『運命』
大学の図書館はまるでダンジョンのように古めかしくかび臭い。ありの巣のように地下へと広がる道を進んでいく俺と美咲。大きな地震が起こったら命に代えてでも彼女を守ってやろう。そんな事を思いながら歩いていると、美咲が
「またあの本借りられているのね」
と小さく呟いた。口元に人差し指をあてながら何かを考えている彼女。あー始まった。美咲は図書館の机に座ると荷物を置いてバッグからレポートパッドを取り出し、何かを書き始めた。俺も横に座る。言葉はかけない。それは暗黙のルールだった。カリカリとペンの踊る音が心地いい。
「できたわ」
やり遂げた。とでも言うかのような顔で俺にレポートパッドを渡してくる美咲。正直俺は小説よりも彼女についてもっとよく知りたい。そんな想いを抱きながら俺は小説に目を通す。
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『運命』
国文ヶ君は英子ちゃんと仲が良かった。しかし、一方は民家の子。一方は貴族の子。彼らの仲は引き裂かれてしまった。国文ヶ君は一生懸命勉強して弁護士になった。英子ちゃんは家出をしてスラム街で生きていた。
ある日、見覚えの無い罪で裁判にかけられた英子ちゃんは、どこか面影のある青年を見かける。
「コクブンガクン……?」
「英子氏……!」
「コクブンガクン!」
「英子氏!」
二人は長い間抱擁を交わした。それが最後の別れだとも知らずに……
――完――
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報われろよ!! ……と突っ込みたいのを抑えて。
「ネーミングセンスが抜群です。国文学と英語からとってるんですね」
「英子は昔の友達の名前よ」
「え?」
昔の友達の名前を使って、しかもバッドエンドに持っていく限り美咲は天然の小悪魔だ。まさか英子さんも自分の名前が例え小説であれ、裁判にかけられるなんて思ってもいないだろう。これは少し気になることだが、俺以外の人にも美咲は小説を見せているのだろうか。そもそも彼女に友達はいるのか。美人で天然で小悪魔って、女からは避けられそうなんだよなぁ……俺の思い込みであればいいが。
次は仏教学Ⅰの講義がある。これは必修科目だ。当然彼女も受講する。俺達は図書館の階段をゆっくり音を立てないように上りながらB校舎へと向かった。さぁ、もう何でも来い。でも単位は落とすなよ、美咲。