殺人を犯した男
「もう、認めたらどうですか。」
B氏は目の前にいる犯人に言葉を発した。目の前にいる男はどこか澄んだ目をしている。膝に置いていた手を白い机で組んだ。グレーのスエットを挟んで膝をついた。何かの意匠がついたメガネを外した。
「刑事さん、いい加減諦めてくれませんかね。あっしはなぁんもしてません。」
「何を言っているんですか。あなたにはアリバイがない。あなたが一番あやしい。遺族は悲しんでいます。」
男は困ったような顔をしている。こいつが本当に何もしていないわけがない。アリバイも男にはない。この男が確実にやっている。たまたま、代理として取り調べに来たが、ここまでぷんぷん臭うやつはいない。
男がなんとも退屈そうに欠伸をしている。B氏は男と共感の音を共鳴させることにした。雲が流れる。
「僕はね、実は殺したい人がいるんだよ。殺したい人がね。」
「刑事がそんなこと言っていいんですかい。」
「構うもんか。誰だって、殺したいほど憎い人はいるだろう。私にも、君にも。」
「刑事さんはどうしてそう思ったんですかい。どうもそんな人には見えませんか。」
やはり食いついた。人が生きていく上で、人を憎むということは避けられない。絶対にあるのだから殺めるほど憎むということも存在するだろう。こいつはそのタイプだ。B氏はそう思った。
「そうですかい。昔の話ですが、会社であっしを追い込んだ上司や同僚ですかねぇ。平たく言えばいじめですな。」
「おぉ、私も実は学生の頃にいじめられてね。気が合うじゃないか。」
やはりこの手に尽きる。理解してやるのだ。共感してやるのだ。殺した理由を。何か理由があって人を殺すに決まってる。B氏と男は話し合い、お互いの境遇も通じ合った。どれほど経ったろうか、雲が空を覆い尽くしていた。男のメガネのツルについた十字架のマークが見えた。
「あっしは。あっしは。あっしは憎かったんです。あっしをこんなっ。許せなかった。あいつらがのうのうと生きているのが。」
男は一通り身の丈を話すと、そう言った。どうやら彼は会社での経験で精神を患ったらしい。驚いた。B氏も一緒に涙を流した。
「あなたの考えはよぉくわかるよ。そうなっても仕方ないことをされた。でも、罪は償わなけれびいけない。そうすることで君はようやく前へ進めるんだ。」
B氏の涙ながらの説得に男は涙を流す。薄暗い部屋の中で黒い電灯が数回瞬きする。小さな窓から雨粒の音とどこかの車が発する賛美歌が入ってきた。空には曇天が広がる。
「刑事さん。あっしは捕まることができねえんです。」
B氏は調書の上を走るペンを止めた。たった2人が座るイスを稲妻が照らす。
「どういうことだ。捕まることが・・できないってなんだ。」
B氏の顔が硬直した。
「あっしはどうしても殺したかったんです。上司や同僚を。でも捕まりたくなかった。だから、G教に大金をはたきました。」
「何を言ってるんだ。」
「ここの警察はG教のシンパが多いんです。だから、揉み消してくれる時がある。」
「なぜだ。そんなことできるわけがないだろう。」
「いいえ、この国ではできるんです。シンパを作っている。特にここの州の警察はね。」
私は思い出した。最近G教の人間に勧誘されたことを。そして、男はこう言った。
「私、これで最後だったんです。もう2人もやった。最後に信者じゃないあなたに当たってしまった。」
こんなことがあっていいのか。絶対に報告しなければならない。信頼できる誰かに。誰か、手の回っていないものを。
「詳しく聞かせなさい。誰が、何をしてお前を無罪にしたんだ。」
殺しの犯人を隠蔽するなどとあってはならないではないか。金さえあれば殺しができるってことになるじゃないか。
目の前に鏡のような人間が泣いている。男が3人の殺しをして、2人の殺しを見逃されたのだ。灰色の小窓が私と殺した男の影を一緒に写している。私はペンを置いた。
「どうやって、したんだ。詳しく教えてくれないか。」
B氏はくらい部屋にいる。小さな窓、時折瞬きをする黒い電灯。そして目の前にいる刑事がB氏にあれやこれやと話している。
「えぇ、刑事さん。同業者ですからわかるでしょう。私は何にもやってませんよ。」
B氏はこう答えた。
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