『モフるな危険!』
美咲との待ち合わせの神社の大鳥居前には既に沢山の人がいた。まだ明るかったが、暑さを紛らわすような涼やかな祭囃子が聴こえている。俺は緊張しながら彼女が来るのを待っていた。すると、美咲専用のメール受信音が鳴る。おそらく小説メールだろう。彼女にとって優先されるのは華やかな祭りよりも、やはり小説なのか……気合を入れて服を選んだ俺が馬鹿みたいだ。そう思いながら美咲からの小説メールを開いた。
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件名:『モフるな危険!』
あなたの側にモフモフが居ます。非常に危険です。決して触らないように。そしてあなたにはあるミッションが下されました。それはモフモフを平和的にその場から撤退させることです。
可愛いと油断して、決してモフってはいけません。さもなくば私はスナイパーになってコルクであなたを撃つでしょう。多分痛いですよ。
「だって、近寄れないではないか!」
私は遠くであなたを見ている。この重大なミッションをクリアするのを見ている。健闘を祈る。グッドラック!
――完――
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……どこかで美咲がこちらの様子を窺っている。しかも苦手な猫を怖がって。彼女の「モフモフ恐怖症」は本物のようだ。こんなに人が多くても小さな猫一匹見逃さない。というのはいいものの、足元にはまん丸な目でこちらを覗き込むようにして見つめてくる猫がいる。あまり動物には詳しくないのだが斑模様でふくよかなのが印象的だ。
さて、どうしたものか。
ちょうど外国人旅行者の集団が通りがかった。彼らは猫を見つけると、これ見よがしに撫で回した。それを不快に思ったのか、猫はその場から逃げるように走り去った。外国人旅行者たちは少し残念そうな顔をしたが、大鳥居の側にあるベビーカステラの屋台に移動し、流暢な日本語でそれを大量に注文していた。
「思わぬ援軍が来て命拾いしたわね」
「!」
突然かけられた声。聴き覚えはあったが今回は驚いた。女性の髪形に詳しくないが、よく旅館の女将などがしている髪型。細長い首と色っぽいうなじ。今日の美咲は大学生とは思えない大人な雰囲気が漂っている。まだ外は明るい。俺の耳が真っ赤になっているのがばれるのではなかろうか。
「心臓に悪いです、美咲さん」
「バーン」
「え?」
もしかして彼女も気合を入れて来てくれたのか……考えてみればこれはデートでは……しまった! 俺は何も計画を立てていない。彼女をエスコート出来なければ彼氏失格だ。どうする、俺。変な汗が出てきた。所持金は5700円ちょっと。美咲の大好きな射的は1回で500円もする。その他の屋台も結構な値段がする。俺の財布がピンチだ!




