あの織田信長や豊臣秀吉よりの長生きするんだよ?


「む、しかし澄も頑張らんとなぁ!わしと、さほど変わらんだろ?」


「失礼な!あたしはまだ17です!」


 氏治さまは20を過ぎてるけど、あたしは17。


 同列にされると、ちょっとカチンってくる。


 ――あたしは不老不死だから死なないけど、ね。


 ちょっとの寂しさを噛み殺して、笑っていると氏治さまが膝を叩いた。


「澄は、こうでなくてはな!こうしてわしと屈託のない話ができる澄が、側に必要なのだ」


「長い付き合いに、なりそうですね」


 あたしは死なないし、たぶんこの姿から変わらない。


 でも、だからこそずっと変わらず氏治さまを今のまま支えることができるんだ。


「そうじゃ、戦の終わりこれを渡そうと思っていたのだ。これは、本当の褒美じゃ」


「え……?」


 氏治さまに恩賞も何も頼んでないからなんだろうと思ってると、小さな何か手のひらに収まるサイズの何かが差し出されていた。


「この前、手に入れた護り刀じゃ。せめて澄の中の邪念や迷い、邪な物を切れるように持っておいてはくれぬか?」


 それはよくよく見れば、綺麗な拵えがされた懐刀だった。


 確かにあたしは女の子だし、打ち刀を持って誰かに会うというのは出来なさそう。


 となると、懐刀を持っていることに不自由はない。


 それに、この時代の懐刀はお守りの意味も込められているって聞いてことがあった。


「澄は戦に出ても領地や金はいらぬと言っていたが、何か与えぬと当主として示しが付かぬからな」


「わかりました。大切に、します」


 これがあれば、もし氏治さまが居なくてもあたしを氏治さまが守ってくれてるって思える。


 大切な、あたしの宝物になりそう。


「氏治さま」


「なんじゃ」


「この領地、みんなで守っていきましょう。小田家の歴史、必ず変えていきましょう!」


「うむ!そのためにも、頼むぞ、澄!」


「はい! あ、でも、氏治さまもですよ」


 あたしと氏治さまは、目の前に広がる田園地帯を眺めて頷きあった。


 周りは結城、佐竹、北条、他にもいろいろ家々がひしめいている絶体絶命の状況。


 その中でたとえ史実通りに生き残っていくことすら、そう簡単ではない。


 でも、氏治さまとみんなと協力していけばきっと大丈夫。


 小田家滅亡の歴史、絶対に変えてみせるんだから!


「氏治さま、ここにいらっしゃいましたか」


「政貞さま!」


 いきなりの声に振り返ると、そこには笑顔の貞政さまが居た。


「澄殿も元気を取り戻してくれてよかった。さすが、氏治さまです」


「見直したか!?」


「ええ、少しは。さて、気を付けておりてくだされ。庭でお二人を皆が待っておりますよ」


 あたしたちを待ってるって、何かあるのかな?


 ちらっと氏治さまを見ると、明らかににやけてる。


 あー、この人何か知ってるけど、何も言わないつもりだ。


 でも、きっと悪い事じゃないんだろうな。


「氏治さま、えっと……」


「わかっておる」


 もう恥ずかしげもなく差し出された氏治さまの手を借りると、二人で一緒に屋根を下って庭へと向かって行ったのだった。

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