どうせ悪役令嬢なのでしたら、婚約破棄なんて延期し続ければいいでしょう?
「バーバラ様、お願いです、どうかファブリウス王子を自由にしてあげて。」
天使のような涙を流して、私に懇願するクラリッサ。優雅なプラチナブロンドを振り乱して、跪いて私の方を真っ直ぐ見据えている。
預言者としてもてはやされているせいか、クラリッサは理想主義者すぎるところがある。
「自由ってどういう意味かしら。殿下を縛り、牢に入れるなど、私たちニストリア公爵家の人間にはとてもできませんし、試みたこともありませんわ。殿下は常に自由でいらっしゃるのよ。」
表情を変えないようにして、公爵家の公のポジションを繰り返す。
血なまぐさいこの国の歴史の中で、解き放った相手が感謝をして帰ってきてくれる、なんてことはまずない。飼い犬に噛み殺されるくらいなら、手に入れた駒は使わせてもらう。
「監禁されていないなら自由だなんて。そんな虚ろな目をした王子が、あなたの束縛にどれほど苦しんでいるかわからないの?」
鈴のような声のクラリッサが、私の良心に訴えかけようとしてくる。涙で満ちた大きな目は、ほとんどの人間の心を揺さぶるだけの力を持っている。
「苦しむだなんて人聞きが悪いのではなくて。王子が痛みを覚えるようなこと、私たちは一切したことがありませんことよ。」
ご生憎様。良心だなんて、叔父様が騙し討ちにあった日に置いてきた。
「そんなにとぼけても、自分たちのすることがどれだけ悲惨な結果を生むか、あなたは分かっているんでしょう、バーバラ様。」
定型的な答弁では逃してくれないみたい。しょうがない。
「ニストリア一門の繁栄が私の願いよ。そのために宮廷で何があろうとそれは必要な犠牲だわ。あなたがどう正義を訴えかけようと、私には響かない。そもそも殿下を自由にしても私にメリットが見当たらないわ。」
クラリッサは遠目だと白く見える薄ピンクの羽衣を羽織ってまさに天使に見えるけど、頭は割と良かったはず。暖簾に腕押しだとわかれば諦めるかもしれない。
「じゃあ何を手に入れたら殿下を自由にしてくださるの?」
メリット、と言ったせいで交渉の余地があると見られたのかしら。
残念だけど、平和の使者クラリッサがどうこうできるスケールの話ではない。
「私たちニストリア公爵家一門の安全が担保されることよ。皮肉なことね、こうして王子が私に束縛されているのが最も効果的な安全保障なんだから、あなたが何をオファーしようと私の立場は動かないわ。」
これくらいはクラリッサもわかっていると思うけど、何が目的で私の部屋まで来たのかしら。
「あなたは本当に悪役令嬢なのね。」
悲しげな、憐憫に満ちた目で私を見つめるクラリッサ。なるほど、黒髪黒目に鮮やかな赤い唇の私は、舞台の悪役にはぴったりでしょうけど。
でもクラリッサ、儚い姿をしたあなたはヒロインではない。殉教者よ。
「あなた方から見ればそうでしょうね。私たち一門から見れば、あなたが悪役ということになるわ。この殿下の愛を、婚約者の私から奪っていったあなたが。」
そう、私はあなたが憎かった。天賦の才能で王子から愛されたあなたが。
だからどんな手を使おうと、例え王子から愛されなかろうと、私は今掴んだ立場を手放す気はない。
「バーバラ様、そんなことをしても愛は手に入らないわ。私はあなたからファブリウス王子を奪いたかったわけではないんです。これはあなたの幸せのためでもあるの。」
歌い上げるように可憐な声で訴えかけるクラリッサの姿が、私の神経を逆撫でする。
「何を言っているのかしら。私たちの不幸を招き続けた聖女が、今更私たちの幸せを願うだなんて、誰が信用できるというの。」
クラリッサは決意に満ちた悲壮な表情で私を見上げた。
「わかったわ。バーバラ様に私の信用がないのは仕方ないと思うの。だからあなたに本当のことを教えてあげる。」
本当のこと?一体何を言い始めるのかしら。
「私が天災や人災を事前に予言して未然に防いだことで、私は聖女だなんて呼ばれているわ。でもそれは、私がこの世界を一回擬似体験したことがあるからなの。」
「擬似体験?予知夢のことかしら。」
さてはクラリッサ、私の不幸を予知夢で予想したといって、それをカードにこの王子を手に入れるつもりね。
「予知夢?まあ、そう捉えてもらってもいいわ。そこであなたは悪役令嬢として、王子を誑かすの、ちょうど今みたいにね。だけど、王子はだんだんと自分の気持ちを自覚していって、明日の建国記念のダンスパーティーで婚約破棄を発表するわ。」
占い師によくいる、さもありそうな出来事を予言するパターン。聖女としてのキャリアもこうやって築いてきたのね。
それにしても、「自分の気持ちを自覚」だなんて遠回しな表現を使って、クラリッサに気持ちが移ったといえばいいものを、憎たらしい。
「それくらい私でも予言できてよ。あなたのような占い師にお金を払うまでのこともないわ。もしそうなっても、殿下はたまたま気分が優れず、失言をしてしまったとでも取り繕っておきましょう。」
王子がクラリッサへの愛を私のいるところで告白したことは何度もある。今もまたするかもしれない。でもそうなっても私の立場に変わりはない。
そうよ、愛だけで物語が完結するほど、世の中は甘くないのだから。今だって手元に王子を置いているのは私なのだから。
「バーバラ様、いつもあなた達がするような後始末はできないわ。なぜなら、王子の今回の発表に合わせて、反バーバラ様の勢力がニストリア一門を一斉に逮捕するからよ。」
そんなはずがない。反対勢力は人事を握るお父様が閑職に追いやってきたはず。警備も含めて建国記念パーティーに居るのはほんの一握りほど。
でも、クラリッサのもとには聖女になってから「予言に役立つように」と質の高い情報が集まるようになっている。私に全て本当のことを言うとは思えないけど、根拠がないともい言い切れない。
「あなたはそんな重要な計画を漏らしていいのかしら。逆にニストリア一門が謀反者を一網打尽にするかもしれなくてよ。そうしたらあなたの裏切りは高くつくわね。」
何が目的なのかしら。私に不幸の予言を予告することで私に借りを作ること?今更悪役令嬢とやらが義理を大事にするとでも思っているのかしら。
「バーバラ様、あなたの行いで、ファブリウス王子の評判が下がってしまっているのよ。今の王子の姿を見れば想像できるでしょう?だから今回相手を捕まえたところで、あなたか王子のどちらかが失脚するまで、また同じことの繰り返しになるの。あなたもこの展開が続かないこと、わかっているでしょう?」
ええ、知っていたわ。悪女に誑かされる王子をどうにかしようと、まずは悪女を排除しようとし、それに失敗したら誑かされている王子に矛先が向かう。
王子が悪女と縁を断ち切る覚悟を内密に漏らしている、そう言う話も叔母様から入ってきた。だからクラリッサが予言するような事態も起こりうると言えばそう。でも実際にそんなことができるはずがない、私が支配するこの王子に。
クラリッサをキッと見据える。
「じゃあ私たちに何をしろと言うの?長い目で見てもたないからって、今全てを諦めろと言うの?死ぬことが決まっていたって、今死ぬべきとは限らないでしょう?例え下り坂に見えたって、耐えていれば反転するかもしれないでしょう?音楽はいつか終わるけど、終わるまでダンスをするものでしょう?そもそも王子を手放して私に何が残るの?悪女のレッテルと逮捕状くらいでしょう?」
そう、この綺麗事しか言わない聖女に、私が教えてあげる。
殺されかけた虫だって、運命がわかっていても最後まで争うものなんだって。
「バーバラ様、バーバラ様がファブリウス王子を思っていることはわかっているの。でもこんなことを続けたら、ファブリウス王子がファブリウス王子でなくなってしまうわ。幸せを長続きさせようとするあまり、幸せでなくなっているのよ。新天地で新しい幸せを探すべきだと思うの。」
心機一転って言うは易しね。私には一門の繁栄が全てだったのに、そのために何世代にもわたって頑張ってきたのに。
「あなたに、私の何がわかるって言うの!?」
自分でもヒステリックな声をあげてしまった。でももうこんな不毛な話、切り上げてしまいたい。
「バーバラ様はお気の毒です、でもファブリウス王子と心中するようなことはしないで。今だって・・・ああ、もう、やめてあげて。王子をそんなにして。気の毒だとは思わないの?」
迷いがないと言えば嘘になる。でも他に手段がないんだから。
「これも一門のためよ。私は一門のために生きてきたの。このくらいのこと・・・なんでもないわ。」
私の膝の上の王子を見下ろす。
「ふあっ・・・あふっ・・・ひうっ・・・」
誰が見ても壊れてしまっている王子。王子がこんなになっているだなんて国の一大事だけど、知っているのはごく少数だから防衛上の問題はない。
「ファブリウス王子・・・なんておいたわしい・・・せっかく素敵なお顔をされているのに。」
いくら聖女ぶっていても、クラリッサもやはり女の子。彫刻のように美しい王子がぐちゃぐちゃにされているのは、見るに忍びないに違いない。
「ひんっ・・・ふはっ・・・あひっ・・・」
涙とよだれで惨たらしいことになっている王子。口がだらしなく開いて舌が出ている。
「ファブリウス様、そんな・・・」
クラリッサが前に思わず二三歩進んだ。
そこはレッドラインよ。
「スヴェンセン!」
今までじっと控えていた大柄の従者が、私の掛け声に応じて直立した。
「クラリッサ・エーレブルーを私に対する謀反の罪で逮捕して。逮捕令状は後で大叔父様に頼むから問題ないわ。クラリッサ、そこまで近づいたら敵対心とみなすと、はじめに言ったわよね。」
「はっ。」
スヴェンセンが無言でクラリッサの後ろに立つと、クラリッサは抵抗しなかった。
「最後まで運命に抗われるのですね、バーバラ様。」
牢屋送りになる寸前にしては勇ましいこと。城のこの区画には助けもこないのに。
「ええ、私は誇り高きニストリア一門の者よ。諦めて逃げるくらいなら戦って散るわ。」
クラリッサには決意表明をしておこうと思う。
私は逃げない、と。
「バーバラ様、最後にファブリウス王子に少しだけ触れさせていただけませんか。」
どうやらクラリッサにも、これが最後になるとわかっているみたい。もっと司法制度を信用しているかと思ったけど、そこまでナイーブでもないようね。
「いいでしょう。ただし王子をこの位置のまま動かさないこと、そしてスヴェンセンがあなたのすぐ後ろに控えるわ。手も止めてあげる。」
感情論ではなくて、この正義感の塊みたいな子なら、「最後の頼み」を聞いてあげれば裁判の時に大人しくしてくれるんじゃないかという期待がある。
ずっと嫌いだったけど、最後の最後で物怖じしない姿勢はあっぱれだと思う。敵だったのが残念だわ。
「ファブリウス様・・・」
「はあ・・・はあ・・・クラリッ・・・サ・・・?」
私が一時的に手を止めたことで、殿下にも少し周りが見えたらしい。
「クラリッサ・・・すまない・・・君を愛している・・・私が不甲斐ないばかりに・・・こんな目に合わせて・・・」
王子が虫の息のように弱々しく、言葉を吐いていく。
「ファブリウス王子、約束してください、私が助かるかどうかにかかわらず、いつかバーバラ様の束縛から逃れると。これは王子様本人と、この国の人々のためです。」
「約束する・・・クラリッサ・・・私のクラリッサ・・・」
さっきとは違う、純粋な涙を流す王子。
「そこまでよ。」
手を動かし始める。
「クラリッ・・・ふああっ・・・」
私の手つきに合わせて、王子は元のふやけた顔に戻った。
「ファブリウス様っ・・・!バーバラ様、その魔法の杖をおはなしになって!」
魔法の杖?
なんのことかと混乱していると、クラリッサが王子の耳元で、ニストリア家秘伝の棒を私から奪い取った。
「何をするのっ!スヴェンセン、制しなさい。」
「はっ」
スヴェンセンがクラリッサをがんじがらめにする。
「きゃっ・・・」
バランスを崩したクラリッサが細かく震えた。
「うはっ・・・いふっ・・・」
つられたように震え上がる王子。
なんてこと。王子の反応が私のときと変わらないなんて。
「あなた、まさか耳突きの術を使えるというの?」
そんなはずはないわ。ニストリア家の女性だけに7世代にわたって連綿と受け継がれてきたこの秘術を、こんな商家上がりの娘が使えるだなんて。
「こんな小さな杖の魔法なんて使えないわ・・・えっ、耳つきって、まさか耳かきのことじゃないですよね?」
耳かきってむしろなんのことかしら。
「一体何をいっているのあなたは。」
クラリッサは混乱した顔をしていた。
「そ、そうだよね、まさかね。ちゃんと魔法使っているよね。ちなみに耳かきっていうのは、こうやって・・・」
神経をつく耳突きに比べて、棒を耳の肌にそわせるように動かすクラリッサ。スヴェンセンに抑えられたまま器用なことをする子。
「うあっ・・・きもちいいっ・・・クラリッサっ・・・」
耳をいじられて悦びの声をあげる王子。
なんですって。
「まさか、あなたにこのニストリア棒が、使いこなせるなんて、そんなはず・・・」
おかしいわ、何かの間違いよ。
「えっ、本当にそうなの?魔法を使っていたのではなかったの?王子は魔法漬けじゃなかったの?」
なんだかキョトンとした表情で質問を繰り出すクラリッサ。
耳突きの術は門外不出、漏洩した場合は跡形もなく消し去らなければならない。
「スヴェンセン、クラリッサを地下牢に連れて行きなさい。」
暴力は反対だったけど、ここまできては仕方ないわ。
「はっ・・・ぐああっ!」
腕を抑えたスヴェンセンがもんどりうって倒れた。
「何ごと!?」
私が叫ぶのと同時に、王子が私の膝から起き上がった。どうやら王子がスヴェンセンの腕をねじり上げたよう。
私は一気に窮地に陥った。
「誰か!誰か来なさい!早く!」
控え室から困惑顔の従者達が出てくる。
「それ以上寄るな!さもなくば王太子ファブリウス及び聖女クラリッサに対する謀反とみなす。」
ハキハキ喋る王子を久々に目にしたからか、びっくりして動けない従者達。
「ありがとうクラリッサ。君に勇気をもらった。」
「えっと、はあ・・・」
王子に肩を抱かれて、なお混乱している様子のクラリッサ。
私は万策尽きて、せめて背をピンと張ったまま断罪を待つ他なかった。
「バーバラ、私はお前の術に夢中になり溺れてしまったあまり、政務は疎かになり、クラリッサへの気持ちも抑えざるを得なかった。しかしクラリッサがより上質な術を会得した今、お前への依存関係を断ち切ることができる。」
久しぶりに王子の爽やかな表情を見た。いつも空な目をしていたから。
最後にいい思い出が見られたわ。
「従者よ、筆記ができるものはいるか。」
王子が従者を睨みつけると、びくつきながら一人が前に出た。
「口述筆記せよ。ここに、王子ファブリウス・アンドロニコスは、バーバラ・デッラ・ニストリアとの婚約を破棄する。お前達が証人だ。」
王子が場を支配する。さっきと一転して威厳に満ちた姿。
エンディングは豪華なものなのね。
「バーバラ、この部屋は婚約者として其方に与えられたものだ。1週間以内に退去してもらう。」
そうね、私の手で王子を夢中にさせたこの部屋ともお別れになる。
「わかりました。耳突きの術が敗れた以上、私にできることはありません。それで、私が行くのは修道院ですか。それとも牢屋ですか。」
断頭台、という可能性を一瞬思いついて、思い切り首を振る。
戦って散るとさっき誓ったけど、こんなに急に敗北するとなると、心の準備が間に合わなかった。
「いや、税務局だ。」
税務局?脱税の嫌疑かしら?
「私がお前の術にはまり込み政務に手がつかなった時期、王太子領の徴税や出納の監査をしてくれたのはお前だろう。私とクラリッサとの仲を引き裂こうとしたのは許せないが、親同士の決めた婚約の手前、仕方なかったのはわかっている。バーバラ、お前には特例としてこの国の税務に携わってもらおうと思う。」
なんとも地味な引退先ね。まあいいでしょう、王子の耳に代わって王子の財布を握って権力の座に戻ってみるのもまた一興。
「いいでしょう。ただし、今回の人事はあくまで王子の心変わりによるものとして、どうか一族郎党を巻き込まないでくださいまし。」
「構わない。私としても、明日が内乱のきっかけになるのが不安で仕方がなかった。」
やっぱりクラリッサの予言は当たっていたみたい。王子は私たちを逮捕するつもりだったらしい。私が引くだけで一門が助かるなら、少しは負けがいもあるってものね。
「さあ、怖い思いをさせたね、行こうクラリッサ。」
優しくクラリッサの手を取る王子。
「え、ええ・・・その前に一言バーバラ様とお話ししてもいいですか。」
王子は目で許可のサインをして、クラリッサは私の方に駆け寄ってきた。
「バーバラ様、私はあなたを誤解していました。私はずっとあなたのこと、王子を魔法漬けにしてメロメロにさせている悪い魔女だと思っていたんです。実を言うと前世からそう思っていました。でも実際はこんな小さな努力の積み重ねで王子様を繋ぎ止めていたと知って、私、あなたにむけてきた敵意が崩れるのを感じたんです。」
聖女だけあって、前世とか不思議なことを言い始めるクラリッサ。
「無理を言わなくていいの。私とあなたは敵同士だった。それ以上でもそれ以下でもないわ。」
味方だったら心強かったけれど、実績重視、結果重視のニストリア一門には、こういう虚心坦懐って感じの人は生まれづらいかもしれない。
「そうですね、でもアンフェアな戦いだと思っていたのが、思ったより公平だったことが今わかって、目から鱗な気分です。そうだ、立場上難しいかもしれませんけど、もし私にできることがあったら教えてください。」
どこまで善人ぶるのかしら、この聖女は。
いえ、本物の善人なのよね、薄々感づいてはいたけど、認めたくなかったのだわ。
「私は今から失脚するのですけれど、あなたの言葉をどう信用していいのかしら。あなたも、私がオファーできるものなどないと知っているはずでしょう。」
「行動で示せということですか?それなら、私、別に得意ってわけじゃないですけど、どうせならしてあげましょうか、耳かき。」
何を言っているのかしら。屈辱を上塗りしにきたわね。
でもこれがもしニストリア家秘伝の耳突きを上回る技術だとしたら、私はダメだったけど後世のためにも記録に残しておかないといけない。
「・・・せっかくだからお願いしようかしら。」
「はい。じゃあ、寝っ転がって、ここに頭を載せてくださいね。」
「え、今なの?」
次期王妃から税務担当に降格したことを噛み締める間もなく、私を転がすとクラリッサは職人のようにニストリア棒を構えた。
「あれ、耳綺麗ですよ、バーバラ様。」
耳に何かが当てられると、急にぞくぞくした振動が全身を駆け巡った。
「んっ・・・なんなのこれっ・・・ちょっと待って・・・あっ・・・気持ちいいっ・・・」
私としたことが、情けない声を出してしまった。必死で口を塞ぐ。
「私はさっきまでこんな顔をしていたのか・・・」
落ち込んだような王子。こんな顔ってどう言うこと?
「はい、ちょうどこんな感じでした王子様。」
と言うことは、さっきの王子みたいな顔を私がしているのかしら。
そんな・・・
「殿下っ、見ないでっ!あんっ!」
ニストリア一門の誇りにかけて、これ以上の醜態は見せられない。
そうしないと・・・
「お嫁にいけなくなっちゃうっ!ああんっ!」
なんて屈辱かしら。
でもこれに負けたのなら仕方ないわ。ニストリア一門秘伝の術をもってしても、最初からこれに敵うはずもなかった。
「ひゃんっ・・・!」
しょうがない。二人とも幸せになってね。
**********
「それでは皆さん、ファブリウス王子殿下、及びクラリッサ・エーレブルー様の入場です。」
王子の趣味で派手にデコレーションされた結婚式会場に拍手が鳴り響く。天使のような白と銀の素敵なドレスをきたクラリッサが入ってくる。
予算を弾んだ甲斐があったわ、素敵よクラリッサ。
見入っていると、スヴェンセンが肩を叩く。
「ニストリア女公爵、王子殿下及びクラリッサ妃が、後ほどお部屋にお呼びしたいとのことです。」
「二人の注文には全部答えたと思うけど。結婚記念の寄付金で収支も悪くないわ。何かあったのかしら。」
「いえ、二人とも式の準備に感動したようで、クラリッサ妃がささやかなご褒美を下さるとのことです。」
あら。久しぶりだしちょっと楽しみね。
「そうね、それは楽しみだわ。予算の都合でラムをポークで代用したのを、二人とも気にしないことを祈りましょう。」
クラリッサったらいつまでもお人好しなんだから。油断していると、エーレブルー式耳かきを取得しつつある私が王子をまたかっさらってしまうわよ?
「バーバラ様、お二人の宣誓です、前をむいた方がよろしいかと。」
「そうね。」
指輪をクラリッサの指にはめる王子。二人とも初々しい。あの場所にいたのは私だったかもしれなかったけど、その場合は王子も引きつった作り笑顔しかできなかっただろうから。
これでいいのよ。
クラリッサの言っていた新天地も思ったほど悪くなかったし。耳突きで無理やり王子を引き止めている時がやっぱり一番不幸せだったと思う。
「スヴェンセン、白ワインを。」
グラスを受け取りながら、私はキスするカップルを遠目で眺める。
ステンドグラスから斜めに日がさして、少し白くぼやけたような景色の中で、柔らかく見つめ合う二人の姿があった。
今書いている長編小説の要素をいくつか抜き出した上で、大幅に改変したものです。ストーリーや世界観は全く違うものになっています。
もし良ければ「指魔法を使う魔女と恐れられていますが、ただの転生したマッサージ師です」もよろしくお願いします。
感想お待ちしています。