『ぷしゅーぷしゅー』
今日美咲は1時限目に俺とは異なる選択科目を受講する。本来なら俺は必修の国文学基礎講座Aで美咲と合流する予定だったが、昨日の彼女の誕生日を祝い忘れていたことと、祭りへの誘いのメールに対して直接話したいため俺は大学の最寄り駅のホームの椅子に座り、美咲が来るのを待っていた。実家の近くで買った生クリームたっぷりのシュークリームが入ったビニール袋はリュックに入れない。万が一潰れてしまったらプレゼントにならないからだ。なんて安いプレゼントだと思われるかもしれないが、早朝で開いている店といえばコンビニぐらいしか無かったからだ。それに女子は甘いものが好きなはず。大学近くのパンケーキ屋さんの看板にも生クリームがこんもりと乗っかっているのを見かける。開店時にはいつも行列が出来ている。大抵は女子だ。
そんな事を思っていると、一本の見慣れた各駅電車がやってきた。時間的に美咲が降りてくるはずなのだが……
「春は曙。梅雨は、何かしら」
「!?」
突然後ろから声をかけられた。振り返ってみるとまずシトラスの甘酸っぱい香りがスーッと鼻を抜けていく。そして少し鋭い視線。その目線の先は俺の持っているコンビニの袋だった。今日の美咲は長い髪を二つ括りにしている。少しばかりかこどもっぽく見えたが、それもいい。服装は普通の大学生という感じだったが彼女が着ると何でもブランド物に見える。
「……すみません、遅れました。誕生日おめでとうございます」
俺は外気で温くなったシュークリームを美咲に差し出す。受け取ってくれるだろうかと冷や冷やしたが、彼女は一言礼を言ってその場でシュークリームの袋を開けてくれた。そして器用に半分に割ると
「一緒に食べましょう」
と言ってくれた。朝御飯を食べ損ねた俺は腹の虫が鳴っていた。もしかしたらそれに気付いたのだろうか。それとも彼女の優しさか。どっちにしてもよく出来た彼女だと思う。シュークリームは数分で食べ終わり、そのお礼にと美咲はシュークリームを題材にした小説を書いてくれた。
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『ぷしゅーぷしゅー』
むかしむかし、食べると幸せになる洋菓子がありました。しかしそれは一人で食べても効果はありません。大事な人と一緒に食べてはじめて幸せになれるのです。その洋菓子は、口に含むと「ぷしゅーぷしゅー」という泡々な音がします。まるで微炭酸のようです。その音を共有しあうことこそが幸せの印なのです。
「ぐぅ~」
ある日。お腹が空いているにもかかわらず、一人の女の子に幸せになる洋菓子を与えた者がおりました。しかしなんだか罪悪感を感じた女の子はその者と一緒に洋菓子を食べる事にしました。多分、二人は幸せな一日を遅れると思います。
――完――
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俺はこの小説を見てなぜだか自然と笑みがこぼれた。美咲もクスクス笑っている。そろそろ1時限目が始まってしまう。俺達は大学へ向かって歩きながら明日から始まる祭りの話をしていた。もちろん参加するに決まっている。俺の貯金は悲鳴をあげる事になるだろうが、美咲が喜んでくれるならそれでいい。そう、それがいい。




