レンタル彼女と数ヶ月
D氏はため息をついた。
社長の息子であるD氏は何もかもを持っていた。名声も金も知能も。誰もが欲しがるものを手に入れた彼には唯一持っていないものがある。妻だ。友人が入籍しだしたのだが、正直羨ましい。だが、私は一度も女の人と付き合ったことなどない。デートもエスコートも、何にも知らないのだから、どうすればよいかわからん。D氏はそう思った。彼は忙しさから恋人というものを作ったことがない。勉強や仕事、そしてなにより父親の教育というものがこれの時間をシロアリのように食いつぶしていたのだ。人に恋をするところから始めなければならない。知らずに女の子を傷つけてしまった学生時代もある。あの時に気がつけない時点で私はよっぽどそういうことに向いていないのだろう。D氏は微かな記憶をたどった。
そんなおり、父がどこかのお嬢さんの写真を机にデカデカと置いてきた。
「D。そろそろ結婚なさい。このお嬢さんがよろしい。」
彼女と結婚しろと言うのだ。W航空の会長の娘らしく、むげにはできない存在。断ればえらいことになる。D氏は次期社長でもあるからそのくらいのことはわかった。自分が社長になった時に引き合いに出されて拗れちゃうのはいやだなぁ。
「僕は女の人と接するのは大の苦手なんだよ。そんないきなりなんて無理だよ。」
「だからといってそんなことで断ることが許されるわけないだろう。やりなさい。」
ピシャリだった。
結局のところ半年後にW航空航空の御令嬢とデートに行くことになった。しかし、彼はエスコートの仕方も知らなければ、デートもしたことがないわけで。困ってしまった。そんな時に友人が「そらきた」と言わんばかりに勧めてきたものがある。彼女代行サービスである。いわゆるレンタル彼女というやつだ。友人が重役を務める会社のやつだ。友人は強かである。いや、姑息だ。
レンタル彼女は社長に相応しく上玉だった。なんせ友人が高い時間料金をD氏からぶんどってきたのだから。
レンタル彼女に会ってみると当然端正な顔立ちだった。なんせ金の量が違うのだから当然だろう。意外と話してみると、楽なもんだった。ちょっとお高いカフェで2人でついつい話し込んでしまった。話があったのだ。
何度も回数を重ねて何ヶ月か経った頃、D氏はレンタル彼女のことを好きになってしまった。しかしやはり、そういう契約関係なのだから、どうも本当に付き合うわけにはいかない。D氏はW航空の何某のことなどどうでもよくなった。たまらずD氏は彼女に交際を申し出ようと思ったみたいである。それどころか一段考えが超えてしまった。
「ダメだ。そんな何処の馬の骨ともわからんやつと結婚するなどと言うな馬鹿者。いいかWの令嬢と結婚したら必ず会社にもお前にもいいことがあるのだから。」
そう、ギロリと睨む父親に逆らえないD氏。D氏が絶対に嫌だと言っても、とりつく暇もない。
D氏は我慢ならなくなった。職務の傍らで興信所に依頼して、交友関係を調べてもらった。数名の友人と週末に会うくらいだった。男性と同棲しているとかそういうものでもなかった。なんと、彼女は省庁勤務だった。そのことを知ったD氏は父親にこれでどうだと談判したが、またピシャリだった。とうとう、もうそいつとは会うなと言われたD氏はまた我慢ならなくなった。もし彼女さえ良ければ駆け落ちしてしまおうと考えるほどに。そしてD氏は彼女をディナーに誘った。顧客としてではなく。
食事も終盤の頃、満月が2人のグラスの上に光を伸ばしている。D氏はエメラルドの宝石と一体化した指輪を見せた。
「私はあなたのこと心の底から愛しています。もしよろしければ私と婚約してくれませんか。」
D氏の突然の告白に彼女は驚いたようだ。彼女は馬肉のタルタルに向かうナイフを止める。しかし、彼女は次第に目の下あたりを赤くさせた。。月明かりが彼女の目頭から落ちるの一筋のガラスを輝かせる。
「私も今夜の月が綺麗になればと思っていました。あなたさえ良ければよろしくお願いします。」
彼ら2人を照らす月明かりがちょうど雲に隠れた。D氏の喉の奥から言葉でる。
「私の父が、認めてくれないんです。あなたとのことを。いっそ2人で暮らしませんか。誰もいないところで。」
沈黙の後に彼女の赤い顔は元に戻った。涙を拭き取った彼女はD氏を真っ直ぐ見た。
「私はあなた以外はいらない。来てくれませんか。」
D氏が言うと彼女はナイフを動かし、馬肉の最後の一切れを口にした。そして丁寧に口元を拭いた。
「Dさん。私には駆け落ちなんて必要ないと思いますわ。もう無理して合わなくて結構です。」
そして彼女は口元を上げて去っていた。D氏はこれ以上食事に手をつけられなかった。彼には令嬢と結婚するしか道は残されていない。彼は仕事を3日も休んだ。破局した。と彼は思った。
友人は大儲けだった。W航空の御令嬢からD氏の人柄をみたいと言われ、レンタル彼女として近づかさせてやった。それで金ををとった。かと言えば、D氏からはレンタル彼女として振る舞う御令嬢とデートする金を巻き上げた。3年は遊んで暮らせるなぁと新婦を見てぼんやりと思った。
お読みいただきありがとうございました。皆様の閲覧とても励みになっています。もっと面白いお話を書けるようにがんばります。よろしければこの後のお話も読んでいただけると嬉しいです。