『グリンとピース』
講義が終わった俺は美咲と合流するためにA校舎の入り口へと向かった。待ち合わせのときはいつもこの場所と決まっている。小雨は止んで晴れ間が出ていた。生徒や教授、講師の先生などが続々と校舎から出てきてはアリのように群れて行動する。講義室の中ではあんなに静かだった生徒たちが、4~5人以上の集団になると急に声も態度も大きくなる。これは学校に限らず組織というものに属していたら必ずは出くわす現象だ。この性質は日本人独特のものなのか、一度趙先生やナンシー先生に尋ねてみたい。
「ごめんなさい。待たせたわね」
それに比べて美咲は……常に冷静沈着でちゃんと相手への配慮が出来る優しい心を持っている。加えて、梅のような可愛さと向日葵のような美しさを併せ持った魅力的な女性。完璧じゃないか。俺はそんな彼女と付き合っている。いや、付き合えている……のか。これも情報リテラシー基礎の講義で偶然隣の席になったおかげか。
そんなことを考えながら俺達は食堂へと向かった。さて、今日はあるだろうか。美咲の好物、ふわふわオムライスのデミ&クリームソース……俺は見逃さなかった。食券機の前でキラキラした瞳とほわっと綻んだ彼女の口元を。
「ありましたね」
「……これはある泉の狭間の物語……」
おお。もう小説の世界に入り込んでいる。今日は彼女と同じ定食を頼んだ。少しでも美咲の愛する味を知っておきたいと思ったからだ。いつものササミカツより値は張ったがなぜだか心が弾んだ。彼女はオムライスにデミグラスソースとクリームソースがかけられる瞬間を眺めていた。
「できたわ」
美咲を見つめていたらいつの間にか時間が過ぎていた。俺は渡されたレポートパッドを片手に、冷えたオムライス定食を口にした……
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『グリンとピース』
昔むかし、デミとクリムの泉がありました。その二つの泉が重なり合うところ。そこには女神様が住まうとされていました。そんな神話が語られる頃、決して裕福でない民家に双子が生まれました。グリンとピースという兄妹です。
「お前らいつも緑の服着ているな」
二人は町の者たちから、そのようにからかわれていました。
「お兄ちゃん。私も奇麗な服が欲しいよう」
「よーし」
二人は伝説の泉の狭間を目指しました。そしてトロンと出てきた女神が問います。
「貴方が欲しいのは新しい友達? それとも新しい服?」
「「服!」」
グリンとピースは結局何も貰えずに嫌われ者のままでしたとさ。
――完――
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これまた急展開。しかし段々慣れてきたぞ。この小説のジャンルは童話だ。泉の女神とか出てきているし。
「見た目より中身の美しさの方が大事ってことですね」
「私、グリーンピース好きじゃないの」
「え?」
なるほど、グリンとピースでグリーンピース……なんとわかりにくい例えだろう。確かに俺も嫌いだが食べれないことも無い。そういえばいつも、美咲の皿の上には奇麗にグリーンピースだけが残されていた。今日もそうだ。俺が彼女の分のグリーンピースを処理しようかと提案したら少しだけ恥ずかしそうに皿をこちらに差し出してくる。彼女が何を思って頬を染めているのかわからなかったが、あとになってそれが恥ずかしい行為だということに気付いた俺も耳が赤くなる。
ランチタイムも終わり、あとはそれぞれの講義を受講するだけだ。今日はバイトも入っていない。講義が終わればそのまま家に帰る。明日は祭りか。美咲はどんな浴衣を着て来るのだろう。今から楽しみになってきた。早く明日にならないものか。




