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夏が終わった。
正確には夏休みが終わってしまっただけで、未だうだるような暑さは健在だ。それでもやっぱり、夏の終わっていく匂いがするものだ。
そんな終わりゆく夏とは正反対に、今ここ私立常之浦高校でピークを迎えているブームがある。都市伝説である。
都市伝説なんてモノはなんだかんだ昔からずっとあって、現代の神話なんて言われてるが、まあほとんどの奴らはまともに信じちゃいない。せいぜい気の弱い奴が夜道に怯えるくらいだ。
それでも耳を傾けると、否が応でも次々に都市伝説の噂が耳に入ってくる。
「ねぇ聞いた?昨日のUFOの話」「それより一夜にしてとある学校が消滅したっていう…」「何年前の話だよ。今はあれだろ?なんか秘密結社?宗教団体?」「喋るゴリラがいるらしいぜ」「五良神社の御神体は隕石なんだとか」「バニッシュメントさん」「だから何年前の話だよ」
そもそもおかしな事が多い街ではある。それに加えて今はインターネットがある。都市伝説の供給は尽きることがなく、日々(彼らにとって)新しい話が次々と投げられては積み重なっていく。
その中で、一際話題に挙がるのが、『メッセージ・カード』と呼ばれる都市伝説だ。謎の紋様が描かれたカードが街中の様々な場所に落ちていることがあるらしく、出処の謎と探せば見つかるという身近さから生徒達の何人かは放課後に探しに出たりしているくらいだ。
「例の『メッセージカード』ってやつ、探せば見つかるらしいぜ…ツイッターでもよく見るし」「ニセモノとかパクツイじゃないの?」「いや…それにしたってツイートの数が多い…たぶん実在して、街にばら撒かれてるのは事実」「拾ったら宇宙人に誘拐されるとか」「そういえば最近、芳桐と木菟の奴学校に来てないけど…」「まさか宇宙人に連れてかれたんじゃ…」
事実、そのカードを拾った者に何かが起こるという話もよく耳にする。ただ尾ひれがつきまくっているので失踪だとか大怪我だとか、果ては殺されるだなんて話も出ていてどれが本当なのかさっぱりわからない状況だ。
…だかそれもじきにわかる。
俺は昨日道端で拾った『メッセージ・カード』をポケットの中で指で弾いて、教室を出た。
………
大冒険がしたいわけじゃない。
誰かを守って強大な悪と戦いたいわけじゃないし、特殊な血筋に生まれついて過去の因縁にケリをつけに行きたいわけでもない。
ただちょっとした変な、変なと言ったらおかしいような気もするが、少しの非日常が起こって、あとから思い返してあんなことがあったなあと笑ってしまえるような、そんな『青春の1ページ』が欲しいだけ。
これがなかなか難しく、手元に寄ってくる非日常に不用意に顔を突っ込むと死ぬ思いをすることもままある。おかげで危機回避能力だけは長けていったが、肝心の自分の青春のページは白紙のままだ。
…白紙というのは言い過ぎというものか。ある時から俺のページには彼女が登場する。
「あれ、先輩学校来てたんすか」
放課後の人気のない昇降口。小雨の降る外からのぬるい空気がゆるやかに流れていく中、車椅子に座った彼女はイヤホンで音楽を聴いているようだった。俺の声に気づいたのか、彼女はイヤホンを耳から取ってこちらを振り向く。
「…今ちょうどいいところだったのに」
「そりゃすんません…」
いや冗談だよ、と言って少し笑う彼女は俺の所属する天文部の先輩だ。俺は彼女のことを名前に先輩をつけてメジロ先輩と呼んでいる。
「何聴いてるんすかメジロ先輩。英語の曲すか」
「邦楽だよ。オルタナティブロック…って言ったら広すぎるのかな、正直音楽の区分けに詳しくない」
「ロックとか聞くんすね」
「…たぶん君の思ってるほどロックンロールな曲じゃないと思うよ。そんなに最近の曲じゃないし君は知らないんじゃないか?」
音楽プレーヤーにイヤホンを巻き付けながら(とんでもなく古い機種だ)、メジロ先輩は視線を投げかけてきた。何という曲なのか聞こうとも思ったが、なんとなく言い出す踏ん切りがつかないまま言葉を続けてしまう。
「なんで今日は学校にいるんすか、先輩。いつも居ないのに」
「君に会いにだけ来たって言ったら信じるかい?」
思わず目を向けた。たぶん間抜けな顔をしていただろう。
一方彼女はすました顔で、こちらに手を伸ばした。
「どうせ持ってるんだろう?『メッセージ・カード』。さ、渡すんだ」
「……なんで分かるんすか」
「君のことだからなあ。この手のことには大体引っ掛かってるだろうと思ってね」
しぶしぶカードを渡すと、彼女はその薄いカードの紋様を確認し始める。なにかわかるのだろうか……とその様子を眺めていると、
「うん、OK。じゃあ、それっ」
「えっちょっ先輩!」
手首のスナップを効かせて放たれたカードは、空気の間を滑るように回転して下駄箱横の自販機のゴミ箱に吸い込まれていった。
「これでよし。それじゃ、今度の土曜にいつも通り天文台に来てくれ」
彼女は用は済んだとばかりに車椅子を進めて外へ出ていこうとする。呆けていた俺は慌てて靴を履き替え傘を引っ掴み、傘をさして彼女の隣にならんだ。
「なんで傘持ってないんすか先輩…」
「おっ。小雨だから傘はいらないかと思ったんだが…気の利く男はモテるぞ」
「あんまり説得力ないっすね。てか小雨っても普通の人は傘さしますよこれ」
「いや傘は折りたたみ持ってはいるんだ。ただ雨に濡れるのもたまにはいいかと思ってね」
俺は無言で傘の圏内から先輩を外してみる。
「ちょっと!だからってわざわざ傘から出すことないじゃないか!せっかくの相合い傘だぞ」
「相合い傘ってか僕は半分出てるんですけどね…」
そんなことを言いつつ、校門の横につけてある送迎の車まで彼女を送り届けた。
一人で歩く帰路の途中、こんな日も思い出して懐かしくなるのだろうか、なんてことを考えていた。帰り道では俺は『カード』を探そうとはしていなかったから、たぶんそうなのだろう。