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小田城奪回戦、開戦す

 小田城までは、徒歩。


 途中にあるいくつかの支城に立ち寄ることもなく、小田城奪還の兵たちは歩き続け、日がとっぷり暮れた頃に本陣を張る位置にたどり着いた。


 城攻めの小田軍は総勢、600人の予定だった。


 陽動役の飯塚さまが100、平塚さま、政貞さまが250ずつという配分。


 奇襲ということもあり、あまり大群で行くと身動きが取れないばかりか速度も下がる。


 なので、かなり絞った兵数。


 だが、小田城に向かう途中、藤右衛門さんが来て近隣の村々から小田家の力になりたいという衆を連れてきてくれた。


 その数、200人。


 かなり無理して集めた気もするような人数だけど、どの兵たちもやる気に満ち溢れていた。


 ならばぜひ、ということですでに別動隊として小田城に向かっている飯塚さまを除く、二つの隊に100人ずつが加わった。


「少し兵が増えたのは、本当にありがたいことです」


「ああ、今は一人でも力が欲しいところだからな」


 本陣で最後の会議をしている二人も、この助力は非常に力強かったみたい。


 この時代の関東の農民、特に常陸国の南部や下総国の人たちは武士の元祖ともいう坂東武士の血を引くという自負がある。


 だから、いざ戦となれば強力な軍になったらしい。


 今回協力を申し出た村人たちも、きっとそんな自負があるのかもしれない。


「これも氏治さまの人徳ですね。この戦、勝ちましょう」


「うむ!澄殿も頼みましたぞ」


「えっと、その件ですが、もう一度聞きますね」


 あたしは落ち着かない様子で、二人を見渡した。


 うん、これだけはやっぱり納得できてないからはっきりしたい。


 大事な戦の前に、余計な不安や心のゴミは出来るだけポイしておきたい


「あたしの位置、おかしくないですか!?なんでですか!?」


 あたしは采配を持ったまま、思わず顔を押さえて俯く。


 そう、あたしが床几しょうぎに座って居るのは本陣の本来なら大将がいる場所。


 あたしが真ん中で、両隣りが貞政さまと平塚さま。


 これじゃあ総大将が、あたしってことになってるみたいじゃない!


 まだ戦いの前なのに、違う意味で頭がパンクしていた。


「仕方ないでしょう」


 プレッシャーやら何やらで泣きそうなあたしに、政貞さまは全く動揺する事なく返してきた。


「分かっておるとは思いますが、私も城攻めに加わりますし、平塚どのは以前より城攻めでした。そうなると、澄殿の位置はここしかありません」


「左様。澄殿は城攻めに加わるわけにはいきませんからな」


「それは、そうですけど……今くらいは、いいんじゃないかなって」


 今回は奇襲ってこともあって、政貞さまも城に乗り込む。


 それにあたしは配下も誰もいないし、槍も持てないから城に入るわけにもいかない。


 必然的にこの本陣に残ることになるのは、戦の前にも分かってた。


 でも、大将の位置は想定外のさらに外だった。


「氏治さまが居たら、よかったのに」


「いない方の名前を言ったところで、変わりませんぞ。ここで思う存分、采配を振るってください」


 現実逃避しようとしていたのに、政貞さまがしっかりと追い詰めて、ばっさり切ってくれた。


 確かに氏治さまはこの戦にいないし、任せられたんだからやるしかない。


 大きく息をついて顔を上げると、両頬をパンと叩いた。


「では、澄殿。私たち二人は今より隊を率い、城攻めを開始いたします」


「お願いいたします。戦況は、何かあったら伝令の方が伝えてくれるんですよね」


「はい。澄殿に大きな役目はおそらくありません。あるとすれば、万が一の時だけです」


 万が一。


 その言葉は、あたしが一番考えたくない状況を示していた。


 あたしだって、その可能性は考えたくない。


 でも、戦場に万全ってことはないし、万が一が起こらないってことはないはずなんだ。


「撤退の判断ですね」


 政貞さまと飯塚さまは、大きくうなづいた。


 撤退の判断は、戦場では非常に難しい。


 もう少しで攻め落とせるのに怯えて引いてしまっては、当然いけない。


 かといって相手の援軍などの襲来、防衛側の想像以上の抵抗、他にも何か大きなことがあれば無理に攻めることは逆に損害になってしまう。


 小田城を取り戻すのが目的けれど、無理して戦に敗れることになっては元も子もない。


 だから、あたしに任せられた撤退の判断は非常に重要。


「我々は城攻めに集中いたしますゆえ、相手の援軍などの襲来は気づけないでしょう。隣の菅谷様の隊のことも、分からなくなるかもしれません」


 平塚さまの言葉は、もっとも。


 今回は一気に城を攻め落とす計画だから、周囲のことまで気にかけるのは難しい。


 となると、一番余裕があるのは本陣のあたしってことになる。


「街道には見張りがおります。もし城方への援軍がきましたら、必ず伝令が来ます。あとは、澄殿にお任せします」


 政貞さまの任せるっていうの言葉の重みを、あたしは必死で受け止めた。


 もしかしたら、あたしの采配一つで小田家は知っている歴史を大きく外れるかもしれない。


 戦の損害で、すぐに滅亡するかもしれない。


 そしたらみんなも、氏治さまも死んじゃってあたしは一人になる。


 そんなの、絶対、嫌だ。


 でも、駄々をこねて状況が変わる事がない事は分かっている。


 そして、あたしの力でこの状況を乗り越えないといけないんだ。


「お二人、頼みました。後ろは、あたしの采配にお任せください」


 それは、目の前の二人だけじゃなくてあたしに向けた言葉でもあった。


 役目から逃げられない戦いを目の前にして、逃げる事なんてできない。


 あたしが役目から逃げる事は、大事な小田家の敗北につながるのは明らかだ。


 ――覚悟を決めなよ、雫澄


 でも、いくら思っても闇のように暗い恐怖は、あたしを飲み込もうとしていた。


 恐怖に打ち勝つ何か、それは小田家に恩返しをしたい一心。


 ――絶対、小田城を取り戻してみせる!あたしは、一人じゃない!


 あたしは覚悟を決めて立ち上がり、采配を振った。


「では、小田城攻めを始めます!この戦に関わる全ての将兵の、槍働きに期待します!」


 こうして、あたしの知る歴史と異なる小田城奪回戦が始まったのだった。

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