有能な者
カラスは樹木の上から下を見た。一面は緑の海だ。枝を囲うようにその足で掴む。下にいるのはハトだった。こいつはどうしても頭が悪く、クックルクックルと鳴くだけしかないしがないやつだった。カラスはしめしめと思いながら、ハトの近くにお得意の黒い翼で一目散に風を切った。カラスはハトに言った。
「やぁ、ハトさん。あそこにあるのはなんだか知ってるかい。」
そこにあるのは太めのビーカーだった。といってもカラスは透明な幹をくり抜いたものだと思っている。中には水があって、水の上に食い物が浮いていた。カラスはどうせ人間が置いたものだろうとニヤニヤと笑った。最近の人間は食い物を置いていくのだ。
「僕には検討もつかないよカラスさん。あれは一体なんなんだい。」
何にもわからない馬鹿なハトがあくびをしながら答えた。
カラスはハトにあれは透明な幹の中に水があって、食い物があるんだよと教えてあげた。すると、ハトは愚かにもビーカーに突っ込んでいった。ビーカーに当たったハトは目を回したが、首の下ほどの高さにあるビーカーに頭を突っ込んだ。愛くるしく必死にビーカーに首を突っ込むハトは、どれだけ頑張ってもくちばしで食い物をつかむことができない。カラスはほくそ笑んだ。カラスはハトに、かしてみな、と言うと、くちばしに小さな石ころを挟んだ。そしてカラスは石ころをビーカーに入れ、水面が上がったところで食べ物をくちばしに咥えることができた。
「すごいじゃないか。僕にも半分分けてくれないか。」
ハトが上目遣いでカラスに頼む。
「何を言ってるんだ。君の頭が足りないのが悪いんだよ。これは全てバカのもんだよ。」
カラスば邪険な顔を浮かべて、食べ物を飲み込んで飛び去った。隠してあったカメラが彼を写していた。カラスは空からハトを見下した。そして、ハトに向かってこう言って彼方に消えた。
「ほんとになんにもできない無能だなぁ。」
カラスは空の上から下をみた。風を切る音が響く。下にいたのはサルだった。こいつはいつもいつも高いところにいたがるのだ。つまるところ高い場所が好きなのだ。自分が高いところにいるのが好きなのだ。しかし、高いところにいるという点ではカラスの右にでる者はいない。そう、カラスは思った。木々の中でも一際高い樹木のてっぺんで木苺を口にくつろぐサル。彼はサルの周りを風に乗ってクルクル回ってこう言った。
「サルさん、サルさん。君はどうしてそんなところでくつろいでいるのかな。君はそんなに低いところで満足しているようだけど、僕はこんなに高いところにいるよ。恥ずかしくないのかな。」
サルはお顔を真っ赤にして、木苺をカラスに投げつけた。カラスはケラケラと笑ってゆらゆらと飛び続けたが、とうとう木苺が一つ翼に当たってしまった。しかし、カラスはなんともないような顔をして「悔しかったらその手で空を飛んでみなよ。」と笑って言った。
サルは何かを言っているようだったが、カラスは意にも介さずに負け惜しみと言いながら飛んでいった。空からサルを見下して、カラスはこう言った。
「空も飛べない腕なんて必要あるのか。本当に何もできない無能だなぁ。」
少し疲れたカラスはまた枝の上におしのった。なにかと下を見下ろすとヤマネコがいた。ヤマネコはカラスが最も見下す動物だった。ヤマネコはハトのように空も飛べないし、すぐに遠くに行けるわけでもない。カラスはヤマネコをいじめることが多かった。ヤマネコがこちらを見ていたのでカラスはこう言った。
「ヤマネコさん、ヤマネコさん。いったいどうしたんだい。こっちをみて。」
「あなたはいつもわたしより遠くにいくわね。カラスさん。」
「そうだよそう。君には真似できないだろう。羨ましいかい。」
「いいえ、別に。あなたには翼があるけれど、わたしにはこの足があるわ。」
「足なんてそんなものでは遠くは行けないよ。君のそれは何にもできない足なんだよ。劣った移動手段だよ。」
ため息を吐くように馬鹿馬鹿しそうにカラスが言った。そしてカラスはボソリと言うのだ。
「ほんとに何にもできない無能だよなぁ。ヤマネコって。」
カラスとヤマネコは気がついた。はるか上空から何かが落ちてきている。彼らよりは2回りほどはおおきいことが遠目からわかった。彼らは逃げようとした。野性の勘というやつだ。ヤマネコはその足でたちまち茂みの中に隠れてしまった。茂みに沿って、すばやく隠れて逃げていく。一方、カラスも茂みの中に隠れようとした。枝から飛び立とうとするが初速が遅い。たちまち何か大きなものに捕まえられてしまった。その大きなものはタカだった。タカはカラスを捕まえて空へ向かおうとする。カラスはネコがどこへ行ったのかわからなかった。必死に抵抗するカラスはとうとう自分が遥か高くにいることがわかった。自分も茂みに隠れていられればと思う。
いつもの景色より森が小さく見える。このまま殺されてはならないと抵抗した。なんとかタカの爪をほどいて逃げ出したが、脚が折れてしまった。これではもう枝には留まることができない。必死に体を休ませられる場所を探して低く飛ぶ。するとサルが2本の腕を使って枝を掴んで行き来しているのが目に入ってきた。カラスは枝に捕まりたいのだが、サルのような腕もない。飛び続けるしかなかった。
とうとうカラスは力尽きどこだかわからないレンガの広場に倒れ込んだ。もはや翼も動かせない。カラスはここで自分が死ぬのかと思った。遠くにハトが見えた。ハトは遠く、水を吐き出す湖の前で歩いていた。すると人間がハトに餌を与えている。カラスは自分にもくれるだろうと思った。しかし、人間はカラスに近づくどころか避けていく。カラスの視界には黒いモヤがかかった。カラスはどうして無能なハトにばかり餌を与えられるのか納得ができない。暗くなる視界の中で、ハトの愛くるしい顔が見える。人間は笑っていた。カラスは何かに気がついて、ちくしょうと言い、息が絶えた。
黒い鳥を指差して人々が言う。早く片付けてもらいましょう。誰か市役所に連絡してよ。
しばらくすると、黒い鳥はどこかしらに行ってしまった。
いかがでしたでしょうか。最後にカラスが気がついたことに皆さんは気がつきましたか。カラスは自分のできることの物差しでしか見ていなかったのです。カラスが無能と思っていた三匹は本当に無能でしたでしょうか。たしかにカラスは頭もいいし、空も飛べるし、遠くまで行けます。しかし、サルは両手を自由に使って木々を行き来できるし、ヤマネコは足を使って逃げることができます。そして、ハトは愛くるしさで人から餌をもらえました。カラスは三匹のできることはできません。自分が人より優れていると思っている人は実は他人の優れているところに気がついていないのではないでしょうか。自分が人より劣っていると言われ、自分が劣っていると思っている人は本当に劣った無能なのでしょうか。視点が変われば優劣の差は変わります。カラスのように自分の得意な土俵でばかり戦う人はタカに襲われた後のように自分の土俵ではない場面で戦うのに苦労するでしょう。そうならないように他人をばかにしないように生きていきたいものです。そして、他人の優れている点に気がつける人間でありたいものですね。