『ふわのトロの剣』
田中教授のお喋りのせいで15分ほど遅いランチタイム。食堂へついた俺と美咲は、食券機の前に並んだ。俺はササミカツ定食、美咲はふわふわオムライスの食券を食堂のおばさんに渡し、出来上がるのを待っている最中。
「……これは、壮大なふわとトロの物語……」
美咲がブツブツ呟きながら厨房を眺めていた。まるでそこに何かの映像が見えているかのように。これは珍しいことじゃない。彼女の頭は常に小説のことでいっぱいなのだ。おそらくもうプロットが出来上がっているのであろう。バターライスにふわりとかけられる卵のドレスを眺め終わると、俺のササミカツ定食も同時に出来上がり、それらを乗せたトレイを持って向かい合って椅子に座った。
美咲はオムライスのデミとクリームソースの分かれ目をスーッとかき分けながらふわふわ卵の頂にスプーンを差し込んだ。おお、何か考えているな。俺でもわかる、きっとこれは……
「食べ終わったらファンタジーものを書くわ」
当たった!! ……だからなんだというのだ。長い髪を左肩にかけてふわふわオムライスを口にする美咲の色っぽさに若干緊張しつつ、俺もササミカツをサクッとかんだ。
「できたわ」
食後10分程度で書き上げた美咲の小説……筆は早い。筆は早いのだが……
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『ふわのトロの剣』
昔、ふわという者がいた。ふわはデミ帝国とクリーミー帝国の戦争を止めようとしていたのであるが、彼が関わったことによって事態は悪化する。それは彼が持っていたトロの剣が原因だった。その剣は戦争の黒幕であるラン王を倒せるほどの力を持っていたからである。それを知った両帝国はふわのトロの剣を奪おうと、あの手この手で攻めてくるようになった。
「こうなったら……!」
ふわは襲ってくる敵をバッサバッサと倒した。結果、彼は魔王と呼ばれ封印されるのであるが、それは5000年後の話。
――完――
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「……」
なるほど、ファンタジーだ。彼女の頭の中はどうなっているのだろう。
「どうかしら」
「よく練りこまれた世界観だと思います」
「それじゃまるで羊羹じゃない」
「え?」
俺は彼女のことが時々わからなくなる。けれど満足そうにレポートパッドをバッグに入れる彼女の姿は飾り気の無い言葉で申し訳ないが、可愛らしい。次の講義の予定がお互いに無いからかび臭い図書館へと向かった。美咲はここをすごく気に入っているようで、しょっちゅう俺と一緒に行く。静かで小説を書くにはうってつけの場所だからだろう。今度はどんな小説を書くんだ、美咲。