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彼女の小説はどこかずれている  作者: 白夜いくと
■1年生■ 梅雨~夏
21/30

『四つ仮名長者 ~じぢずづ~』

 1時限目の講義が終わる音が鳴る。


 結局食堂でボーっとしていた俺は、2時限目の必修科目の国文学基礎講座Aが行われる校舎へとのんびり歩きながら、晴れているのか曇っているのかよくわからない空を見上げ、大きなあくびをした。美咲(みさき)公開処刑(スピーチ)はうまくいっただろうか。まぁ、小説メールを見る限り提出物の出来が良かったのだから彼女ならうまくやりこなすはずだ。もし上手くできなくて落ち込んでいれば俺が慰めてやろう。


 講義室に入る。俺は美咲(みさき)の分の席を取って彼女の到着を待っていた。そして遅刻魔には苦痛であろうが前の席に山済みに置いてあるレジュメを二人分取りに行く。この講義の教授はとにかく講義室に来るのが早く、ボードにわざと小さく文字を書いて生徒を前の席に誘導しようとする。それでも、前に居るのは殆どが外国人留学生だ。そんな俺達もなるべく目立たない席に座っている。そして極め付けが、講義後すぐにボードの文字を消して出て行ってしまうことだ。真面目に受講しなければレポートさえ書けない。そんな教授は裏で「鬼の大倉大臣」と呼ばれている。大倉は教授の苗字だ。


 「仁司(ひとし)


 突然耳元で囁かれる。が、聞き覚えのある声だったので特段驚くことは無かった。彼女の表情はどこか自慢げだ。話を聴いてみると公開処刑(スピーチ)は上手くいったとのこと。


 「良かったですね、上手くいって」


 俺がそう言うと気分をよくしたのか、ボードに素早く字を書いている大倉教授に聴こえないよう美咲(みさき)は、彼を題材に小説を書くと耳打ちした。距離が近い。そしてより一層香るシトラスの匂い。それが俺にうつると思うと幸せな気分になった。早速レポートパッドを取り出す美咲(みさき)


 「できたわ」


 ものの10分程度で出来上がった小説。一体どんな内容だろうか。


************************






『四つ仮名長者 ~じぢずづ~』


 昔々、あるところに双子の赤ちゃんが二組生まれました。一方は貧しい村の「もじ」と「はなぢ」。一方は裕福な商家の「みず」と「うづき」。さすが裕福な家庭の子というだけあって、「みず」と「うづき」は花鳥風月を思わせる優雅な名前でした。常に怪我をしている「はなぢ」が言います。


 「ぼくもお金持ちになりたいなぁ」


 それを聴いた「もじ」は一生懸命四書を読み、村の誰よりも賢くなりました。そんなある日、大名が村にやってきて難問を出します。


 「大倉大臣。だいじん・だいぢん、どっちがかっこよいか。答えよ」


 世は室町以後。村人が口で説明しても違いを答える事ができませんでした。しかし、「もじ」は簡単に答ます。


 「だいじんと、だいでぃん。どっちで呼ばれるほうが心地いいでしょうか」


 「うーん」 


 雰囲気で「だいじんが良い!」と応えた大名は「もじ」に沢山の褒美を与えたといいます。これが後の四つ仮名問題である。


 ――完――






************************


 別に大倉教授が題材じゃなくてもいい気がするが、少しだけでも予習はやってきていることはわかる。今日教わるのも四つ仮名問題についてだ。ボードには小さな文字が細かく敷き詰められている。スマホで写真を撮ろうとした生徒に「学生書を見せろ!」と恫喝する大倉教授。


 「感想を聴かせて」

 

 「予習をしていないと書けない素晴らしい小説です」


 「しらじらしい」


 「え?」


 真意は不明だが、笑顔で言う美咲を見ていたら嫌味でないことはわかった。そして、2時限目を告げる音が鳴る。90分後何事も無く講義は終わった。予習をしていたおかげでなんとか二人とも無事にレポートを提出することができた。次に会えるのは英語Ⅰのときか。それまでに彼女はその講師のナンシー先生を題材にした小説を書くと言っていた。次はどんな小説が見られるのだろう。俺はワクワクしながら選択科目の校舎へと向かって歩いていった。

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