『レッツゴー! 焙煎マン』
コンビニバイトを終えた俺は着替えて外に出ると、早速美咲に電話をした。彼女は俺が働いているコンビニの向かいにあるコーヒーショップに居るらしい。なんと彼女は俺が働いていた2時間の間を、ホットコーヒー一杯で待っていてくれたのだという。梅雨と夏が混ざったような変な気候の中では店内に冷房をつけていることが多い。今頃美咲は寒がっていないだろうか。心配になった俺は小走りで彼女のいるコーヒーショップへと入る。そこはワンドリンクオーダー制だったため、ホットカフェオレを注文した。俺のためではない。美咲のためだ。断られれば俺が飲めば良い。それだけだ。
リスのねぐらの様な薄暗く狭い空間の中で向日葵のように輝く彼女を捜すことは簡単だった。しかし、どう声をかけようか。美咲は一番奥の、木目が映える壁を正面に座っている。つまり俺から見て後ろを向いていた。彼女も俺に気付いていないみたいだ。驚かしてみるか……ん、美咲がレポートパッドに何かを書いている。文字を書くような滑らかな動きではなく、何かを塗りつぶしているかのような……
「何を描いているんですか、美咲さん」
俺は自然と引き寄せられるように彼女に声をかけていた。美咲は特に驚くような仕草もせず、俺を隣の席へ座らせてくれた。そして見てくれといわんばかりに渡されるレポートパッド。そこにはコーヒー豆がモチーフと思われるマントを被ったキャラクターが描かれていた。文字は丸みをおびいていて女性らしいのに、絵になると幼稚園児が書いたようなタッチの独特なセンスが発揮される。これにはあの有名なピカソも嫉妬するだろう。そう、例えるならばゲルニカ。
「次をめくってみて」
レポートパッドをめくると、さっきのキャラクターが主人公であろう小説が書かれていた……
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『レッツゴー! 焙煎マン』
今日もみんなの平和を守るため、焙煎マンはゆく。ミルクと砂糖が絶妙さ。意地悪大好きクーラーマンから人々を救うため、本気で戦っているよ。ほら、一人の女の子がクーラーマンにからかわれているよ。そんな時は、こう叫ぶんだ!!
「助けてー! 焙煎マーン!!」
「――秒で来た!」
焙煎マンは必殺技の、「あつあつコーヒー投げ」でクーラーマンをやっつけたよ。やったね! でも良い子は絶対真似しちゃ駄目だよ。
――完――
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すまなかった美咲。寒かったんだな。察した俺は感想を言う前にあつあつのカフェオレを彼女に差し出した。受け取る手が俺に触れる。雪のように冷たかった。
「……感想を聴かせて」
凍えた両手を暖めるようにカップを持つ美咲。それでも目はキラキラと輝いていた。何かに期待しているような……でも俺、そんな気の効いた感想を言えるだろうか……
「こども目線の視点で描かれていて、キャラクターも可愛いです」
「これ美味しいわね」
「え?」
美咲は俺の感想よりも、甘くあったかいカフェオレに夢中のようだ。あまり遅くまで女性を連れまわすのは良くない。そう思った俺は、彼女を家の前まで送る事にした。その道中、一匹の白猫が俺達の前に現れる。彼女は「モフモフ恐怖症」であると俺に言い、腕を両手で掴んでくる。俺にとっては幸運の白い猫だった。彼女を見送ったあと、俺はいつものように各駅に乗って実家の最寄り駅を降り、家に帰った。いつも通り両親は仕事に出かけて不在。リビングのテーブルにはラップで巻かれた塩おにぎりが3個置いてあった。




