無切という男
お願いします。
「…何故、無切さんの中にも神様がいると言ったのに僕の手首を切ったんですか?」
僕の過去を断片的に知っている口ぶりだったのに、わざわざトラウマを思い出させるようなことをする人間とは思えなかった。
無切は呆れたような笑みを浮かべて
「君の力はね…原初。…つまり神そのものだ。だけどね、僕ら人類は……最高貴族であっても引き出せる力はせいぜいが神の10%程度だ。その程度では強力な権能が発動することはないんだよ。そんな私達から加護を授かる者たちは、1%前後になってしまっているので脆弱も脆弱だ。まぁ、例外もあるにはあるが…。」
「じゃあ、僕は今人類最強ってことですか?」
その話を聞く限り、現在自分に神の力があると認識した僕は人類の中で最強なのではないだろうか。
「あぁ、それは間違いないよ。だからこそ私は君を助けにきたんだ。」
僕は人類最強だと最高貴族に太鼓判を押された。マジで化物じゃないか。
……それよりも、人類最強にもかかわらず僕は無切さんに助けられる対象らしい。
「僕を殺そうと狙ってる人がいるってことですか。」
「はぁ…少年は勘が鈍いなぁ。狙っている人間もいるにはいるよ。でも君の本気についていける奴はゼウスの家系くらいだ。でも正直言うと君なら敵じゃないよ。…人じゃないんだよ、君を狙っていた奴らは。」
無切さんは溜息混じりでそう言った。
そこまで言われてようやく僕も理解が追いついた。
「……神様ですか?」
「少年。これだけは忘れずに覚えておきたまえ。
……この世界は、神の箱庭だ。」
そこからの無切さんは急に狂ったように
「神は!神はイレギュラーを許さない!自分を殺す可能性がある者全てを摘み取っていく。神は恩恵という枷を作り管理する!絶対に己の力を超えさせないために。神は常に見下している!この世界を一つの完成した庭として。」
神に対する憎悪を隠すことなく吐き出していた。そんな無切さんの青色の瞳は死んだように乾ききっていた。
「無切さん!」
「…あぁ、すまない取り乱した。神の話になるとどうしてもね……。
…では、さっき少年に渡した指輪についてから話そう。」
無切は我に帰ると瞳に再び活力を取り戻し
「その指輪は、リミットリングという代物でね。相手から加護を込めて渡されたそいつを身につけることで体内の加護の量を周りに十分の一に見せることができるんだ。まぁ渡し方はなんでもいいんだけど。」
「本当にあの渡し方は驚いたんでやめてください。実際まだ少しそっち系なんじゃないかと疑ってる自分がいますから。」
軽口を言えるほどに調子を取り戻した無切さんは続けて
「だが、リミットリングにはデメリットもある。今少年がはめている指輪には私の加護、つまり10%前後の神の力が流れている。リミットリングは体内の加護を偽装することにおいては完璧だが、体外に出したときは、偽装できないだけでなく、はめた者が指輪に流されている加護より多く加護を引き出してしまった場合は効果を失って粉々に砕け散ってしまうんだ。普通はデメリットを重要視して使う物ではないのだけどね。」
無切さんはまた僕を見て呆れたように言った。自分で言った軽口で勝手に呆れて自己完結するのはやめてほしい。僕だって自分に呆れてるんですよ。一年前から。
「つまり、君が力を使う場合はいつも10%以下に調節しなければいけないということなんだが、その辺は夢の中で何か聞いてないかい?」
「リミットリングのことは知らないみたいでしたけど、投獄された初日から10%以上は使うなと何度も釘を刺されました。」
思い出してみると、その時の神様の助言がなければ僕は殺されていたのではないだろうかと今更ながらに震え上がった。
「それならば安心だ。…さて、そろそろ到着だ。」
馬車の車輪の音が徐々に落ち着いていき、窓からも沢山の民家が見えてきた。
「あの、その……少年?」
「何ですか?急に縮こまって。」
無切さんは急に聞こえるか聞こえないかのか細い声で
「ずっと聞きにくかったんだけど、少年……名前なんていうの?刑務所の名簿ちゃんと見てなかったからずっと分からなくて……。」
その告白を聞いたとき、今までの「少年」という言葉が愛称ではなかったことを理解した。
黙っていても別に問い詰めるなんてことはしなかったのに、変なところで誠実な人だ。
「…聞いても笑わない?」
「…当たり前だ。」
「平和、平和の平に平和の和。」
「ハハッ皮肉だな!その名前で刑務所とは名前が可哀想だ。…それにしても和か…うん…本当に皮肉だ。」
おじさんの笑い顔には、何か含みがあったように見えた。
「笑わないって言いましたよね。」
「ああすまない、もう笑わない。……これは提案なんだが、私の家に帰ったら…養子になる和に名前をつけたい。嫌なら断ってくれてもいい。」
馬車はちょうど話が終わるタイミングで僕の実家の前に到着した。
僕は馬車の窓から非常識に飛び降りる。その背後から
「明日の早朝に迎えに来るから、そのときまでには考えておいてくれよ。」
そうして創也さんを乗せた馬車はどんどん小さくなっていき、やがて見えなくなった。
面と向かっては言えないけれど……本当は嬉しかった。
僕の力を知っても僕を殺そうとしなかったこと。僕を和ませようとしてくれたこと。名前を知ろうとしてくれたこと。……僕を少年と呼び続けてくれたこと。
僕は明日が待ち遠しい。創也さんは信じられる「人間」かもしれない。
明日から僕は無切になる。
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