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氏治、来る

「ここ、は?」


 ゆっくり意識を取り戻したあたしの目の前には、うす暗い木張りの天井。


 夜にしては少し明るいし、もしかしたら朝方なのかな。


「あたし、あ……」


 うつろな意識で、体を起こすと袴と羽織のまま。


 ――そっか、あたし小田城で死体を見て倒れてここに運ばれたんだ。


 倒れる前の記憶がよみがえると、体がガタガタと震えてくる。


 あたしの時代にはあり得ない、死体が折り重なったようにまとめられている光景は脳裏にはっきりと焼き付いてる。


 これが、戦場の光景だって納得しようと思っても納得できるような物じゃない。


 それもその死体は、自分の采配で殺した人間だって思うと頭がおかしくなりそう。


「で、でも、みんなに心配かけちゃ、ダメだよ。せっかく、小田城取り戻したんだから」


 これ以上の心配は誰にも、かけたくない。


 一緒にいた彦九郎さんは当然だけど、小田城での後処理や休んでいた兵たちもあたしが倒れたことは知っているはず。


 貞政さまや平塚さまに飯塚さまの耳には当然、入ってるはず。


 それに、氏治さまの耳にだって絶対入ってるはず。


 だったら、なおさら。


 今回の戦で、小田家は何とか小田城奪回の目的は果たせたんだ。


 ここでしっかりしないで、これからどうやって小田家に恩返ししていくっていうの。


 しっかりしなきゃ、氏治さまやみんなの側にいてもいい、雫澄っていう存在になれないんだよ。


「ほら、行かなきゃ。きっと、まだあたしにもお仕事、あるはずだから」


 何とか自分に言い聞かせて、立ち上がる。


 朝方だとしたら、一日近く寝ちゃったんだよね。


 お役目をサボった分、何とか取り返さなきゃ。


 ここは、あたしの居た時代とは違う戦国時代。


 戦が起これば誰かが、死ぬなんて当たり前。


 この現実を真正面から受けいれなきゃ、あたしは生きていけないんだからね。


 それに、いつも通り振舞っていればみんなだって安心してくれて丸く収まるはず。


「澄、起きたか」


「う、氏治さま!?」


 ふらふらだけどなんとか部屋の外に一歩踏み出そうとすると、氏治さまが部屋に入ってきた。


 正装でもいつもの服とも違う、まだ鎧が半分残った姿の氏治さまは、驚くあたしの前にどっかりと腰を下ろした。


 あたしも慌てて合わせるように、腰を下ろす。


「城内で倒れたと、彦九郎に聞いた。大丈夫か?」


「たくさん寝たから、もう、大丈夫ですよ!もう、ぜんっぜん! ごめんなさい、心配かけちゃって」


 口から出たのは、いつもよりちょっと明るい声。


 大丈夫、大丈夫だよ、あたし。


 これなら、あの氏治さまだから心配なんて全然しないはずだから。


「どうした?何かあったのか」


「ああ、えっと、その死体見ちゃってびっくりしたんです。ほら、あたしの時代って、あんなたくさんの死体なんて見る事ないじゃないですか!だから、びっくりしちゃって」


「そうであったか……すまぬな」


「でもでも!もう落ちつきましたし、大丈夫です!それより氏治さま、ほら、喜んでくださいよー!小田城、戻ってきたんですよ!田植え、出来ますよ!あたしに教えてくれるんですよね!」


 どこか浮かない顔の氏治さまに、あたしは精一杯の明るい声と笑顔を向ける。


 念願の小田城を取り戻したんですから、あたし、氏治さまにもっと笑顔でいてほしいんです。


 あたしはもう大丈夫ですから、いつも見たく笑ってください。


 じゃないと、あたし、不安で頭がおかしくなりそうですよ。


 氏治さまはあたしに失望して、もうそばに置きたくないんじゃないかって思ってるんじゃないかって。


「そのように、無理に笑うな。頼む、澄」


 だけど聞こえてきたのは、絞り出すような苦しそうな声。


 なんで?どうして?


 あたし、空気悪くしてる?だめ、それはだめ!


 もっと、もっと、あたし頑張って笑わなきゃだめ?


「無理になんて!もう、そうやって人のこと自分勝手に決めつけるの、ダメですよ! だから、未来でダメ当主って言われてるんですよ?あの、お役目あたしに無いんですか?一日以上寝て、もう元気ですから、何か――」


 まくしたてるような言葉の途中で、急にあたしの身体は抱きしめられた。


「氏治、さま……?」


「無理をするなと、言っておるだろうに!」


 戸惑うあたしの耳元で聞こえたのは、激しい涙声だった。


 どういう事?訳、わかんないんだけど。


 無理、してないよ?


 こんなの、当たり前だよ。


 辛いけど、笑ってればみんなに嫌われないはずだよね。


 それは、全然無理じゃない、義務だよ。


 泣きたいけど、泣いたらみんなにバカにされて見捨てられるんだよ。


 そんなの嫌だから、笑ってるのって当たり前じゃない。


「そんな顔をするな!そんな声をわしに向けるな!頼む……澄」


「どうして……?」


 ぽろっと口からもれたのは、戸惑い。


 こんなにも辛い中で頑張って笑ってるの、何で否定するのか分かんないよ。


 だって、今は小田城が戻ってきてお祝いムードなんでしょ?


 ねぇ?氏治さま、そうだよね。


 だったらあたし、自分が辛いこんな時でも笑ってられるからやっと自分が強いんだって思えて、この時代でこれからも頑張っていけそうなんだよ?


 なのに、どうして怒って泣いてるの?


「今は、泣いていいのだぞ。苦しく辛い時に、無理に笑うでない」


「泣いちゃダメです!あたしは、悲しいって、辛いって思っても、絶対に泣いちゃだめなんです!」

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