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何故なのかはわからないが、俺は昔から何かおかしなものを引き寄せる体質を持っているらしい。幽霊、UMA、超常現象、謎のロボット、超能力者に出くわしたこともあるし、巷で噂の喋るゴリラも見たこともある。
そしてこれまた何故なのかわからないが、俺の所属する天文部の先輩である編籠メジロ先輩は、俺が見てきたおかしなもの達全てを、否定する。気のせいだとか目の錯覚だとか、とにかく色んな理由を付けて存在を否定するのだ。
別にその「否定すること」自体に苛立ちや嫌悪感はないのだが、さっぱり理由がわからない。
(否定している先輩自体、俺にとっては非日常みたいなもんだったが…)
木々の合間を通る山道を登りながら、この道を通ることが半ば日常と化していることに気づく。
深夜11時半少し前。五良市の北東に位置する蝸牛山を一人で登ることにも慣れてしまった。
しばらく登ると開けた場所に出る。そこには天文台──本当に観測するだけの施設しかない──がある。蝸牛天文台という名を持つその建物の入り口に、彼女がいつものように俺を待っていた。
………
「今日は太陽と地球、海王星が一直線になる。これは『衝』と呼ばれる並びで、一番海王星が見えやすくなる状態だ。…まあ見えやすくなると言っても、望遠鏡を使っても薄ぼんやりとしか見えないのだけど」
古く軋んだような重い音を出して、天文台のドーム部分が開いていく。縦に切り取られた月と星の明かりが施設内に差して、徐々に幅を広げていった。
ずいぶん古い施設だ、と毎度思う。聞くところによると、メジロ先輩の父親が若い頃建てた天文台らしい。築ウン十年という訳だがよく整備されているようで、故障しているところを見たことがない。
何か計器を操作していた先輩が戻ってきて、俺の斜め前で車椅子を止める。
「何をボケっとしてるんだい?」
「あ、いや…」
よく考えると誰がここを整備しているのだろう。メジロ先輩では限界があるだろうが…先輩の親、だろうか?そもそも謎めいた人ではあるが、親の話をすることがほとんどない。
俺は、この人のことをほとんど知らない。
なぜだかそれではいけないような気がして、口から出るがままにこう言ってみた。
「先輩は、なぜ超常現象を否定するんですか?」
先輩はゆっくりと俺と目を合わせて、苦笑い混じりに息を吐く。
「…嫌気が差したかい?」
「いやそういう訳じゃ」
「まあ嫌気は差すだろうね。君の周りの人間に対する優越感を私は否定しているんだから」
なんとも言い返しようのない言葉に口を封じられてしまう。言い返せない時点で本当のところはそう思っていたのかもしれない。
「超常現象は存在するよ。君も知っての通り、超能力も幽霊も、たぶん魔法も存在する。君が拾ったこの『メッセージ・カード』は宇宙人が送っているなんて噂もあるが、あながち間違いでもないかもしれないな」
そう言って先輩はブラウスの胸ポケットから『メッセージ・カード』を取り出して見せた。
「え…先輩それ捨てませんでしたっけ」
「捨てたのは超常現象を否定することを君に印象づけるためさ。流石に回収させてるよ、何が起こるかわからないし」
そのまま先輩はそれを星明かりに翳した。カードを通り抜けた光はカード表面に彫られた不可思議な文様を彼女の目元に落とす。
「超常現象を否定するのは、君が単に心配なだけなんだ。今日呼んだのだって、今日展開される作戦に君が万一でも巻き込まれないようにするためだ」
「作戦って」
「入江君」
先輩は俺の言葉を遮ると、カードを胸ポケットにしまって俺の方に向き直る。
「入江君。君は自ら選択することが少ない男だ。それ故に君を今まで超常現象から引き離すことができていた。でも最近は…最近は君を超常現象から引き離すことが出来なくなってきているんだ。まるで向こうから君に寄ってきているみたいに」
白い月光を背中から受ける先輩はまるで舞台の上の役者のようだった。
半ば日常と化していた非日常が、今になって急に牙を剥き出したような気分だ。
「確実な理論がある訳じゃない。そもそも君がなぜ超常現象を引き寄せるのかすらわかってないが…君を超常現象から引き離すことで、逆に超常現象の程度が大きくなってしまうような気さえしているんだ」
何か恐ろしいことを言われているような気がして鼓動が速まる。心臓の音が重低音になって響いてくる。
「今私の前にはいくつかの選択肢がある。いつかはどれかを選ばなきゃならないが…はは、君のこと言えないな」
そこで気づいた。
この重低音は心臓の音ではない。
もっと何か別の──
「選ぶのが怖いんだ」
その瞬間、白い光が青に変わった。
異変に気づいた先輩も後ろを振り向く。星と月の明かりが差していたはずの天文台ドームの開いた隙間から見えたのは、宇宙船だった。
「なん…だ、あれ……宇宙船…?」
その巨大な青い紡錘体をなぜ宇宙船と認識したのかはわからなかった。輪郭もぼやけたような謎の巨大物体は、一際その姿を輝かせる。
「もう、時間がないのかもしれないな」
そう先輩が呟いているのが聞こえた。
………
その後、光り輝く青い巨大紡錘体はかき消え、俺は先輩に他言無用をきつく言いつけられ先輩の呼んだ送迎車に乗せられて家に帰り着いた。
翌日学校に行っても当たり前のように先輩はおらず、ついでに連絡先も知らないので電話もメールもできない。
夜中になって、急に思い立って天文台に向かってみたが、誰も居ないうえに施錠されていて中に入れもしなかった。
明日もたぶん俺はここに来るだろう。けど、明日もたぶん誰も居ないだろうと思う。