『そびえたつ城へ』
早朝を告げるアラームが俺の眠りを妨げた。何か夢を見ていた気もするが思い出せない。まぁよくあることだ。両親はまだぐっすり眠っている。そりゃそうだ、まだ05:30なのだから。実家から大学に通う大学生の朝は早い。俺はいつも通り身支度をしながらスマホを確認した……やはり来ている。美咲からの小説メールが。俺はバイト先とは違う近くのコンビニでいつもの惣菜パンを買い、急いで電車に駆け込んだ。この時間帯は学生以外殆ど乗っていないので「学生収容車両」と俺は呼んでいる。この前美咲にそれを話したらなぜか眼を輝かせていたなぁ……なんて思いながら彼女から送られてきた小説メールを開く。
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件名:『そびえたつ城へ』
サイドク王国の独裁政治に異論を唱えた学生たちはみな収容車に乗せられ、とある鉱山で過酷労働を強いられていた。そんな日々が続いたある日のこと……
シュバババ!
忍者の山田君が動いた。そう、サイドク王国の王サイドク・D・スーキの暗殺計画を企てたのだ。忍者の山田君はサイドク王のワインにこっそり毒を盛った。彼は王がそれを飲むのを天上に張り付いて見ている。
「ぐおおお!」
「やったぜ!」
作戦は上手くいった。しかし忍者の山田君は不法侵入の罪で裁かれることになる。裁判官はこう言った。
「次の王に君がなれ」
と。
――完――
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……なるほどわからん。この小説のジャンルはそもそも何なんだ……一旦落ち着こう俺。バッグから惣菜パンを取り出して一齧りする。うん、いつものコロッケパンだ。今日は12円ほど安かったが味は同じ。当然か……さて、どう返信しようか。食べ終わった俺は考える。まだ眠い。うまく思考が定まらない。美咲の納得いく感想が書けるだろうか。
「サイドク王のやられっぷりが爽快でした」
彼女からの返信は各駅を三つほど過ぎて来た。
「ぐえー。の方が良かったかしら」
(え?)
サイドク王の死に際の台詞にそこまで興味はない。しかし、少しだけ彼女とのメールでの会話が成り立っているように感じるぞ……そうこうしているうちに大学の最寄り駅に着いた。ホームの椅子には両手に持ったスマホを膝の上にちょこんと乗せた、決して派手でない藍色のワンピース姿の美咲が座っていた。近づいて声をかける。彼女はキリッとしていた目を向日葵のように朗らかに俺に向けた。ま、眩しい……! 俺は一気に目が覚めた。夜更かしと早起きをしたというのに、目の下に隈やシワが一つも無い美咲。そしてほのかに漂うシトラスの香り。そんな彼女と大学まで一緒に歩く。はっきり言って俺はリア充だ。俺達は小説の話をしながら、必修科目である中国語Ⅰの講義室へと向かう。その際美咲は、中国人講師の趙先生を題材に小説を書くと言っていた。
(……今度の犠牲者は趙先生か……)
俺は心の中で彼女がどんな小説を書くのか想像してみたが、検討もつかない。小説の中での事だが、趙先生が無事である事を祈る。




