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おまけ 彼女・萌からの視点

 無事、(とおる)くんと同じ大学に合格した。


 学部は別でも、同じキャンパスなので、お昼は一緒に食べている。


 好きな食べ物、嫌いな食べ物、食べた事が無いけれど、食べてみたら美味しかった物。

 少しずつ、わたしたちは言葉を重ねて、生活を重ねて、一緒に知っていった。


 そこには、透くんの友人、水人(みなと)くんも一緒にいる。


 水人くんも同じ大学で、透くんと同じ学部に合格したのだ。

 わたしではどんなに頑張っても、絶対に合格出来ない学部に、透くんも水人くんも余裕で合格したようだった。


「透は余裕だろうけど、僕は色々やってなんとか入れたんだよ。」

「高校で、俺の次かその次くらいの成績だったじゃないか。謙遜も嫌味になるからやめた方がいいと思う。」

「……そういう発想出るようになったんだ。成長したな。透。」


 透くんが苦笑いをして、驚いた顔をした水人くんを見る。


 高校三年のあの日、三人でカフェに行ってから、わたしと透くんの関わり方が変わった。


 付き合ってから、わたしは透くんに触れられることで、特別なんだ、大事にされてるんだと思っていた。初めての彼氏で、浮かれていたんだと思う。

 けれど、その関係に甘えて、お互いがお互いを理解していると思い込んだ。

 今なら、あの頃のわたしたちの関係は閉じたものだったと分かる。


 二人だけで成立する世界。


 それは、とても脆い世界。


 友達とだったら二人だけの閉じた世界にはならずに、他の友達も加わっての世界になる。今までのわたしの世界は、たくさんの人たちで成立していた。


 それが、透くんとは出来なかった。それでいい、と思っていた。

 わたしと彼だけの世界。


 他の何者も必要としない世界は、とても心地よかった。


 その甘えが、透くんを失いそうになっても、わたしを縛り付け、身動きができないようにした。

 これだけ、お互いがお互いを好きだと分かっているのだから、わたしたちの関係が壊れるわけがないと、甘えていたのだ。


 あの日、水人くんが関わってくれたからこそ、わたしたちは一緒にいられる。


 とても、とても、とても感謝している。


 ***


 三人とも二回生になった。

 入学後、一緒のサークルに入り、先輩後輩たちと楽しく大学生活を送っている。


 今夜は、透くんが二十歳になってから初めてのサークルの呑み会で、宴会のネタにされては、お酒を勧められていた。


 透くんの二十歳の誕生日当日は、三人で集まり、透くんの部屋でビールで乾杯した。

 水人くんは、まだ十九歳なので、ひとりジンジャーエールを飲んでいたけれど。


 透くんは、呑んでもうっすらと頬が紅くなるくらいで、お酒強いね〜と、わたしと水人くんで感心したように見ていたばかりだ。


 だから、透くんが誕生祝いだと、色々な人からおすすめのお酒を渡されて、

「甘いですね。」

「あ、ウイスキー、ロックも美味しいかも。」

「焼酎…、麦?の方なら。」

 と、ひとつひとつコメントをしながら呑んでいても、うっすらと頬に赤みがさすだけで、お酒強いなぁと、暢気に眺めていた。


 一度、お手洗いへ行き、席に戻ろうとしたところ、みんなに囲まれている透くんに、ちょいちょい、と指先で呼ばれたので隣に座る。


「みんなに祝ってもらえて、よかったね。」

「うん、萌のおかげだよ。」


 そう言って透くんがわたしに抱きついてきた。


「おいおい、見せつけるなぁ!」

「可愛い彼女、いいなぁ!」

「わぁ〜!透さんがデレてる!」


 周りの人たちも、アルコールが入っているせいか、いつもより大袈裟に囃し立ててくる。

 これは、結構酔ってるのかな?とわたしが思っていたら、


(もえ)、好き。可愛い。」


 甘い声で呟き始めた。


 アルコールで体温の上がっている透くんの体は熱く、いつもよりも少し汗ばんでいる。


「萌、好きだよ。萌、萌、ずっといて。」


 そんな抱きしめながら、わたしの頭の上から、甘い声で呟かないで!!


 わたしは顔を真っ赤にしながら、周りを見ると、みんなも酔い以外で顔を赤らめているのがわかった。


 わかります!けど、これ、恥ずかしい!


 わたしはどうしていいのかわからないまま、なんとか透くんの腕の中から出ようともがいた。

 けれど、もがけばもがくほど、透くんの腕はわたしの体に絡まり、背中を撫でるように触り始めた。


 その間も透くんの口からは、甘い言葉が出続ける。


「〜〜〜!」


 わたしは声にならない悲鳴を堪えつつ、もがいた。


 つ、と熱い指先がわたしの襟元から、鎖骨の方へ入った。


「透くん!ちょっと!だめだから!ここ!お店!」


「萌、愛してる。」


「だから、だめだって!誰か、助けて!」


 本気でわたしが焦っているのが伝わったのか、先輩たちが透くんをわたしから離そうとしてくれる。けれど、透くんはがっちりとわたしを抱きしめたまま、さらに体を密着させてくる。


「先輩ぃ…」

「萌、ごめん、全然剥がせないわ…。まさかこんな残念イケメンだとは…」


 わたしの背中から透くんの腕を取ろうと奮闘してくれていた女の先輩が、申し訳なさそうに言った。


 その時、その先輩の後ろから水人くんが来るのが見えた。


「水人くん!水人くん!助けて!」


 透くんに抱き込まれて、顔だけ見えるわたしを見た水人くんは、


「うわぁ……」


 と、心底嫌そうな顔をしていた。


「透、これは、ひくわぁ…」

「全然、離してくれないの!」

「萌、萌、かわいい。全部好き。」

「………えーと、透?」


 ぽんぽん、と水人くんは透くんの肩を叩くと、


「ちょっと、萌さん、お手洗い行きたいって。離してあげないと、嫌われるよ?」


 子どもに言い聞かせるように言った。


 透くんは、ようやく顔をあげて、わたしと水人くんの顔を見ると、


「わかった。」


 と言って、そろそろとわたしから離れた。


「さ、萌さん行っておいで。」


 水人くんがわたしに苦笑いを浮かべながら、話しかけると、


「みなと…」


 透くんは隣に来た水人くんの肩に頭を乗せた。


「…………………!」


 この時のわたしの背後の興奮状態をどう伝えればいいだろうか。


 わたしは透くんからゆっくりと離れ、抱きしめられて皺になった服を少し整えながら、さっき行ったばかりのお手洗いへと向かった。


 ゆっくりと時間をかけて、お手洗いで手を洗い、そろそろと透くんと水人くんのいる席へ向かうと。


 スマホを掲げるたくさんのサークルの女性陣と、その中央に座る水人くん、そして水人くんにくっついている透くんの姿があった。


「透さん!ちょっとだけ目線をこちらに!」

「あ、そのまま、そのまま!」

「水人くんも目線こっちに!あ、透くんの肩に手を回して!」


 興奮した口調で話す女性たち。


 わたしは、そっと人の壁が途切れたところから、二人を覗くと、嫌そうに顔をしかめた水人くんの肩に、頬を紅く染めながら頭を乗せて、流し目でこちらを見る透くんの姿があった。


 わたしは、片手で口元をおさえると、ゆっくりスマホを取り出し、撮影と録画を繰り返した。


 ***


 あれから、透くんは眠ってしまい、宴会用の部屋とは別の半個室の部屋で水人くんとわたしで様子を見ている。

 まあ。実際は、水人くんの膝枕で透くんが眠っているのをわたしは向かい側から見ているだけなのだけれども。


「透くん、気持ちよさそうね〜」


 いい訳をさせてもらうと、わたしが透くんに近付くと、さっきと同じ状態になるので、触れないのだ。

 一方、水人くんだと、他の人の言うことを聞かない酔っ払いの透くんが素直に動いたのだった。


「透くんの一番は、水人くんかぁ。彼女として、もっと頑張らないとなぁ〜」


 わたしがにやにやと話し掛けると、水人くんはうんざりした顔で返した。


「萌さんの方が、ヤバいくらいの愛され方じゃないか。相変わらず萌さんが絡むとポンコツになるんだから。」

「ふふ、みんな残念王子とか、残念イケメンとか言ってたものね。」


 大学に入ってからも、その見た目と人当たりの良さで、透くんは学内でも有名な人だった。

 それでも、事あるごとにわたしが彼女で、溺愛していることをアピールし続けていたので、『観賞用の王子様』として、憧れの的になっている。

 それが先ほどの奇行と、撮影会ですっかりイメージが変わってしまったらしい。


「どんな透くんでも素敵だもの。みんなと楽しく関われる方がきっといいわよ。」


 わたしは、半個室へ移ってから注文したビールを呑みながら、ふわふわした頭で思い出していた。


 電車で透くんに声を掛けられるまで、少なくとも半年以上は同じ車内にいたのに、お互いに気にすることはなかった。

 たぶん、透くんが水人くんという一番の友人が出来たから、わたしを見るようになって、そういう透くんだから、わたしも惹かれたんじゃないかな、と思う。


 水人くんに会うまで、他愛のない話や、本を読んで考えた他の人には難しい話とか、全部一緒くたに会話出来る人がいなかったんだと、透くんとちゃんと話すようになってから気付いた。

 彼女と友人では、興味の方向も対象もまったく違うと今なら分かってる。

 わたしに触れたいと思う透くんは、水人くんとは触るのではなく、話をしたいと思う。


 そもそもが違う。

 当たり前だけど。


 電車でわたしに恋をする前に、透くんは水人くんに友人として惹かれて、ちゃんと友人として受け入れられたという感覚があったのだと思う。

 それがあったから、わたしに恋をして、告白できた。


 友人としての想いを乞うことも、ひとつの恋だとしたら、透くんの友人としての初恋は、水人くんだとわたしは思う。


 彼女というより、お母さんみたいな目線だなぁ、と思いながらビールを呑んでいたら、素敵な考えが閃いた。

 これはいい考えだと、思いついたままのことを透くんの膝枕をしつつ、ジンジャーエールを飲んでいる水人くんへ言った。


「ねぇ、ねぇ、将来わたしと透くんが結婚したら、水人くん養子にならない?」


「ぐふぉっ!」


 あら、水人くん、急に吹き出したわ。ジンジャーエールって炭酸だから、鼻が痛くなってないかしら。


「三人で家族になるのも楽しそう〜。あ、娘が出来たら、水人くんをお婿さんにすればいいのかな。」


 ぼんやりした頭に、ビールが口を滑らかにする。


 水人くんは咳き込んでいるけど、透くんが起きる気配はない。


 わたしは通りかかった店員さんに、ビールとジンジャーエールの追加注文をお願いした。


 もう少しだけ、このまま、楽しもう。








<おまけのおまけ。>

☆[引っ越し前]☆

透「今日、大学の入学手続きの帰りに、引っ越し先を探しにまわってきたよ。」

水人「おぉ、早いなぁ。」

透「明日行くんだっけ?これ、見てきた中で良かった部屋のチラシ。使わないからあげるよ。」

水人「へぇ、じゃあ内覧してこようかな。萌さんは、透と同じアパートに住むの?」

透「それも良かったけど、女性専用の管理人つきの所にしてもらった。一日中一緒にいられるなら、俺が守るけど。それやったら大学行かなくなるから。」

水人「………そうだな。それはよくないな。」


★[引っ越し後]★

透「引っ越し終わったか?」

水人「…なんで今、上の階から降りてきた?」

透「同じマンションに住んでいるから。」

水人「いやいやいや、なんで同じマンションに…あ、あのチラシ、要らないって言ってたから別の所に決めたのかと思ったら。」

透「(胡散臭い微笑みを浮かべる)」






最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結おめでとうございます! >わたしは、片手で口元をおさえると、ゆっくりスマホを取り出し、撮影と録画を繰り返した。 目覚めてしまったようですねwww >透「(胡散臭い微笑みを浮かべる)」…
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