『おいしい富士山のうた』
――あった。射的の屋台。強面の店主の男が腕を組んで俺と美咲を見ている。1回500円。コルク弾は3発。当たっても景品は100円ちょっとのお菓子やおもちゃだというのに、どうしてこうも高いのか。
「やってくかい? ねえちゃん可愛いから300円にしたげるよ!」
組んでいた腕をほどいて急に笑顔になる店主の男。その言葉に天狗になることも無く美咲はちゃっかり300円を巾着から取り出す。美人は得をするっていうのは本当なんだな。それでもコルク弾1発につき100円。やはり高い。
片目を閉じて狙いを定める彼女。その表情は真剣そのものだ。しかし、どの弾も的に当たることは無かった。それでも諦めないスナイパー美咲。彼女はもう一回遊ぶ気だ。美咲が射的を始めてから不思議と客が増えた気がする。しかも男性客。これみよがしに格好良く撃とうとしているのが窺える。横に彼氏の俺が居るんだぞ。
「ねえちゃんが居ると華があるから、しばらく遊んでいきな。ただし当たっても景品は無しな」
凄い。たった300円で何度もゲームが出来るなんて。しかし最初こそは彼女の楽しそうな姿を見て満足していたが、少々退屈してきた。俺は射的に興ずる美咲に何か食べたいものはないかと尋ねた。すると、彼女は例のA6サイズのノートブックを俺に渡し、その2頁目を見るように勧めた。
*********************
2頁目『おいしい富士山のうた』
♪くるくる削って標高カップ一杯~
♪冷たい氷の上に青いハワイが乗っかるよ~
♪そこににゅるっと白い雲が覆いかぶさって~
「はい! おいしい富士山の出来上がり!」
日本なのに気分はハワイ。
でも見た目は富士山?
なんでもいいや!
一緒に南国気分を味わおう!
イエイ!
――完――
*********************
カキ氷のブルーハワイ味が好きなんだな美咲。それにしてもこんなハイテンションな小説、今まで見たことが無い。前もって用意してきたということは、よっぽど祭りを楽しみにしていたんだろう。美咲と目が合う。彼女はコルク弾の入っていないおもちゃの鉄砲を俺に向けて
「バーン」
と言うと、再び射的を始めた。俺は近くの屋台で練乳のかかったブルーハワイ味のカキ氷を2つ買った。俺が戻ってくるのを見ると彼女は店主のおじさんにお礼を言い、迷惑にならない場所に移って削りたての富士山……基、カキ氷を一緒に食べた。蒸し暑い外気で熱くなった身体が口内から冷やされる感覚。若干こめかみが痛くなる荒い氷の粒。団扇や扇子で涼をとるより、俺は冷たいカキ氷を口に含む美咲を見ているほうが数千倍涼しく感じた。
どうやらノートブックは彼女の祭りの手引きのようなものだろう。さて、どれだけ美咲の小説に込められた欲求を汲み取れるか。俺の彼氏としての実力が問われるな。がんばれ俺!




