『♪ぽんぽこりん』
今日の分の講義を終えて一人で帰っている途中、美咲からの小説メールが何通か送られてきた。それらを読みながら電車に揺られている。俺が感想メールを返そうと思ったとき、一番会いたくない奴と出くわした。コンビニバイト先の近藤という男だ。美咲から見た第一印象はタヌキ。俺が知ってる奴の印象は嫌味魔人。近藤は俺のスマホを覗き込むと、美咲が送ってきた小説たちを鼻で笑った。
「こんなの小学生でも書けるぞ。お前も友人もIQ低すぎだろ」
近藤の発言に苛立った俺ではあったがここは電車の中。なんとか抑えた。コイツはそういう奴なのだ。そう思おう……俺達を散々馬鹿にして近藤は電車から降りていった。さぞかし気分がいいことだろう。
夜になってその事を美咲に話すと、彼女は怒るでもなく近藤をテーマにした小説メールを送ると言った。これには俺も期待している。痛い目に合え近藤!
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件名:『♪ぽんぽこりん』
いじわるタヌキは毎日毎日誰かを傷つけていました。しかしタヌキには自覚がありません。末期です。これは所謂「愚痴言わなきゃ死んじゃう症候群」です。早く治療しなければ死に至るでしょう。
「患者を病院に運んでください!」
「本人が行きたがりません!」
「そうか、なら仕方ない」
そうして、いじわるタヌキは息を引き取ったという。
♪ぽんぽこりん
――完――
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どれだけ死んで欲しいんだ。短いが近藤に小説を馬鹿にされた恨みがこもっているのが伝わる。リビングテーブルには千円札一枚が置いてあった。おそらく昨日の夜も今日の朝も食べなかったからだろう。俺はバイト先とは異なる、家から近くのコンビニで98円の菓子パンと129円のパックジュースを買ってそれを夕方と夜兼用の食事とした。両親には悪いが、現金を置いてくれたのはありがたい。明日の美咲との祭りでありがたく使わせてもらおう。
小説の感想は通話で行った。スマホ越しに聴こえる美咲の澄んだ声。その音に癒されながら、明日の待ち合わせ場所などについて話し合う。肝心の俺は何を着ていこう。ああ、なんだかソワソワしてきたぞ。美咲と一緒に歩いて恥ずかしくない格好をしなければ。俺が笑われたら彼女も笑われる。それだけは避けたい。明日は土曜日。二人とも午前中で講義が終わる。待ち合わせ場所は祭りが行われる神社の大鳥居の前になった。約束時間は18:00。美咲の両親の言いつけで、門限は21:00までらしい。彼女の家は娘を大事に扱っているんだなぁ。いつかそんな彼女の父親を御父さんと呼ぶ日が来れば……いや、まだ早いか。
夜遅くになって俺の両親が帰って来る音がしたが、俺が夢中だったのは美咲からの小説メールが来る受信音だった。




