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4 彼氏の友人・水人の視点から(後編)

 コンビニで買い物をして、店の入り口で待っている(とおる)に声を掛ける。


「おまたせ。」

「ああ。」


 学校を出て、僕以外に誰も周りにいなくなると、透は胡散臭い笑みすら失くし、無表情のまま、僕について来ている。


 昨夜、(もえ)さんと電話で話し、三人で話し合いをすることにした。そして、今日、これから萌さんに予約してもらったカフェの個室で会うことになっている。


 透には、直前まで黙っていた。

 帰宅しようと昇降口へ向かい始めた時に、透に初めて萌さんとの話し合いの場に来て欲しいことを伝えた。


 予想していた反応として、掴み掛かられて詰問されると思っていた。


 しかし、実際は、一瞬で表情が抜け落ちて、


「行く。」


 とだけ、返事をした。


 あ、ヤバい、と思った。


 昨日から、僕との雑談も無くなり、胡散臭い微笑みだけを保っていた透は、クラスメイトからも危ない状態だと気付かれたらしい。

 透に提出物の催促をしたいクラスメイトは、透に話しかけることをためらい、僕にお願いをして来た。

 僕は透に断ってから、勝手に漁ってプリントやノートを渡したが、終始無言だった。


 正直、クラスメイトの気持ちはよく分かる。


 夏休み明けの受験生に余裕はない。その余裕のない彼らから見ても、透は近付いてはいけないと思われているのだ。


 そういうクラスメイトがいたら、出来れば僕も近付きたくない。だが、相手は友人の透なのだ。


 多分、僕以外に透の問題に踏み込める人間はいない。


 それが分かっているから、ここまで関わっている。


「透、萌さんと会うけれど、条件をつける。」


 歩きながら、僕は話し掛けた。


「僕が同席しないと萌さんは来ない。必ず、僕を混ぜた三人で話をする事。

 それと、決して透は萌さんに触らない事。」


 僕は横を歩く透に確認する。


「夏休みとか、透の家に萌さんが行っている時、勉強と話をする他に、何をしてた?」

「…………」

「具体的な事は知りたくないから。話すことよりも、恋人同士の触れ合いをしてた?」

「…………」

「はい?いいえ?」

「……そうだ。」


 ようやく答えた透に僕はため息をついた。


「それも大事な事だと思うけど。言葉にしないとお互い理解出来ない事も多いと思うよ。」


 僕は透から聞く萌さんの話をよくよく思い出してみて、気が付いた。萌さんが透に話して、それを僕に話すといった伝聞系の話が一切なかった。

 萌さんが可愛いとか、いい匂いがするとか、後は耐えられないから省略するけれど、すべて透が直接見たり感じたりしたことばかりだった。


 それに気が付いた時、僕はこの二人は触れ合いばかりして、お互いに話すことが少ないのではと思った。


 登下校や休み時間に、だらだらと話をしている僕には見えている事が、萌さんには見えていないのでは。


 そう思い、話をさせよう、と決めた。


 ***


 カフェに着き、僕と透が部屋に案内されてから、僕はスマホを取り出し、萌さんにメッセージを送った。


 これで、萌さんが透の後から入り、ドア近くに座れる。


 念の為だったが、先に萌さんが来ていたら、透は僕を個室の部屋に入れず、そのまま萌さんを閉じ込めて何かするのでは、と警戒した結果だ。


 それくらいに今の透は、危ない。


 個室のドアが開き、萌さんが入ってくる。


 透は萌さんをじっと見つめているが、立ち上がる気配もないので、僕は萌さんに椅子に座るように言った。


 唇を噛み締め、俯きがちに萌さんが座り、しばらくして店員が注文を取りに来たので、それぞれ飲み物を注文した。


 さて。


「飲み物が来る前に聞くけど、透は何で萌さんが会わなくなったか分かる?」

「……正直、分からない。」

「ほらね、萌さん。透は分かってないよ。」

「そうなんですね……」

「萌さん、透に説明して。」

「…夏休みに透くんの部屋にいた時、透くんのお母さんが来てるのに紹介してくれなかったから、親にも紹介出来ない彼女だと思っているんだって……そう気が付いたら。つらくて。

 透くんに会うのが怖くて……」


 今も、なかなか怖いけれど。


 僕は透を横目で伺うと、驚いた顔をして、透が固まっていた。


 全然、思い当たらなかった!って思ってるね。だろうね。


「そういうことなんだけど、透は何で紹介しなかったの?」

「…萌を守りたかったんだ。たぶん、俺にとって、母とか…親そのものが、敵なんだと思う。」


 透は考え、考え、言葉を出していた。


「萌さんにとって家族ってどういうもの?透に教えてやってよ。」

「わたしの…」


 萌さんが話そうとした時、店員が注文した飲み物を持って、部屋に入ってきた。


 僕たちはしばらく黙っていた。


 店員が伝票を置いて、部屋を出て行くと、考えをまとめた萌さんが話し始めた。


「わたしにとって、家族は味方で、大事なの。だから、わたしは、透くんを家族に紹介したいし、透くんも同じだと思ってた。」

「だから、萌さんは、透が母親に紹介しなかったことに、傷付いた。そういうことなんだけど、透、分かった?」


 それもおそらく、初めて透のことで傷付いたのだろう。

 だから、何も言えなかった。


 透は黙って俯いてしまった。


 僕は、透が黙ってしまったので、萌さんに質問した。


「萌さんは、テストの成績が良かったり、表彰されたりしたら、家族にどう言われる?」

「え、すごいね、とか、頑張ったね、とか?」

「うん、萌さんはそうなんだね。それ、透の場合は、何も言われないんだって。成績が上がっても、少しくらい下がっても、怒られない限りは何も言われない。もちろん、褒められる事はない。それが透にとっての普通。」

「そんな……」


 今度は萌さんが黙ってしまった。


 僕は互いに目を合わせずに、俯いたまま黙っている二人を見ながら、目の前にあるアイスコーヒーに手をつけた。


 家族の形なんて、数限りなくあるのに、構成員が父、母、子と揃っているだけで、一般的、普通の家、と勝手にカテゴライズされる。


 僕の家も、父と母はいる。

 けれど、ほぼいない。

 僕は、祖父と叔母に育てられたようなものだ。

 別にそれが僕の普通だから、構わないのだけれど。

 ただ、時々、僕の家族は他の人と違うのかな?と思う事があった。


 授業参観は、仕事を休んで両親どちらかが来るが、その後に帰った家には親の姿はない。


 別に放置しようとして、親がいないわけではないことは、ちゃんと理解していた。


 要所要所で、相談がしたいというと、時間を作って僕と顔を合わせて話をしてくれる。


 だから、両親への不平不満があっても、それはネグレクトによるものではないと、わかっている。むしろ、親に文句を言えるというのは真っ当な育ち方をしたんじゃないだろうか。


 ただ、ちょっと込み入った家族なだけだ。


 それだけの事で、僕には透や萌さんには見えなかった事が見えていた。


 そう。本当にただそれだけ。


 特に何かの異能があるわけでも、魔法が使えるわけでもない。

 ただ、ちょっと二人と視点が違っていた。

 それだけで、僕はこのすれ違いが分かっただけだ。


 初恋に溺れる高校生の視野なんて、そんなに広いものじゃない。


 十年後には、何故こうなったのか、分かるものだろう。


 けれど、透にとって、萌さんとの恋は、唯一の恋だろうから。


 友人としては、出来るだけのことをしてやりたかった。


 ***


 それから、僕たちは、透の家でよく食べるもの、萌さんの家でお祝いの時に食べる料理、小さい頃の話、家族との家での過ごし方など、普段なら意識しないような、とても些細な話をたくさんした。


 途中、何度か僕と萌さんが透の話を聞いて、返事に困ったり、固まってしまったりしたが。


 萌さんが小さい頃に食べたケーキの話を始めると、なんとなく僕もケーキを食べたくなり、


「アイスコーヒー追加して、ケーキ食べようかな。」


 と、言うと、それを聞いた透が、


「それなら、俺も頼もうかな。萌の食べたケーキって、このメニューにある?」


 珍しくケーキを頼んだ。

 萌さんも、わたしも一緒にと、三人で同じケーキを頼み、和やかな雰囲気のまま、時間を過ごした。


 カフェを出て、三人で駅へ向かっていると、


「また水人(みなと)くんも一緒に遊ぼう。」


 と、萌さんが言い出し、透も


「それもいいな。」


 と、いつもの胡散臭い方のではない、ほんわりとした心からの微笑みを浮かべて言った。


 ***


 帰りの電車では、萌さんの通っている予備校の話になり、


「わたしは、予備校やめないからね。透くんと同じ大学入るんだから。」

「それは、嬉しいけど、寂しいな。」

「じゃあ、透くんも一緒に通おうよ!水人くんもどう?」

「あー、僕は叔母さんのやってる塾に通ってるから。二人で通いなよ。」


 すっかり元通りの二人になっていた。


 ***


 それから、僕は家に帰り、自分の部屋にひとりになると、


「はあ〜〜〜」


 大きく息を吐いて、しゃがみ込んだ。


 しゃがみ込んだ拍子に通学鞄が床に倒れた。

 僕は、鞄から週刊の少年漫画雑誌を二冊取り出すと、ベットの上に放り投げた。


「使わずに済んでよかった…」


 また、大きく息を吐く。


 透に萌さんと会う事を前もって言わなかったのは、刃物を用意させないため。

 だが、既に通学鞄に用意している可能性もあったので、僕はいざとなった時の為に、盾になる厚手の雑誌をカフェに行く前のコンビニで買っておいた。 


 杞憂で済んでよかったが、追い詰められた様子の透を見ていて、僕よりも頭のいい友人が何を考え、行動を決めてしまうのか、まったく分からなかった。


 最悪の事態を想定して動くしかなかった。


 萌さんに触るなと言ったのも、話を進めるための他に、距離を確保し続けるためという理由もあった。


「まあ、思ったよりも、うまくいって良かった。」


 僕はベッドの上にのそのそと上がると、ぼすり、とその柔らかさに身を委ねた。


 ***


 翌日、透が学校に来なかった。

 メッセージを送っても既読にもならない。

 電話をしても出ない。


 僕は不安になり、萌さんに電話をかけ、透から連絡がないか尋ねた。


「昨日の夜、やりとりしたけど。今日は、まだ…」

「どうしたんだろう。これから駅に向かうから、一緒に透の家に行かない?」


 昨日のあの和やかな時間を過ごしたばかりの僕たちは、不安を抱えながら透の家に向かった。






 まぁ、結局、これも杞憂で済んだ。




 萌さんと無事仲直りした透は、すっかり安心してしまい、ずっと睡眠不足だった反動で、眠り込んでいたらしい。


 僕と萌さんがインターホンを鳴らし、応答を待っていると、ぼんやりした顔の透がパジャマ姿で出てきた。


 イケメンは寝起きでもイケメンかよ。

 どうでもいいけど。


 ちょっと、萌さん。寝起きの透を見て頬を染めないで。


 透はまだ目が覚めきっていないのか、ぼーっとしたまま、萌さんをじっと見つめている。


 萌さんが絡むと、透は本当にポンコツになるなぁ。


 僕は、寝起きで嘘くさい微笑みも何もない、素のままの友人と、それを見て微笑む友人の彼女を見て、嬉しさを隠すために苦笑いをした。





次話、おまけの後日談の話になります。

明日の12:00投稿予定です。

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[一言] 水人君……!!(ブワッ) 私は水人君のことを推しますよ!!!
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