『鯛は靴を履きたい』
美咲を講義室まで送った俺は特にすることがないので、大学内の食堂の横にある小さなコンビニで惣菜パンとジュースを買った。250円のトンカツサンドと100円のパックジュース。この時間は食堂が空いていて、座っていると目立つ。ボッチだと思われるだろうか。しかしそんなことなど気にする俺ではない。俺には花のように美しい美咲がいる。もし笑われたとしても痛くも痒くもない。
1時限目の講義を告げる音が鳴る。
俺は一人カツサンドの包装を解く。まずはカラカラな喉をパックジュースで癒し、刻みキャベツがたっぷりのカツサンドをシャクッと一噛みした。ジュワッと広がるソースの風味。薄いが存在感のあるロース肉の甘み。それらを調和させるキャベツの存在。やはり出来立てを売ってるだけのことはある。久々にゆっくりと朝食を摂っている気がするなぁ……
30分ほど時間をかけて食べ終わり、図書館にでも籠ろうかと思っていたが美咲専用のメール受信音が鳴ったので、再び椅子に座ってスマホを確認する。
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件名:『鯛は靴を履きたい』
まな板の上で、いつ切られるかわからない鯛は怯えながらスシ職人の姿を見ていました。なんとこの鯛、うろこの出来が良かったために一番最後にスピーチを任されてしまったのです。
「おめぇは見所があらぁ!」
スシ職人は自慢げに言いましたが、鯛はちっとも嬉しくありません。むしろ今すぐ走って逃げ出したいと思っていました。しかし鯛には足がありません。嗚呼、神よ。この哀れな鯛をお救いください。
しかし、神はいなかった。
――完――
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なるほど、講義中によくあるハプニングだ。多くの学生はなるべく目立たないように過ごしたいもの。だが時々、提出物の良し悪しによって全生徒の前で公開処刑大会が行われる。美咲の小説ではうろこの出来が良いと書いていた。おそらく提出物のことだろう。俺なんて真面目にやっていても一度もそのような機会は訪れなかったが……
俺は困った。返信していいものか。彼女は受信音をオフにしているだろうか。迷っている間にも時間は過ぎていく。それに、無責任に「がんばれ」と言うのも反対にプレッシャーになるかもしれない。いろいろ考えた結果、2時限目の国文学基礎講座Aで美咲のことを労おうと思う。彼女のことだ。きっとうまくやれる。短い小説メールだったが、褒められることはいいことだ。がんばれ美咲!




