『一人残らず闇に散る』
「できたわ」
俺の彼女の美咲は小説を書くのが好きな大学生だ。普段は物静かで落ち着いた雰囲気を醸し出している。腰まで伸びた黒髪と茶色がかった瞳が印象に残る正統派美人だと自負している。そんな彼女は俺の自慢でもあるし、将来は……結婚、したいと本気で思っている。俺は無人のパソコンルームで小説を書いている美咲の横顔を眺めながらぼんやり頬杖を付いていた。
「今回はミステリーよ。読んでみて、仁司」
名前を呼ばれた俺は印刷されたての原稿に目を通す――
***********************
『一人残らず闇に散る』
旅館にて。変死体が現われた。シャーロック・ホームズの玄孫ジャックスは犯人がすぐに分かった。タピオカである。風呂上りに大量のタピオカが入ったミルクティを飲んで溺れたのであった。その証拠に自販機のタピオカミルクティが売り切れている。彼が最後の犠牲者なのだろう。変死体の側には数人の死体が転がっていた。
「これがタヒオカミルクティか……」
ジャックスは自販機でコーヒーを買うと一口それを含む。コーヒーアレルギーであることを知らずに……そして旅館には誰もいなくなった。でも女将さんが真の犯人だと私は思う。真相は闇のままである。
――完――
***********************
「美咲さん、これは……」
「感想を聴かせて」
……どうでもいいぐらいつまらない小説だが、感想を求めてくるときの美咲は、まるで満開の花が咲き誇るかのように美しい。きりっとした瞳に光が宿るのだ。正直言うとこの時間が地獄でもあり、また天国でもあった。なるべくいいところを褒めよう。
「タヒオカって、タとヒを組み合わせて「死」とかけてるんですよね。なかなか出来ない発想ですよ」
「……ただの誤字だったのだけど……」
「え?」
美咲は長い髪をかきあげて俺から原稿をサッと取り上げると修正を加えた。アラームがなる。そろそろ大学の講義が始まる時間だ。俺達はそれぞれの講義を受けるために無人のパソコンルームを出る。次に会えるのは民族学Ⅰの時だな。美咲はこの講義の先生を主題にした小説を書いて待っていると俺に言い残してスタスタとその場を去っていった。