~ フィナンシェ ~
平々凡々な大学生・松原叶は、親友の麻子ちゃんに頼まれて、彼女の代わりに芸能人も来るという飲み会に参加することに。煌びやかな雰囲気に圧倒され、世界の違いをまざまざと痛感した叶は、飲み会の黒子状態になることで場を凌ごうとするが……
「君、飲んでるー?」
「あ、はい、ほどほどに…」
「ほどほどじゃダメだよ~!
えっと……名前なんだっけ?」
「あ、松原叶です。
夢が叶うの叶で、かなえって読みます…」
「あーそうだったね!ほら叶ちゃんも飲んで飲んで」
平々凡々な大学生であるはずの私は、
都会の穴場のような居酒屋に来ていた。
居酒屋といっても大衆居酒屋のような、
活気とも言えるざわめきは少なく、
どの席も大きめの個室といった感じで、
まさに「芸能人御用達」の雰囲気がむんむん漂っている。
そう。「芸能人御用達」。
私がいま参加しているこの飲み会も、
まさにその「芸能人」がごろごろいるのだ。
──────5時間前。
私はいつものように大学の講堂で2限目の授業を終えて、
昼食をとろうと学食に向かっていた。
今日は火曜日。今受け終わった2限しか授業のない、
ほぼフリーともいえる日。
大学生の花形であるアルバイトも、
授業のある日は極力入らない主義なので、
昼食のあとは学内の図書館に篭ったり、
電車で数駅行ったところの繁華街で雑貨を見たりと、
好きなように過ごせる貴重な一日だ。
とりあえず今はお昼ご飯の時間。
伸びをしながら学食に入る。
内観はカフェ風で、窓も大きくて眺めがいい。
ふかふかのソファー席はもちろん、
隅っこにはカップルシートなんかもあって、おまけに
充電用のコンセントが付いた席も完備という
ネットカフェ顔負けの親切設計だから、
ここで空きコマを潰す人も少なくない。
今日の昼食は天ぷら定食。
学生向けの定食なので、量はいささか多め。
ただしリーズナブルが売りなので、
量が多いのは味噌汁と白米。
天ぷらの数はお世辞にも多いとは言えないけれど
学生の身分にはそれでも充分すぎるコスパだった。
ほわほわと立ち込める白い湯気が、
ぺこぺこにすき散らかしたお腹を刺激する。
窓向けにつけられた、
学内の景色を一望出来るカウンター席を一つ陣取り、
いただきますと両手を合わせたその時だった。
「かーなーえー!!!見つけた!叶!!!」
聞き慣れた声が響く。私の名前を知っていて、
学食の米よりボリューミーな声を出せる人間を、
私は今のところ一人しか知らない。少しだけ顔がほころぶ。
「聞こえてるよ麻子ちゃん」
麻子ちゃんは今の声のボリュームからも分かる通り
私とは対照的な溌剌とした性格で、友達も多い。
家柄もなかなかゴージャスで、
確かお父さんは芸能関係の方だとか。
その割にはだいぶ現実的な面もあったりするから
あんまり掴めないけれど、
あっけらかんとしていて一緒にいて居心地がいい。
1回生の頃からよく授業が被っていて、
一緒に過ごすようになった私の数少ない友人だ。
「お疲れ!
いきなりだけどちょっと頼まれて欲しいの!」
「何?明日の課題の手伝い?」
麻子ちゃんの頼み事は日常茶飯事なので、
いつものように食事を始める。
まずは温かいお味噌汁で口元を熱さに慣れさせる。
濃すぎず薄すぎず。安定の美味しさだ。
「うッワ、それも忘れてた、
お願いしたいけど別件なんだよね」
「別件?」
…これはいつもと違う。
思わず天ぷらに伸びたお箸が止まる。
「今日ね、なかなか豪華なメンバーの
飲み会に誘われてたんだけど、授業入っちゃって。
今回の出席が単位に関わるらしいから、
叶に飲み会行ってきて欲しいんだけど…だめ?」
一生のお願いと顔に書いてあるかのような形相。
あんまり飲み会とか好きじゃないんだけどなぁ…
「うーん、普通に断っちゃだめなの?」
「いーやちょっとね、
断るには身分が低すぎるというか…」
言葉を濁す麻子ちゃん。声をひそめて続けた。
「今日来る飲み会のメンバー、
芸能人とかいるからあんまりないがしろにできなくて…」
「芸能人?!いやいやいや無理!
そんなとこにお邪魔するなんて!!」
「全然無理じゃないよ!
あたしなんかでもお呼ばれするんだから大丈夫!
叶は今日もう授業ないでしょ?」
言いながら麻子ちゃんはちゃっかり
私の大事なランチに手を伸ばし、天ぷらをかっさらう。
海老じゃなくてオクラを取るあたりが可愛い。
「うーん、確かに授業はもうないけど…」
「嫌だったら酔ったフリして抜ければいいから!
ね?お願い!」
なるほど…そういう逃げ方もアリなのか…
「ちゃんとお礼するから!頼む!」
侍みたいな立ち方で頭を下げてくる麻子ちゃんに、
不覚にもちょっと笑ってしまった。
抜けてもいいって言われたら
少し気が楽になったのもあって、
引き受けてみることにした。
こんな機会もなかなかないし。
一生に一回ぐらいこんな経験しても、
バチは当たらないかな。
──────なんて、
あっさりと承諾してしまったのが運の尽きだった。
いざ来てみればキラッッッキラの世界。
名前こそ知らないものの
めちゃくちゃ美人な女性もいれば、
雑誌で見たことのあるスラッとした背の高い男性、
テレビ関係のお仕事をしているらしい人、
あんまりテレビが得意じゃない私でさえ
知っているようなタレントもいる。
みんな年齢層は同じくらいだけど、
見た目も肩書きも華々しい人ばかりで、
本当に同じ国に住んでいるのか疑わしいくらい。
浮かないようになんとか選んできた洋服も、
そもそも浮かないように選ぼうとしてきたこと自体が
愚かに思えるような煌びやかさがつらい。
こんな空間で私が出来るのは
お酌ぐらいしかないなと腹をくくり、
なんとかその場にいてもいい理由を繕うように、
やってきたお酒を注いだり、
注文したり食べ終わった食器を避けたりと、
出来うる限りのことをしていた。
そんな中、ふいに声をかけられたのだった。
「君、飲んでるー?」
「あ、はい、ほどほどに…」
「ほどほどじゃダメだよ~!
えっと……名前なんだっけ?」
「あ、松原叶です。
夢が叶うの叶で、かなえって読みます…」
「あーそうだったね!ほら叶ちゃんも飲んで飲んで」
もはや黄色とも言えるほどの眩しい金髪。
見た目に負けないチャラい雰囲気の男性。
どっちの耳にもたくさんのピアス。
唇の下にも刺さってて、痛くないのか心配になる。
会が始まる前にあった自己紹介で
バンドしてるって言ってた人だったかな…
「あっいえ、私お酒弱いので、
お酌ぐらいしか出来ないんで…」
「そういえばずっと色々してくれてるよね、
ありがとう」
さっきとは違う声が聞こえた。
はっと声のする方を向くと、
大人っぽい男性と目があった。
「杉沢さんとこの娘さんの代わりに来たんだっけ?」
「あ…はい!そうです」
「の割にお酌うまいなーって思って。
びっくりしてたんだよね」
「とんでもないです!バイトで慣れてるだけで…」
サラサラした黒髪、モードな感じの装い、
薄く微笑む余裕ぶり…
スタイリッシュを体で表現したら
こんな感じなんだろうなって思わせる佇まい。
こういう人をかっこいいって言うんだな。
こんな人が私なんかのことを
覚えていてくれたのかと思うと、
心がじんわり温まった。
確か、確か、この人…
モデルで最近歌もやってるって言ってた人だ…
えっと、名前は……
「桐生竣。自己紹介って一気にやってもあんまり
覚えてらんないよね」
ふふっと笑いながら名乗ってくれた桐生さんに、
私は後光が射しているように見えた。
私のあたふたぶりを理解したかのように
話しかけてくれるこの人は、
神様か何かなんだろうか。
私という存在を覚えてくれていて、
なおかつコミュニケーションをとってもらうことで、
なんとなく、私もここにいていいんだと
そう思わせてくれるような安心感があった。
「人の名前覚えるのって、案外難しいですよね。
あっ、私、松原叶です」
「叶ちゃんね。あ、松原さんのほうがいい?」
男性経験が少ない私は、正直いってこの段階で
下の名前で呼ばれるような状況に慣れていなかった。
でもまあ今日限りの関係だと思えば
特に支障はない気がしたので、
少しの間をおいて承諾した。
「……どっちでも大丈夫です!」
「遠慮しなくていいのに。松原さんって呼ぶね」
「あ、ありがとうございます…」
芸能人って勝手なイメージだけど、
こういう場で出会った女の子に対しては
下の名前とか、あだ名とかつけて呼ぶような
そんなタイプの人ばかりだと思ってた。
さっき話しかけてきたバンドマンも
何のためらいもなく名前で呼んできたし…
優しい人もいるんだなあ。ちょっと意外。
そんなことに気が付けるだけでも
こういう会って勉強になるかもしれない。
「あ、ねえねえそこの女の子!」
今度は少しキーの高い女性の声がした。
私が呼ばれてる訳じゃなかったら恥ずかしいので、
少しだけ振り向く。
ちゃんと私が呼ばれているようだったので一安心。
「えっと……私ですか?」
「そうそう、ごめんね~名前覚えきれなくて。
サングリア追加で注文してくれる?」
会の最初に美人だと思った人だ。
確か去年のミスコングランプリを受賞したとか
なんとか言ってたような…
自己紹介の時に名前を聞いたはずなんだけど、
なかなか思い出せない。
今年っぽいグレージュの髪が背中まで流れていて、
ブリーチが入っているはずなのに毛先までつやつや。
メイクも派手な色のシャドウを
違和感なく乗せていて、リップも可愛い。
たぶんあの色はテラコッタかな。
まつげも長くて綺麗なカールを描いている。
絵に描いたような美人だ。
私とは正反対の目の形。つり目で大人っぽい。
同年代とは思えないオーラだ。
「あ、分かりました!」
他の人にも飲みたいものはないか何とか聞き終え、
店員さんを呼んだ。
ほどなくして注文した飲み物がやってきたので、
サングリアをさっきのお姉さんのところへ運ぶ。
「サングリアきました、
お待たせしちゃってすいません」
「え?あぁありがと~」
振り向きざまにお姉さんが
サングリアを受け取ろうとした瞬間だった。
バシャッと音が聞こえたのと同時に、
上半身がひんやりしたのを感じた。
そこで初めて、
私にサングリアが思いっきりかかったことに気付く。
「あっ!ごめん大丈夫?」
お姉さんが持っているグラスには、
もうほとんどサングリアは残っていなかった。
私が手を滑らしちゃったのかな、
しっかり渡したつもりだったんだけど…
「私は全然!えっと、濡れてないですか?」
「ごめんねほんとに…」
私の返事をよそに、
濡れた服をおしぼりで拭いてくれるお姉さん。
自分でやりますと伝えると、
お姉さんは返事の代わりにすっと体を寄せて、
私にだけ聞こえる声でこう耳打ちした。
「…あんた自分の身分分かってる?
気安く竣くんに話しかけないで欲しいんだけど」
謝ってくれていた時の声よりも
ずっと低いトーンだったから、
一瞬お姉さんの声だと分からなかったくらいだ。
気付いた時にはもうさっきの声のトーンに戻っていて、
「全然落ちなーい、サングリアなんて頼むんじゃなかった〜
ごめんねほんとに…」
申し訳なさそうに下がった眉尻と、
上目がちな目からビシビシ伝わる視線が怖かった。
まるでその視線が、私に帰れと言っているような
そんな気がしてならない。
とにかく、ここから離れないと。
ううん、………離れたい。
「あっ、私、お手洗いで落としてきます」
誰の返事を待つでもなく足早に個室を出て、
ほぼダッシュでトイレへと向かった。
───そうじゃん。何私浮かれてるんだろう。
さっきのお姉さんの言った通りだ。
あんなにすごい人達のいるところに、
来るべきじゃなかったんだ。
本当に住む世界が違うんだ。交わるべきじゃなかった。
水道でハンカチを濡らして、
甘ったるい匂いを放つ染みを薄めようとしたけど、
なかなか取れない。
…理不尽だと思う気持ちももちろんあるけれど、
怒りを感じる余裕はなかった。
まるで教室の黒板の真ん前で、
クラスのみんなが見ている前で、
先生に怒られているような、そんな羞恥心。
あのお姉さんは、私が桐生さんと話してるのを見て、
わざとサングリアを頼んだんだ。
最初から私にかけるつもりで…
たぶん、おしぼりで拭いたのもわざとだろう。
『あんた自分の身分分かってる?』
さっき言われたことが、耳にべっとり残って消えない。
……この染みと同じだ。
本当にこんな昼ドラみたいなことあるんだなぁ
なんて他人事のように思える自分と、
こんなところに何で来ようと思ったんだろうって
後悔してる自分と、
綺麗なお姉さんに虐げられたことに
純粋にショックを受けている自分と、
色んな気持ちがごちゃまぜになってせり上がる。
喉と胸がつっかえているような感覚。
………帰ろう。
せめてお代はちゃんと払わないと。
染みを取るのを諦めて、深呼吸をする。
店員さんにお代がいくらか聞きに行こうと思って
そろっとトイレから出ると、
桐生さんが壁にもたれて立っていた。
「ごめん、待ち伏せみたいなことして。
……大丈夫?」
さっきまで内気な自分にしては
普通に話せていたはずなのに、
お姉さんにあんなことを言われてから
いざ対面してみると、恥ずかしい。
かっこいい人と話しているからとか以前に、
住んでる世界が全然違う人に対して、
名字呼びでも名前呼びでもどっちでもいいなんて
当たり前のように返事して。
そんなことに気付けなかった自分が恥ずかしいし、
滑稽だった。
別にお姉さんがやったことが正しいとは思わないけど、
自信のない私の考えのほうが正しかったんだって
気づかされた。
桐生さんの目すら見れない。
みんなもしかしたらあのお姉さんみたいに
違う世界に住む人のことを嘲笑ってるのかもとか、
桐生さんからも何か言われたらどうしようとか、
そんな怖さも膨らんでしまって、体がこわばる。
「あ…取れなかったので、
今日はちょっと……帰らせてもらおうかなって」
「あのさ、服……弁償させてくれない?」
…‥服を?弁償?
えっ私の服を?
どうして桐生さんがそんなことを言い出すのか
全然理解出来なかった。
ましてや私は今日会ったばかりの赤の他人で、
一言二言交わした程度なのに。
「あ……いや、私がドジしちゃっただけなので!
お気になさらず!」
「違うでしょ」
「…………え?」
桐生さんの切り返しに思わず作り笑顔が固まる私。
今の言い方は自信というより、確信だ。
どうして違うなんて言い切れるんだろう。
「…あの子檜田紗綾っていうんだけど。
こういう集まりで出会った知り合いでさ」
あぁ、そうだ、名前。檜田さんだ。
そうか、檜田さんと知り合いだったんだ…
あのメンバーの中に知り合い同士がいたことにまず驚く。
でもまあよく考えたら
そういう世界では当たり前なのかもしれない。
「自分で言うのもアレなんだけど、
その…結構俺にアプローチしてくる節があって」
「アプローチ…」
じゃあ彼女ではないのか…なんて考えながら、
おとなしく続きを聞く。
「俺はそういうの嫌だから断ってるんだけど……
つまり、松原さんの服がそんなになっちゃったのは、
ちゃんと止められてない俺のせいでもあるんだよ。
だから弁償したい」
「いや、全然桐生さん悪くないですし……
それに、この服安かったんで、
買い直して頂くほどのものじゃないです」
これは…自虐だ。ひねくれた性格が滲み出てしまった。
怒らせてしまったかもしれない。
おずおずと桐生さんの顔を窺うと、
意外にも優しい表情をしていた。
「服ってね、値段で価値が決まるんじゃないんだよ」
「……どういうことですか?」
「服はね、着る人によってその価値が決まる」
モデルだからこそ説得力が生まれる金言。
自分の仕事に誇りを持っていることが、
初対面でもひしひしと伝わってくる。
でもそれってつまり、
凡人が着れば平凡な服になるってことでは…?
「私が着てる服なんで、
本当にそんな価値ないですから!」
「なんで?松原さんいい子じゃん。
それに俺もちょっと抜け出したいんだよね、
付き合ってくれない?」
『いい子じゃん』『付き合ってくれない?』
檜田さんの一言で
まあまあのダメージを負ったにもかかわらず、
イケメンから発されたこの言葉たちに、
私はときめきを感じざるを得なかった。
…というか、
桐生さんの持っている空気感からくるものなのか
分からないけれど、
他の人には感じない安心感があるような気がする。
なかなか社交的に振る舞えない私でも、
普通に話すことが出来るのって実は結構珍しい。
「あっ!私お代まだ払えてなくって…」
「あぁ、部屋出るときに二人分払っといたよ。
あと上着。これで合ってる?」
ずっと桐生さんのストールだと思ってた布は、
よくよく見ると私の秋用コートだった。
持つ人が違うだけでこんなに変わるものなのか…
っていうかなんで私の上着分かったんだろう?
もしかして、見ててくれてるってこと?
しかも何て言った?二人分払った?なぜ???
「すいませんお返しします!いくらでしたか?」
「払わなくていいから、
代わりに買い物付き合ってもらっていい?」
「う……はい…」
…これは確かに……
勘違いで恋してしまいそうになる…かも。
ほんのちょっとだけ、檜田さんに同情した。
上着を受け取ってお店を出ると、
黒いボックスカーが停まっていた。
「乗って」
さっとスライドドアを引いてくれる桐生さん。
正直、こんな大きな染みがついた服をさらけ出して
街を歩くのは怖かったので、助かった。
お礼を言いながら乗り込む。
小声で「お邪魔しまーす…」とつぶやきながら、
後部座席に座った。
こういうの、テレビでは見たことあったけど、
本当の芸能人もやるんだなぁ。
続いて桐生さんが素早く乗り込み、ドアが閉まった。
「服見たいからこの前連絡あった店までお願い」
運転手の男性に声をかける桐生さん。
「代官山でしたよね?」
落ち着いた渋い声が返ってきた。
「そうそう。まだやってるよね?」
「ギリギリ間に合うと思いますが…」
「じゃあお願い」
「かしこまりました」
「あ、彼、俺のマネージャーの梅村。」
思い出したように私に紹介してくれる桐生さん。
「よろしくお願い致します」
すかさず梅村さんも渋い声で挨拶してくれた。
「こちらこそお願いします!松原と言います。
すいませんいきなり乗り込んでしまって…」
桐生さんがくすくす笑う。
「乗り込むって、マフィアじゃないんだから」
「いやいや突然こんな知らない人に乗ってこられたら
ご迷惑かなって…」
「いえ、そんなことないですよ。
女性の方をお乗せするのは久々なので新鮮です」
梅村さんの返事には少し楽しそうな、いたずらっぽいような
そんな響きが含まれているような気がした。
「余計なこと言わなくていいんだよ」
笑いながら桐生さんが突っ込み、
梅村さんは「失礼しました」と言いながらも
空気は朗らかだ。
こんなに仲のいい上下関係もあるんだなぁ。
車は滑るように走り出した。
私、いま、芸能人と一緒に車に乗ってるんだ…
数時間前の自分からは想像もできなかったし、
今もあんまり実感はない。
いつもならバイトの帰りに
電車の窓から見ているはずの夜景。
都会のビルからちらほら見える光の粒は、
まるで違う世界のもののように見える。
なんか、夢の中にいるみたいだ。
…もしかしたら本当に夢だったりして。
「酔ってない?大丈夫?」
桐生さんの声で我に返る。
「あ、全然飲んでないんで大丈夫です」
「ご飯行く時いつもああやって動いてるの?」
「そうですね…大体やってるかもしれないです」
言われてみれば、
席が出入り口近くになると食器を重ねたり、
奥にいるときはメニュー出したり、取り分けたり、
どの席にいても何かしら動いているような気がする。
「すごいね、気が利くんだ」
「桐生さんこそ、
よく人のこと見てらっしゃいますよね」
「あれは職業病だよ。
着てる服とか表情とか、目に入っちゃうの」
「…本当にお仕事好きなんですね」
「え?」
「さっきもそうでしたけど、
お仕事に話題が触れると、全然顔違いますもん」
「そうかな、全然意識したことなかった」
「素敵だと思います、誇り持って仕事してるの」
そんな話をぽつぽつとしながら、
五分ほど走った車は、動きを止めた。
「着きました」
「あ、運転ありがとうございました」
「とんでもないです。ごゆっくり楽しんでください」
桐生さんに続いて車を降りると、
まるでパリに来たのかと勘違いしてしまうような、
おしゃれな外観の建物が目に飛び込んできた。
観音開きの木製のドア、
壁には互い違いに組まれた朱色、白、茶色のレンガ。
右側で存在感を放っているショーウインドウには、
レディースとメンズの服をまとったマネキンが
一体ずつポーズを取って立っていた。
ガラスには大きい筆記体が、
誰かのサインのように写っている。
『Guratuit』
お店の名前なのは予想がつくけど、
何語か分からない。英語読みではなさそう…?
私がそのおしゃれさに呆気にとられている間に
桐生さんは扉を開け、私に向かって手招きしていた。
慌てて桐生さんの後に続く。
店内も外観に劣らずおしゃれだ。
普通のショッピングモールでよく聴くような
J-POPや洋楽ではなく、流れているのはジャズ。
レイアウト自体はアパレル系のお店のように、
平台に綺麗に畳まれたトップスがあったり、
壁際のラックにボトムスがかかっていたり、
ワンピースも並んでいる。
普通のお店だったら4種類くらい並べて置いていそうな棚に
並んでいる服は2着だけだったり、
ラックにかかっている商品も一定の間隔が空いていたりと、
ずいぶん広めにスペースを取っているようだった。
店長はミニマリストか何かなんだろうか…
なんだか魔法の世界を初めて知った某少年の気分。
明らかに違う世界に迷い込んでしまっている。
「桐生さん!いらしてくれたんですね!
お待ちしてましたよ~」
突然弾んだ女の人の声がした。
「こんばんは、すいませんギリギリに来てしまって」
「桐生さんなら何時でも大歓迎ですよ!
そちらはもしかして…?」
桐生さんの数歩後ろでおどおどしている私に
視線が注がれる。とりあえず一礼。
初対面でサングリアまみれは勘弁してほしい。
完全に第一印象「染みつけて店に来た人」じゃん……
せめて少しでも染みが目立たなくなるように、
頑張って上着を引っ張った。
「あ、いや、友人なんですけど、
ちょっと酒の席でワインかかっちゃって。
この子、どういうのが似合いそうですか?」
「あららら、それはすぐにでも着替えたいですよね、
すぐ用意します!」
ボブヘアの明るい茶髪で、
目のくりくりした長身のお姉さんは、
数秒じっと私の姿を上から下まで眺めた後、
弾かれたように動き出した。
慌ただしく、でも楽しそうにお店を右往左往して、
ものすごい勢いで商品を手に取っていく。
「去年まで俺のスタイリストやってくれてた人なの。
2ヶ月前にお店始めたって聞いてたんだけど、
なかなか行けなくてさ」
「はぁぁ…スタイリスト………」
マネージャーやらスタイリストやら、
世界が違いすぎて理解が追いつかない。
「普段どんな服着るの?今日の感じだと
あんまり派手なのは好きじゃなさそうだよね」
「そうですね、本当にシンプルに平穏にって感じで…」
「ワンピースとかは?嫌い?」
「うーん…あんまり自分では選びませんけど、
嫌いではないです」
「じゃあワンピースにしよう」
「桐生さんあの、本当にお気遣い頂かなくて大丈夫です」
「女の子そんな格好で歩かせたら男が廃るの。
それに松原さん、今日全然楽しめてないでしょ。
お土産くらいないと損だよ」
「うーん…」
ここまで言ってくれて断るのも失礼かなと思う自分と、
私なんかにお金を使わせてしまうのは
絶対に間違いなく不毛だと心の中で嘆く自分が
デスマッチを繰り広げている。どちらも引けを取らない。
「こちらとかいかがですか?」
店員さんがかき集めていた商品達を持ってきて、
一気に棚の上に広げた。
「ワンピースって聞こえた気がしたんですけど、
もしかしてお探しですか?」
「そうそう、ワンピースにしようかなって話してて」
「でしたらこれかこれですかねぇ…」
店員さんが集めた商品の山から、2着を引っ張り出した。
両手で見せてくれたその2着は、
どちらも買ったこともないようなワンピース。
ひとつは袖に花の刺繍が入ったチュール素材で、
肌が少し透ける感じになっていて、
身頃はネイビーのAライン。サテンっぽい生地だ。
もう一方は総柄で薄い生地の白っぽいワンピース。
腰の部分が少しだけ締まっているデザインで、
裾にかけてゆるやかなプリーツが入っている。
手首の部分も少し締まっていて、首元はざっくり。
「どっちも可愛い…」
思わず声が漏れた。
でも、私なんかが着て本当に似合うんだろうか。
「お嬢さんお肌白いから、
ネイビーみたいな暗い色持っていくと
肌の白さが際立つので、その点はおすすめですね。
こっちの白い方はスタイルを良く見せてくれる
デザインなので、すらっとしてるお嬢さんだったら
こっちも間違いなく似合うだろうなって」
饒舌におすすめしてくれるお姉さん。
この人も楽しそうにしてる。
きっとお姉さんも自分の仕事が好きなんだろう。
首元のスカーフも心做しか嬉しそうに
揺られている気がする。
「ヒールとか普段履かれます?」
「あ、あんまり履かないです…」
「じゃあ白のほうがいいかも。
こっちだとスニーカーと合わせても可愛いんですよ」
「着てみる?」
桐生さんがさらっと聞いてくれる。
「そうですね!なんなら着比べてもらった方が
イメージも湧くと思いますし!」
お姉さんはノリノリだ。
「じゃあ…お願いします。
あの、閉店時間って何時ですか?」
「あぁ!時間のことは気にしないでいいですよ!
納得いくまでごゆっくり着替えてください」
たぶんもう閉店時間を過ぎているのだろう。
早めに着替えないと。
試着室は店内の奥にあった。全部で4つ。
どの試着室にも木製のドアと真鍮のノブがついている。
見た目だけでいえばもはや部屋だった。
そのうちの一室を借りて、
2着のワンピースを受け取り、ドアを閉めた。
金色のフックに渡されたワンピースをかけて、
着替える支度をする。
どっちも着てみて、
お姉さんや桐生さんの反応も参考にしながら、
最終的に今着てる上着にも合いそうな、
白のワンピースを着て帰ることに決めた。
お姉さんが後ろからタグを切ってくれて、
選ばなかったネイビーのワンピースを
ハンガーに掛け直したりして
試着室から出る頃にはもう、
桐生さんがレジでカードを差し出しているところだった。
………こんな初対面の人間に、
ここまでしてくれるのはどうしてなんだろう。
そんな純粋な疑問と申し訳なさと、
住んでいる世界が違いすぎることの混乱で
頭がこんがらがりそうだった。
ふとレジの液晶を見ると、
自分だったらそもそも買うという選択肢から
外してしまうような価格が映し出されていて、
背筋の温度がすっと下がるのが分かった。
こんな服をさらっとプレゼント出来るなんて、
一体桐生さんはいくら稼いでるんだろうか…
会計が終わってお姉さんに見送られながら
梅村さんの運転する車に再び乗るなり、
私は桐生さんに謝り倒した。
「本っ当にすいません、
ワンピースなんて買って頂いてしまって…」
「いいんだって。
それよりせっかくお色直しも終わったんだし、
どっかで飲み直さない?」
「え…そんな、桐生さんお忙しいんじゃ…」
「今日はもう仕事入ってないし、
明日もそこまで早くないから
もうちょっと飲みたい気分なんだよね。
松原さんが嫌なら家まで送るけど、どうする?」
私の家までわざわざあんな大層な車で送ってもらうのは、
ワンピースまで買わせてしまった手前
本当に申し訳ないと思ったので、
私は飲み直すほうを選んだ。
「オッケー、じゃあ行きつけのお店あるから、
そこでもいい?」
「はい!お願いします」
『行きつけのお店』とは、いわゆるBarのことだった。
車が停まったのは5階建て位のビルの前。
階段部分が吹き抜けになったデザインで、
レストランや美容院といった
オシャレの代名詞的な店舗が入っているようだった。
ただし今はもう21時を回っていて、
レストランや美容院の階は看板だけが光を放っている状態。
ぱっと見だと、お酒を飲めそうな場所は
あんまり見当たらないけど…
「こっちこっち」
例によってきょろきょろしている私に
手招きする桐生さんは、ビルのすぐ目の前に立っていた。
訝しく思いながら桐生さんの元へ駆け寄ると、
地下へ伸びる階段が目に入った。
一人で納得して桐生さんについて階段を降りる。
黒が基調の扉には、縁と店名が金色に彫られている。
『Dimentica il tempo』
と彫ってあるように見えるけど、
これも例によって意味は分からない。
桐生さんが扉を開けると、
カラン、と映画で聴いたことのあるような、
来客を知らせるベルの音がした。
その音に合わせて、コの字型をしたカウンターの奥で
お酒を作っていたらしいマスターが
こちらに視線を向け、顔をほころばせた。
その表情で、桐生さんがどれだけ
ここに通っているのか伝わってくるようだった。
「いらっしゃいませ」
大きめのボリュームにもかかわらず、
場に馴染んでいるピアノジャズが心地いい。
お客さんもほどほどに入っていて、
各々が自分たちの時間を楽しんでいるようだった。
桐生さんはマスターに軽い会釈をすると、
マスターは頷きながら手で店の奥を示し、
「どうぞ」とだけ伝えると、
またお酒作りを再開してしまった。
私が行くようなレストランとか居酒屋さんは、
席へ案内してくれるか、空いてる席を促されるのが
常なんだけど…こういうのが普通なんだろうか。
はたまた、桐生さんが常連だからなのか…。
今日は非日常なイベントが多すぎて目が回りそう。
「ありがとうございます」と桐生さんは笑顔で返すと、
マスターが手で示した方向へすたすた歩き出す。
私も慌ててついていくと、目の前に現れたのは、
他のお客さんが座っているような
カウンター席やソファー席ではなく、細い廊下だった。
まさかトイレに続く道なんじゃないかと
戦々恐々とする私をよそに、
桐生さんはずんずんとその細い廊下を歩く。
ほどなくして突き当たりの壁に扉が見えた。
どうやら桐生さんの目的地はここらしい。
入口と同じ黒基調の扉だ。
縁が金色なのも同じだが、
彫られている文字は店名ではなく、
もちろんWCでもない。
彫られた文字は、『VIP』。
ワンピースの値段を見たときと同じような
緊張感が背筋を走った。
初めて現実でこんな名前の部屋を見た。
ためらうことなく扉を開ける桐生さん。
当たり前だけど、トイレなんかよりずっと広かった。
ベッドがあればホテルと見間違えるような内装だ。
お金持ちのお屋敷の応接間を彷彿とさせる豪華さ。
ただ、応接間と明らかに違うのは照明だった。
ブラックライトでも使っているのかと思うような
妖しいような、落ち着くような青さだ。
模様の入った壁には窓がない代わりに、
何枚かの絵やテレビが掛けられていて、
机は私が大の字で寝転がれそうな大きさだ。
その机を囲むように、革製らしいソファーが置いてある。
広すぎてどこに座ればいいか分からない。
いやそもそも私なんかが座っていいのだろうか。
絨毯もふかふかだし、なんなら地べたでも…
…なんて馬鹿なことを考えている間に、
桐生さんがすとんとソファーに腰を下ろした。
「松原さんも座りなよ」
隣じゃなくて対面を指差してくれるのが、
ささやかだけど助かるポイントだったりする。
「あ、ありがとうございます…」
おそるおそる、
桐生さんの指差したあたりに腰掛ける。
場違いすぎてなんだかそわそわする。
「なんでそんな緊張してんの」
また桐生さんがくすくす笑う。
「なんか、こんな…
VIPとか書いてる部屋来たの初めてで…」
「まあまあ。他の人もいないしゆっくり飲もうよ。
何がいい?弱めのやつがいいよね」
「はい、甘いのだと助かります…」
話していると、ちょうど扉をノックする音が聞こえた。
桐生さんの返事を合図に入ってきたのは、
さっきお酒を作っていたマスターだ。
「桐生さん、いつもご来店ありがとうございます。
今日は何になさいますか?」
「僕はマティーニ。
彼女には度数の弱い甘めのものをお願いします」
聞いたことのあるようなないような名前だ。
さすが行きつけなだけあって、
桐生さんの注文には迷いが全くない。
「かしこまりました。お連れ様は
お好みにならない味などございますでしょうか?」
「あ、特にないです!おまかせします」
「かしこまりました。
それでは少々お待ちくださいませ。」
さっと部屋を後にするマスター。動きに無駄がない。
バイトの参考になりそう……
「さっきの、マティーニってなんですか?」
色も味も想像がつかなかったので、
思い切って聞いてみた。
「ジンとベルモットってお酒を使ったカクテルだよ。
作る人によって全然味が違うんだけど、
俺はさっきのマスターが作るやつが一番好き。
いつも頼んじゃう」
「なるほど……お酒も好きなんですか」
「人並みだけどね。
この部屋落ち着くからここはよく来るかな。
松原さんはこういうとこはあんまり来ないか」
「あんまり馴染みないですね…
次元が違いすぎてそわそわしちゃいます」
「まだ若いからでしょ。
逆にその歳でこういうとこ慣れてたら怖いよ」
また桐生さんが笑った。
見かけによらず、よく笑う人だなぁ。
そうですかね、なんて返しながら私も笑う。
「大学生だったよね、何の勉強してんの?」
「経済学とかです。
本当になんの変哲もない感じで……」
自分でもびっくりするくらい、桐生さんとは話が弾んだ。
高校生から芸能界にいること、
服と語学の勉強がしたくて1年だけ海外へ留学したこと、
お酒に酔うと友達に電話をかけてしまいがちなこと、
動物が好きなのに動物からは好かれないこと、etc…
たくさん教えてくれた。
私が2杯飲んでいる間に、
桐生さんは4杯目を飲み干そうとしていた。
顔色は全くと言っていいほど変わってない。
ジンとかって確か度数強いんじゃなかった…?
桐生さんの肝臓、どうなってるんだろう。
私が3杯目に差し掛かったあたりで、
桐生さんは心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫?無理しないでね?顔ちょっと赤いから」
「大丈夫ですよ、いつもこれくらいなら飲めてるんで」
さっきマスターがサービスしてくれた
オリーブの実を頬張りながら、私はへらっと笑った。
「…ほんと心配になるわ」
ふっと笑いながら呟く桐生さん。
「何がですか?」
「…俺はズルとかしたくない主義だし、
手出そうとか思ってないからこんな感じだけど、
酒に飲まれた男って何しでかすか分かんないんだよ?」
「別に他の男の人と行く機会ないですし」
「だから言ってんの」
ちょっと聞き捨てならなくて口を尖らせる。
「どういう意味ですか」
「そういうのに慣れてない女の子のほうが
狙われやすいから、気をつけて欲しいの。
弱い酒っていって度数めちゃくちゃ強いの飲ませて
ベロベロにさせるやつだっているし、
女の子の飲む酒に薬盛るやつだっているんだよ?」
けっこう真剣な顔の桐生さん。
そんなことされたこともなければ
されたなんて話も聞かないし、大袈裟だなぁなんて
思いながら笑っていると、
「信じてないでしょ」
と不満げな桐生さんは、席から少し腰を浮かせて、
私と視線を合わせるようにかがんだ。
「じゃあもし酔っ払ったときにこんなことされたら、
松原さん、ちゃんと抵抗できる?」
桐生さんはそう言いながら、
顔を近づけて、私の顎を親指で上げた。
お酒で少し速くリズムを刻んでいた心臓が、
さらに狂ったように脈打つ。
目の前に桐生さんの顔。
こんなにしっかりと目を合わせたのは、
数時間一緒にいて、今が初めてかもしれない。
透き通るような黒い瞳に、私が映っている。
全身が心臓になってしまったかのように、
バクバクという音が響いてやまない。
こんなときに思うのもなんだけど、
さすがモデル…………死ぬほどかっこいいな。
「もしかして、キスも初めて?」
ふと桐生さんが目を細めた。
どういう笑みなのか全く分からかったけど、
私はなんとなく、男性経験が少ないことを
暗にからかわれたような気がしてしまって、
はっと我に返った。
「…!っか、か、からかわないでください!」
私は桐生さんの腕を離し、
一瞬でも見とれてしまった事実を隠したくて、
ぐいっと3杯目のお酒を飲み干す。
「うーん、断り方は合格だけど、
その飲み方は関心しないなぁ。潰れちゃうよ?」
「おかまいなく!好きで飲んでるだけなので!」
桐生さんの6杯目を持ってきたマスターに、
今飲んだのと同じお酒を頼んだ。
ドキドキするやら、ちょっと男慣れしてないのを
軽んじられているらしいことに腹が立つやらで、
もはやヤケになって酒を飲んでいた。
「ちょっと松原さん。ほんとに大丈夫?」
「だーいじょうぶです!!酔ってないので!!」
「もう………」
子供扱いされたくなくて5杯目まで頑張ったが、
さすがにそろそろ限界がきている自覚はあった。
ちょっとインターバルをおかないと。
「ちょっとお手洗いいってきますね」
「一人で行ける?大丈夫?」
「大丈夫ですって!れでぃーのお手洗い、
ついてきちゃだめですからね!」
「レディーって………」
また笑われた。私だって立派なレディーなのに。
心外だとぷりぷりしながらVIPルームを出て、
お手洗いを済ませたものの、視界がふわふわしてきた。
これはさすがにヤバいと思って、
とりあえず外の空気に触れようと、
店外へと出てみたんだけど………………
そこから全く、記憶が無い。