『天にも昇る味』
しかしなぜ必修科目に限ってこうも早い時間に講義が始まるのだろう。まだ08:17。あと13分で始まる。俺は生あくびをした。目から大量に涙が出る。中国語Ⅰの講義室では真面目に四声の練習をしている奴もいれば、昨日のテレビの話をしている奴もいる。そんな中、美咲はこの講義の中国人講師である趙先生を題材に小説を書いていた。趙先生といえばグルメ家で、よく中国へ里帰りしてはそこで食べた料理のことを語る。へびのように細くハッキリとした物言いをする少し怖い女性講師だ。
「できたわ」
講義4分前に渡されるレポートパッド。俺は慌ててそれに目を通した。
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『天にも昇る味』
グルメ家の女王。趙。彼女は数多の中華料理を食べてきた。塩辛いのが癖になる北京料理・磯の薫る蟹をふんだんに使った上海料理・唐辛子などで味付けされた四川料理・淡白でお腹に優しい広東料理……
彼女は一人中華テーブルに座っては、美食の旅をしていた。ある日彼女は一つの店を見つける。そこは中華4大料理をお腹いっぱい食べられるという彼女にとっては夢のような店であった。
「羊肉のしゃぶしゃぶに、蟹炒飯、麻婆豆腐、あとおかゆね!」
彼女は一人中華テーブルをぐるぐる回しながら運ばれてきた料理を平らげた。すると、趙の腹はパンパンに膨れ上がり、まるでシャボン玉のように浮き上がった。
「まさに、天にも昇る味!!」
中国4000年の歴史はやはり凄かった。
――完――
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……早く感想を言わなければ趙先生に見られてしまう。中華料理のことは講義中に散々聴かされていたので美咲も俺も多分真面目に講義を受けている生徒も把握しているだろう。多分この小説のジャンルはコメディだ。それに合った感想を言わなければ。
「コメディ色の強いテイストですね」
どうだ、美咲。俺もこの小説を味わったって意味だぞ。料理にかかってて面白いだろう……あれ、俺を見る彼女の顔が少しばかり不服そうだが……
「うまいこというわね……」
「え?」
どうやら美咲は俺より先に「テイスト」という言葉を使いたかったらしい。彼女は戸惑っている俺からレポートパッドをスッと取り上げる。趙先生が来たからだ。さすがにこんな小説、見られたらまずい。それは美咲もわかっているのだろう。講義が始まる。また里帰りしたのか趙先生は、本場のバンバンジーの味を熱く語っていた。そんなこんなで講義は終わる。抜き打ちで単語テストがあったが、予習のおかげか全て答える事が出来た。美咲は……どうだろうか。
次に会えるのは情報リテラシー基礎の講義のときだ。奇跡的に俺達は隣同士。まぁそれがきっかけで彼女と出逢うことになったのだが……次はSNSを題材に小説を書くと言っている。範囲が広いな……これはいつも思うことだが美咲が単位を落とさないかが気がかりだ。彼女はいつ勉強しているのか。だがそれを言うと関係が壊れそうなので言わないでおこう。だめだなぁ、俺は。




