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監査役香取辰雄 茶髪はコンプライアンス違反か? 

作者: 葉月太一

 監査役 香取辰雄

   (茶髪はコンプライアンス違反か?)


             作 葉月太一



 監査役の香取辰雄は、日美工業の監査役に携わって、丸一年

を過ぎた。日美工業には、七年前に作った立派なコンプライア

ンス指針と規定があるのだが、まさに有名無実のごとしである。

大企業ですら、「業務監査」にはやっと一生懸命になっている

ような状況だから、中小企業は推して知るべしと思えばそれま

でだ。とはいえ、日美工業は、本体の約五〇〇名と関連会社六

社の従業員を数えれば、優に一〇〇〇名になる。中企業並みの

大所帯である。

監査役の香取は、早い機会に「業務監査」を日美工業に取り入

れることを考えた。「会計監査」については、高倉公認会計士

と長谷川税理士事務所に頼んでいるので、長年の信頼関係で任

せて構わないと思っている。公認会計士事務所は二〇年、税理

士事務所は先々代からだから優に三〇年以上になる。無事何事

もなく来ている。むしろ、一〇〇〇人以上になった日美工業グ

ループの従業員の方が心配である。昨今、食品業界での「横流

し不祥事」が、やけに多いのが気がかりである。


「どんな組織でも、一%位はおかしな奴がいると言うし、

一%と言えば我がグループでは一〇人前後になるな。

どこの部門も工場も、上司はみんな、、、うちの部下に

  限って 、、、と言うけどね、、、。」



香取監査役は、日美工業のコンプライアンス規定を、改めて読

み直してみた。


「なんかの丸写しかな?、、、まあ、ないよりはましか。、、、

 それよりも、『コンプライアンスとは何ぞや?』と、、、

 何かキャッチフレーズが必要だね、、、、コンプライアンス

 と言う言葉を、みんなが抵抗なく話せるようにならないとい

 けないね。キャッチコピーも考えてみよう。」


そして、香取監査役は、次の三つのことを決めた。

 ・ キャッチコピーを決めた。

 ・ コンプライアンスの詩、二編をみんなに奨めた。

 ・ 壁新聞を出すことにした。


香取監査役の考えたキャッチコピーは、こうだった。

 「コンプライアンスをわが社の風土に!」

   (広報・理解・実践・定着)


そして、コンプライアンスの詩二編は、コンプライアンを解り

やすくうたっている。監査役 香取辰雄前号で春子が詠んだ

「コンプライアンスを着てしまえ!」と、澄江が詠んだ「嘘

の種」である。この二つの詩は、『コンプライアンスとは何

ぞや?』にもこたえている。みんなに奨めよう。

 壁新聞は、普段の活動から拾った身近な話題をもとにコンプ

 イアンスを解りやすく伝えるものにした。

早速、香取監査役は、早速壁新聞を作って貼り出した。


    壁新聞 第一号

 「コンプライアンスをわが社の風土に!」

   (広報・理解・実践・定着)

これは、壁新聞の上段の帯に大きく掲げた。

毎号の上段に装飾フレームをつけて載る。


そして、第一号のタイトルである。


  茶髪はコンプライアンス違反ですか?

            

(寸劇)

 茶髪はコンプライアンス違反ですか?


 舞台中央に大きな文字の細長いポスターがぶら下がっている。

 その標語は「茶髪はダメだ!コンプライアンス違反だ!」

 上手より音無工業の海野係長と茶髪の山川君と同僚の花菱君

 が登場。


山川「いきなりですよ!いきなり。その頭、どうにかしろ、

   だって。昨日まで、何も言わなかったくせに、、、、。」

海野係長「誰に言われたんだ?」

山川「阿部課長ですよ。何か面白くない事があったか知らないが、

   感情的過ぎますよ、、、、茶髪は、今時は、普通ですよ。

   仕事に差し障りがあるんですか?、、、ないでしょう、、

   、、、頭にきちゃう。

海野「阿部課長からは、何も説明が無かったのかい? 」

山川「説明なんか、ありませんよ。いきなりなんだから、、、。」

海野「そりゃ、良くないね。」

山川「何かあったんですか?とばっちりじゃ ないでしょうね?」

花菱「とばっちりじゃないよ。お客さんだよ。うちの大事なお客

   さんの角川製作所の九州支社からさ。元々は角川の宇都宮

   工場から出た話しらしいけどね。この前、うちの工場の検

   査に来た高橋製造部長が言ったらしいよ。」

海野「何て言ったんだ?」

花菱「高橋部長さんが『お宅の社員の茶髪は不愉快だっ!どうにか

   しろ!』と言ったらしい。」

海野「そこまでは言わんだろう。角川さんは、注文社かもしれん

   けど、親会社じゃないんだから。」

花菱「更に発端は、一緒に来ていた宇都宮市の秋山下衛生課長が

  『工場に茶髪の人が居ましたね』と、独り言のように言った

   だけだったらしいけどね、、、。」

海野「ふうん、そうだったんだ。高橋部長さんの忖度ってやつか

   な。自分の客の心を慮って、というところかな。」

山川「だから何だって言うんだよ。茶髪は法律違反か?違うだ

   ろう!それともコンプライアンス違反か?ええいっ、花

   菱どうなんだよ。」

花菱「ううん、俺、わかんない。」

海野「 、、、、、、、。」


  海野係長、腕を組みながら垂れ下がっている標語「茶髪は

  ダメだ!コンプライアンス違反だ!」の周りを一回りする。

  標語にスポットライトが当たる。


 ―暗転―



  下手よりコンプライアンス委員の立花部長が登場。垂れ下

  がり標語を、大きな声で指差呼称する。


立花委員「茶髪はダメだ!コンプライアンス違反だ!」


  おもむろに、議事録を見ながら、


立花委員「皆さんに御報告いたします。

     先日のコンプライアンス委員会の決議に従って、

     総務部が『身だしなみ規定』を作りました。

     その中で茶髪とピアスを禁止しました。私たちは、

     法令を守るだけでなく、ステークホルダーの信頼を

     得る事も、私たちの大事な責務です。ですから、信

     頼を失う行為は、コンプライアンス違反になります。

     業務上の取引先の方が、茶髪やピアスで悪印象を持

     つことがあれば、立派なコンプライアンス違反にな

     るということです。しかし、裁判になりますと中々

     この事は通りません。そこで、子供じみていますが、

     「身だしなみ規定」で具体的に茶髪やピアスを禁じ

     ることにしました。皆さん、ご理解のほど宜しく

     お願いいたします。

               

               ―幕―




 壁新聞第一号は、テーマに話題性があったため、よく読まれた。

好評だった。香取監査役はホッとした。身近なテーマと会話調の

なせる技かなとおもった。


「この調子でいけば、コンプライアンスの社風も順調に定着して

 いくだろう」


 ところが、必ずしもそうはいかなかった。


 石鍋常務が、監査役室を初めて訪ねてきた。監査役室は狭い

が、監査役の机と事務局員の机と四人掛けの客用ソファーが置

いてある。石鍋常務をソファーに促し、自分もその向かいに座

った。事務局員の田辺主任は外出していたので、二人っきりで

あった。石鍋常務は、香取監査役の三年後輩である。かつては、

同じ営業本部にいたこともある。


 何か深刻そうであった。


石鍋常務「香取さん、壁新聞は面白かったですね。香取さんが、

     書かれたんでしょう?」

香取「いや、あれは事務局の田辺君が書いたんだよ。なんか、

   経験談もちょっぴり入ってるらしいよ。だから、読む人

   にも説得力があるかもしれないね。」

石橋「ふうん、そうですか。経験談もね、道理で、解りやすかっ

   たし、面白かった。確かにコンプライアンスは大事なん

   だけど、しかつめらしくってね。なんかなじめないです

   ね。」

香取「常務がそんなこと言っちゃいけませんよ。わが社のグルー

   プも、社員は1000人以上ですよ。何か不祥事を起こし

   たら、マスコミやインターネットでたたかれますよ。

   3ヶ月ぐらい前に、わが社のホームページに投書って言

   うか、メールが入ってきたそうですよ。」

石鍋「何てですか?どんな内容ですか?」

香取「田辺君から聞いたんですが、『お宅の会社の軽トラック

   が、猛スピードで走った行った。危ないじゃないか!』

   と言うメールだったようです。」

石橋「どうしてうちの会社とわかったんだろう。」

香取「広報の係長が、やはり、そう尋ねたそうです。そしたら、

  『車の横っ面に日美工業日南工場と書いてあった』と言った

   そうです。」

石鍋「そうか、確かにトラックには会社の名前が入ってますね。

   どこからでも見えるし、誰からでもわかるってことですね。

   電話での苦情は、余り表沙汰にならないけど、新聞やテレ

   ビでなくとも、今ではインターネットでも表沙汰になるっ

   てことですね。」

香取「そうさね、だから今後は、業務監査に力を入れようと思っ

   ているんだ。協力頼むね。

   ところで、きょうは、何かあったのかい?」

石鍋「はあ、チョット、厄介なことが、、、話を聞いてもらえ

   たらと思って、、、」

香取「さて、私で役に立つかな?」

石鍋「実は、、、第四か第三工場の辺りで、半製品の横流しが

   出ているみたいなんですよ。」

香取「横流し?、、、半製品?、、いつから?」

石鍋「いつからかはわかりませんが、、、何せ、伝票や各種の

   数量関係のつじつまは合ってるようですので、、、。」

香取「それなら、問題ないだろう。」

石鍋「そこは、監査役がいつも言うように、

   『犯罪性を含んだ不正は、なかなかすぐ見つかるもん

   じゃない。何故なら、相手は頭を使ってくるからね。

   我々じゃ難しいね。』って言いますでしょう。

   つまり、しっぽは出していないんですが、ほかの情報が

   入っているらしいんですよ。」

香取「それは?」

石鍋「工場が休みの日に、間違いなく誰も出ないはずの日に、

   ホロー付きのトラックが、工場の県道沿いの裏手門に、

   横付けされるそうです。月に二回ほど、一時間位。

   二人で梱包ケースを、トラックが満杯になるくらい

   運び出してくそうです。

   県道向こうの山岡さんが、第三工場の若い社員に話した

   ことがあったそうです。 

   『日美工業の社員さんは、大変ですね。休みの日でも

   出荷があるんですね。』と話してたそうです。、、、

   出荷係長の話しでは、ここ一年ぐらいは、休日の出荷

   作業は皆無だったそうです。おかしいですよね。」


   香取監査役は石鍋常務の話を遮って、


香取「おおよその話は分かったが、、、」

石鍋「はあ、何かアドバイスでも、、、と思って来ました。」

香取「アドバイスはないわけでもないが、それは遠慮する。

   もったいぶるつもりはないが、青木社長から釘を刺さ

   れているんだよ。『監査役は、勧告と要望だけにして

   欲しい、対策等は執行者側である我々の側で主体的に

   やる。』と言われたんでね。君は知ってるかどうか、

   私は、以前は勧告と要望と、更に具体的対策まで指示

   していたんだよ。

   そしたら、青木社長が『みんなに主体性と創造性が

   育たなくなるから、勧告と要望にとどめてほしい』

   と言われてね。」

石鍋「そうだったんですか?」

香取「そうなんだ、あまりでしゃっばっちゃいけないんだよ。

   おとなしくしとくよ。」


   田辺主任が監査室に戻ってきた。


田辺主任「ただいま、あら、常務、いらっしゃいませ。

     監査役室に、お客さんなんて珍しいですね。」

石鍋「うん、たまには大先輩の御機嫌伺をしなきゃね、、、。

   また、来ます。」

  

              (幕)






1




悩ましい問題が発生しそうです。

だいぶ以前からのようですが、、、顕在化されてませんでした。

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