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短話集 禊  作者: 怪童実篤
8/9

あなたの怒り抑えます

 太陽が傾き始めると、沈黙の霜が降りた。Cは周りより一回り大きい体から周りより一回り大きな声を出した。Cは小学校のガキ大将で、いつも簡単なことで怒ってしまうのだった。

 「てめぇ。よくも俺のボールを取りやがったな。ふざけんじゃねえ。」

 「ご、ごめん。キックベースで遊びたくて。」

 「言い訳はするんじゃねえ。ふざけんなこのやろう。」

 とまぁこんな具合だ。彼が散々罵倒すると、とうとう相手の子が泣き出してしまった。つむじ風が遠くの方で枯葉を巻き上げる。もちろん、騒ぎを聞きつけた先生があっという間に校庭に来て、Cは空き教室に連れて行かれた。残ったのはかわいそうという言葉だった。

 教室の赤くなり出した光がちょっといい椅子に掛けた2人の影を作った。

 「C君、どうして泣かせてしまったのかな。」

 「だって先生、あいつが僕のボールをとっちゃったんだ。僕が遊べなくなるから。」

 「いいかいC君。ボールはみんなのものなんだから、取られたからって喧嘩しちゃいけない。」

 「だって先生。」

 「だってじゃない。君はすぐに怒る癖を直さなきゃ。」

 C君はとうとう降参した。泣いて謝り、学校を出た。なぜ、そんなにすんなりと降参したかというと、その怒り癖のせいで誰も仲良くしてくれないからだ。なんとかせねばという実感はあった。

 空に赤と黒が混ざる時、道を沿うと、駄菓子屋が見えた。もう子供はいない。煌々と光を漏らす駄菓子屋に一人で入ると、C君は飴を見つけた。パックの裏側には、あなたの怒り抑えます、そう書いてあった。気になった彼はそれを掴んで購入したのだった。

 次の日のC君は一味違った。なによりもみんなが驚いたのは、C君がボールを先取りされてもなんにも怒らなかったのだ。

 「ボールを取られても怒らなねえの。」

 「あぁ、別にみんなのものだし。それから、昨日はごめんね。」

 ざわつく教室の中でニコニコとC君は立っていた。C君のあまりの変わりように面白がった誰かが彼の頭を叩いても、ニコニコとしていた。誰かが叩いた人間を告げ口したらしく、後で来た先生にC君は褒められた。

 「えらいね、C君。やればできるじゃん。」C君は嬉しくなった。すぐに怒らなくなった自分が信じられなかった。

 次の日、C君は飴玉を一つ食べた。C君はみんなから、軽口を叩かれる。一回り大きい体をからかわれる。みんな、C君が怒らないから軽口を言っても構わないようになったのだ。C君は怒ってしまいそうになった。白い爪が手に食い込んだ。しかし、みんなが自分と話してくれるので少し嬉しくもあった。つむじ風が校庭を回った。

 次の日、C君は飴玉を二つ食べた。するとその日はみんなが彼を罵倒する。おーい、デブとか、そういう風に。しかし、みんなが笑っているので、C君もこれが面白いことなのだと思い、笑った。少し、白い爪が手に食い込んだが、怒りを抑えた。飴玉を二つも食べたからだ。つむじ風が落ち葉を拾わず、校庭を回った。

 次の日、C君は飴玉を三つ食べた。するとその日は誰かが彼のコンパスを奪った。コンパスを探している彼を誰かが笑った。C君の口元は動かなかった。それでもC君はなんとも思わなかった。かすかに、怒りの感情が出てきたのだが、握り拳を作ることだけでおわった。飴玉を三つも食べたからだ。つむじ風はいっそう小さく校庭を回った。

 次の日、C君は飴玉を四つ食べた。自然と手が動いていたのだ。するとその日はとうとう誰かがC君をコンパスで刺した。彼は怒らなかった。虚な目で手から出る血を眺めるのみだった。飴玉を四つも食べたからだ。つむじ風はふかない。

 どこかで主婦たちが悩みを話していた。

 「最近、子供があんまり怒ったり、笑ったりしないんです。元気がない様子で。」

 「うちの子なんて、何しても喜ばないんですよ。好きだったおやつまで黙々と食べるんです。様子がおかしいの。」

 「私の子ぐったりして何もしなくなっちゃって、病院に行ったら・・・うつ病だって。」

 飴玉はまだひっそりと駄菓子屋にあり続ける。

読んでいただきありがとうございます。皆様の閲覧、ブックマーク、感想がとても励みになっています。よろしければ今までのお話やこれから先のお話も読んでみてください。がんばって筆の力上げます。

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