あなたの怒り抑えます
太陽が傾き始めると、沈黙の霜が降りた。Cは周りより一回り大きい体から周りより一回り大きな声を出した。Cは小学校のガキ大将で、いつも簡単なことで怒ってしまうのだった。
「てめぇ。よくも俺のボールを取りやがったな。ふざけんじゃねえ。」
「ご、ごめん。キックベースで遊びたくて。」
「言い訳はするんじゃねえ。ふざけんなこのやろう。」
とまぁこんな具合だ。彼が散々罵倒すると、とうとう相手の子が泣き出してしまった。つむじ風が遠くの方で枯葉を巻き上げる。もちろん、騒ぎを聞きつけた先生があっという間に校庭に来て、Cは空き教室に連れて行かれた。残ったのはかわいそうという言葉だった。
教室の赤くなり出した光がちょっといい椅子に掛けた2人の影を作った。
「C君、どうして泣かせてしまったのかな。」
「だって先生、あいつが僕のボールをとっちゃったんだ。僕が遊べなくなるから。」
「いいかいC君。ボールはみんなのものなんだから、取られたからって喧嘩しちゃいけない。」
「だって先生。」
「だってじゃない。君はすぐに怒る癖を直さなきゃ。」
C君はとうとう降参した。泣いて謝り、学校を出た。なぜ、そんなにすんなりと降参したかというと、その怒り癖のせいで誰も仲良くしてくれないからだ。なんとかせねばという実感はあった。
空に赤と黒が混ざる時、道を沿うと、駄菓子屋が見えた。もう子供はいない。煌々と光を漏らす駄菓子屋に一人で入ると、C君は飴を見つけた。パックの裏側には、あなたの怒り抑えます、そう書いてあった。気になった彼はそれを掴んで購入したのだった。
次の日のC君は一味違った。なによりもみんなが驚いたのは、C君がボールを先取りされてもなんにも怒らなかったのだ。
「ボールを取られても怒らなねえの。」
「あぁ、別にみんなのものだし。それから、昨日はごめんね。」
ざわつく教室の中でニコニコとC君は立っていた。C君のあまりの変わりように面白がった誰かが彼の頭を叩いても、ニコニコとしていた。誰かが叩いた人間を告げ口したらしく、後で来た先生にC君は褒められた。
「えらいね、C君。やればできるじゃん。」C君は嬉しくなった。すぐに怒らなくなった自分が信じられなかった。
次の日、C君は飴玉を一つ食べた。C君はみんなから、軽口を叩かれる。一回り大きい体をからかわれる。みんな、C君が怒らないから軽口を言っても構わないようになったのだ。C君は怒ってしまいそうになった。白い爪が手に食い込んだ。しかし、みんなが自分と話してくれるので少し嬉しくもあった。つむじ風が校庭を回った。
次の日、C君は飴玉を二つ食べた。するとその日はみんなが彼を罵倒する。おーい、デブとか、そういう風に。しかし、みんなが笑っているので、C君もこれが面白いことなのだと思い、笑った。少し、白い爪が手に食い込んだが、怒りを抑えた。飴玉を二つも食べたからだ。つむじ風が落ち葉を拾わず、校庭を回った。
次の日、C君は飴玉を三つ食べた。するとその日は誰かが彼のコンパスを奪った。コンパスを探している彼を誰かが笑った。C君の口元は動かなかった。それでもC君はなんとも思わなかった。かすかに、怒りの感情が出てきたのだが、握り拳を作ることだけでおわった。飴玉を三つも食べたからだ。つむじ風はいっそう小さく校庭を回った。
次の日、C君は飴玉を四つ食べた。自然と手が動いていたのだ。するとその日はとうとう誰かがC君をコンパスで刺した。彼は怒らなかった。虚な目で手から出る血を眺めるのみだった。飴玉を四つも食べたからだ。つむじ風はふかない。
どこかで主婦たちが悩みを話していた。
「最近、子供があんまり怒ったり、笑ったりしないんです。元気がない様子で。」
「うちの子なんて、何しても喜ばないんですよ。好きだったおやつまで黙々と食べるんです。様子がおかしいの。」
「私の子ぐったりして何もしなくなっちゃって、病院に行ったら・・・うつ病だって。」
飴玉はまだひっそりと駄菓子屋にあり続ける。
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