マウント
ポップコーンが弾けて蓋に当たるように雨粒がモルタルの上で跳ねる。心地良い音を背にしてAが言った。
「最近ほんとうに夫の帰りが遅くてね。いつもいつも最後まで職場に残っているの。なんだか部長に最年少で昇進したみたいでね、忙しいらしいのよ。もうほんとに仕事バカには困っちゃう。」
Aはほくそ笑んだ。すかさずティーカップに指をかける。どれほどの大きさかわからないが指の花形のダイヤが光る。コーヒーを片手に持ち、髪をかきあげ、飲んだ。エメラルドのイヤリングが見えた。
「あ、わかるー。私の夫なんてもうさぁ、ぜんっぜん帰ってこないわ。なんか知らないけど、議員さんの対応が多くて残業がすごいんさ。毎日タクシーで帰ってくるんだよね。もうちょっと薄給でもいいから、普通の仕事ついてほしかったなー。」
Bは赤ん坊のような笑顔を浮かべた。しかし、ただの赤ん坊ではない。Bは紺色のカーディガンを脱いだ。彼女の首から下がっているのは真珠のネックレスだろうか。そして彼女はカーディガンをたたみ、エルメスのバックを文鎮代わりにしてその上にのせた。
それを見たAはBがこちらに向いた時にまた言う。
「男なんてそんなもんだよね。女には時間とってくれないわ。この前の夫なんてたまの休みにどこか行ったと思ったら、この指輪を買ってきたのよ。こんなプレゼントで私が機嫌を直すと思ってるのよ。そういうことじゃないのにね。機嫌なんて直らないわよ。」
髪をかきあげて緑色に光るイヤリングを見せるAは、不機嫌そうに話した。
Bは深刻そうな、ともすれば眉をしかめて手元にある黒いケーキを食べた。しばらくの咀嚼の後に笑顔でこう言った。
「ほんとにそう。男は仕事ばっかりで、私の相手なんてしてはくれないわよ。私も真珠のネックレスをもらったけれど、そんなもんじゃないと思ってるわ。愛が足りないの。」
「息子もあんまりいうこと聞いてくれないし。あの子、塾の模試で全国三位を取ったからって勉強もせずに遊びにいくの。家で勉強しなさいって言うのに聞いてくれない。」
Bが続けて言うことに間髪入れずに反応したAはこう言った。
「仕方ないわよ。あの子はほんとに頭がいいんだから。子供はあんまり言うことを聞かないものよ。私の息子なんてまー困った子で、コンクールで三位に入賞したからってピアノの練習もしないで遊びに行ってしまって・・・こまるわぁ。」
2人はお互いに笑った。お互いの子育ての困難を面白おかしく思ったのだろうか。それとも、どうしようもなさすぎて笑うしかなかったのか。いずれも違う。彼女たちの笑い声は店いっぱい広がる。
「あら、今日もCは来れないって。」
「そうなのよB。まぁあの人は働いてるから仕方ないわ。」
彼女たちはまた笑った。雨にかき消され外には聞こえなかったが。
ポップコーンが弾けて蓋に当たるように雨粒がモルタルの上で跳ねる。心地よい音を背に子供Aが言った。
「俺最近全国模試で三位取ったんだ。すげえだろ。こんなのお前らにとれるか。いや、取れないな。」
嬉々として輝く眼を2人に向ける。しかし、負けず嫌いな子供Bは待ってましたと言わんばかりに声を大にして言った。
「俺、ピアノの全国コンクールで三位だぜ。どうだ中々お前に負けてないだろ。ピアノの力では右に出れないよ。」
2人は何度もこっちの勝ちだと言い合ったが、見かねた子供Cが間に入った。
「次の模試とコンクールで高い順位取った方の方でええんでない。」
「「それだ。」」
2人は今度は阿吽の呼吸のように納得してしまった。納得の後にわいわいと駄菓子を食べながら、彼らは話をした。学校のことや、自分たちのことそしてとうとう家族にまで話は広がってしまう。
「俺の父さんはすごいんだぞ。なんたって銀行の部長だから。三谷UKJ銀行の営業のな。どうだ。」
得意げにすぐ自慢をする子供Aが言った。待ってましたと言わんばかりに子供Bが言い返す。
「俺の父さんも負けていないね。なんたって財務省の役人さんなんだから。国を守ってるんだからな。」
鼻高々に言った子供Bに子供Aが反発する。またまた、2人は張り合ってしまった。見かねた子供Cがまたまた間に入った。
「まぁまぁ、2人とも。それは僕たちじゃなくてお父さんたちがすごいんだよ。なんの自慢にもならないから。」
残りの2人はなんだとと言い出した。それならお前のお父さんは何してるんだよ。さぞすごいんだろな、と言われたCは困ったように顔をした。
「僕のお父さんはこのお菓子の製造会社の社長なんだ。だからこの僕の家にはこのお菓子が多いんだ。どこのコンビニでもこの味は美味しい。」
「それはすごいな。だってこんなうまいもんの社長とかすごいじゃねえか。」
子供Aが感心する。
「でも、お父さんはいつも言ってるよ。俺の会社はお前にはやらんって。ひどいよね。だから僕、悔しくて塾経営してるんだ。お母さんがコンサルタントだからちょっと助けてもらってね。」
子供Cは照れながら言った。
「いや、すげえなお前。にしてもお母さんもすげえのかよ。コンサルタントて。」
子供Bが驚嘆のような声で言った。
「にしてもお母さんか。うーん、家でゴロゴロしてるとこしか見たことないなぁ。
「おなじく。おなじく。そんくらいしかない。」
「まだいるだけでいいよ。働いてるとき以外は父さんとどっか行ってるもん。今日なんて2人でどこかに行っちゃったよ。僕は君らと遊ぶ方がいいから残ったけどね。」
いつのまにか空は晴れていた。 2人は子供CをからかいながらCの家を出た。彼らはそのあと自分たちの将来を話し合った。空が真っ赤に燃えたような情熱的な色の中で彼らは話し合った。
いかがでしたでしょうか。親と子供のマウントの戦い。前半のパートではさまざまなところにマウントの取り合いを表現してみました。セリフや登場人物の表情、行動などなど、少し考えてみてください。後半パートでは子供たちが自慢話をするというふうなものになっています。微笑ましいですよね。さて、前半と後半の違いというのはなんでしょうか。前半の主婦のマウントでは2人とも装飾品や夫、息子を用いてマウントを取ろうとします。しかし、それは本当にマウントをとれたことになっているのでしょうか。主婦2人自身は何か自慢できるようなことを持っているでしょうか。彼女らのマウントは空虚そのものです。まさに、C君の言っていたことに気が付かない愚かな人というふうに思います。まさに、彼女らの自慢は店の外には響かない、第三者から見てもなんの価値もないものなのです。一方、その子供たちのマウントはまだ健全と言えると思います。彼らはまず自分の実績でマウントを取り始めました。そして、父親に関しての空虚なマウントをとりましたが、最終的には将来に向かって、自らの能力を高めようと思っています。A、Bの家庭とCの家庭の対比関係も見てもらいたいです。私はA、Bの2人よりも最後に笑われたCの方がしあわせだとおもいます。
ニュースでの話題を見て専業主婦マウントというものがあるとしりました。多くが夫の収入や子供の成績、車や住んでいる家の場所など自分で稼いだ、自分で身につけたものでもないのです。専業主婦経験のある方の視点として、主婦になると自慢できるものがなくなるからこうなってしまうのだ、というものがあります。しかし、今はボランティアなどが盛んな時代です。ネットで調べれば、学習支援のボランティアなどもあります。そういったものに参加して、それでマウントを取り合ってみてはどうでしょうか。病気・失業などのやむを得ない理由で主婦をしている人は仕方ありません。そういった中で懸命に生きることは他の人よりも生を大切にしていると思います。がんばってほしい。なんにせよ、不毛なマウントというものが良い方向に効果をもたらすようになってほしいものですね。