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彼女の小説はどこかずれている  作者: 白夜いくと
■1年生■ 梅雨~夏
30/30

『貴方に私は見えますか?』

**********************






4頁目『貴方に私は見えますか?』


 これを読む頃、

 もうじき暗黒の空に

 虹色のポップコーンが弾ける。


 その光景にあなたは言うでしょう

 

 「きれいだ……」と。


 でも空が明るくなると

 地上が暗くなります。

 

 貴方に私が見えますか?

 貴方は私を見てくれますか?

 

 「感想を聴かせて」

 

 ――完――






**********************


 現在20:00前。もうすっかり暗くなってしまった。提灯の赤い輝きが、連なる屋台たちを照らしている。人の流れが変わった。ある場所へと向かって歩き出す人たち。鶯型のビードロの音、水風船の弾む音、草履が細かい砂をかき分けて進む音、そして多くの楽しげな話し声。美咲(みさき)の小説は、これから始まる花火大会について書いてあったのだ。


 「もちろん、俺は美咲(みさき)さんを見続けます」


 「仁司(ひとし)も私の小説を見続けてね」


 「え?」


 今のは告白なのか。それとも単に今まで通り彼女の小説を読んで感想を言うまでの関係なのか……うーん、わかりづらい。とにかく人に埋もれながら他人の内輪を仰ぐ風で涼をとり、花火がはじまるのを待った。おそらくこれが終わると美咲(みさき)との祭りも終わるだろう。なんだか物寂しい。


 一発目のポップコーンの色は緑。その後に続いて楕円形の華が暗黒の空を鮮やかに彩った。その数は時間が経つごとにいろんな形で観客を魅了する。ポコポコといった音も心地よい。小さなこどもが親に肩車をされている。お面をつけてはしゃぐこどもたち。中にはガス風船を手放してしまって泣いている子もいた。そんな賑やかな空間の中に、続々とうちあがる花火を目に焼き付けるかのようにして見つめている美咲(みさき)が居た。瞳は輝き、その横顔はまるで幼いこどもそのものだ。


 「きれいですね」


 「ほんと。きれい」


 俺は美咲(みさき)に向けて言ったんだが、彼女は気付いてくれない。空の上のポップコーンを目で見て味わうことに夢中なのだ。最後の一発は派手な模様を描いて暗黒の空に消えていった。なんだか一本の映画を観終えたような感覚だ。


 そんなことをボーっと思っていたら、俺の足がこどもに踏まれた。狐のお面をしていて素顔が見えない。白い浴衣に赤い紐の草履を履いている。謝るでもなくただジッと俺と美咲(みさき)を見つめては、人混みの中にスッと消えていった。不思議と靴に汚れは無かった。


 もう20:45。彼女の門限の21:00までに帰してやらないと美咲(みさき)が親に怒られてしまう。俺としてはもっと一緒に居たいのだが、こればかりは仕方ない。特に祭りなどのイベントがある日の夜は危険でいっぱいだ。酔っ払いに絡まれたりなどしたら大変だしな。


 俺は美咲を家まで送った。彼女は別れ際にA6サイズのノートブックを俺に手渡し、家に帰ったら読むようにと言っていた。4頁目までは読んだ。あとは何が書いてあるのだろう。なにはともあれ、3時間だけだったが美咲(みさき)との祭りは楽しかった。彼女も同じ気持ちだったらいいのだが。


 家に帰ると、リビングテーブルに置き手紙があった。



 仕事ばかりでごめんね仁司。冷蔵庫にコンビニで買った美味しいフレンチトースト風のパンがあるから、良かったら食べて。会社の人に教えてもらったの。たまにはこういうのも食べなきゃね!



 母さんの字だ。冷蔵庫を開けて菓子パンの袋を見る。456円。ケーキ1個分ほどの値段だ。そんなに気を遣わなくてもいいのに……しかし、俺が祭りで食べたのはブルーハワイのカキ氷だけ。腹は減っている。ここは素直に母さんに感謝しよう。どうやら電子レンジで温めるらしい。食べてみると口の中で溶けて甘いジュースのような液がジュワッと口内にいきわたる。本当だ。味も食感も美味しい。ありがとう母さん。


 俺は置手紙の裏に


 「うまかった。仕事お疲れ様」


 とだけ書いて、そろそろ始まるであろう前期定期試験の勉強をしていた。ひと段落着くと、ふと美咲(みさき)のノートブックのことを思い出す。俺はベッドに横になってそれを開き、短く突拍子も無い小説たちを読んでは、それを夢中になって書いているであろう彼女の姿を想像して一人小さな声で笑っていた。

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