遊園地4
11
不思議な体験をした、という気持ちがなかなか抜けない。お化け屋敷の中で本物の幽霊に出会うなんて誰もが恐怖する事だろう。
しかし現実は穏やかで暖かな笑顔を振りまく、ごく平凡な女の子だった。恐怖することもなく、いや、する必要もない。
不思議な体験といっても、もちろん、今僕の隣にいるのも幽霊だ。ニコニコした浮かれ顔の彼女が。
僕が彼女といて不思議な感覚に陥らないのはこういうところからなのだろう。親しみのある笑顔を浮かべる彼女は、まるで、僕の隣にいることが当たり前のようにそこに鎮座している。深く考えても無駄だろう。幽霊がいるということだけでも十分神秘体験なのだ。僕の脳は考えるのを諦めている。
僕は深くため息を吐く。神秘体験に疲れたわけではない。それもあるのだろうが、今のため息はこれからしようとしていることを含んでいる。
彼女は至極浮かれている。遊園地のアトラクションでここまで笑えるのか。彼女の目は陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「なあ、本当にまた乗るのか?」
アトラクションにくぎ付けだった彼女が一度意識を外しこちらに振り向く。
「またって何よ。さっきのとは別だから」
僕はアトラクションに目を移す。忌々しいジェットコースターを睨み付けた。
これのどこが先刻のものと違うのだろう。
「さっきのは普通のやつで、こっちは水に向かって落ちるの」
また心を読まれたのだろうか。僕の聞きたかったことを彼女はスラスラと説明した。
しかし説明されてもわからないものはわからない。ジェットコースターであり、落ちることは変わらないし、何よりどっちにしたって怖い。
なぜ二回も乗ろうと思えるのか彼女の気が知れない。
「僕は乗らなくても……」
「だめ。幽霊だけじゃ乗れないでしょ。それに一緒に乗らないと成仏できない」
僕はそんなに大切な存在なのだろうか。それとも僕がジェットコースターを怖がっているのがおもしろくて、そのおもしろさで未練が晴れるのだろうか。
「わかったよ。乗るよ」
僕が渋々頷くと彼女は一度ニコッと見せて、「ありがとう」とだけ言った。お礼を言われるのは悪い気はしない。少しくらい我慢しよう。
「もう一生乗らない」
僕たちはジェットコースターに乗り終え、写真売り場で足を止めていた。ジェットコースターが落下している途中にシャッターポイントがあり、その時に撮られた写真がここで公開されている。
「まあそんなこと言わないで……ってまさ君すごい顔してる」
僕の絶叫する顔は見事に白目を向いていて絵に描いたようなものだった。その顔を見て彼女がお腹を抱えている。顔に熱を感じた。
「お前だって……」
恥ずかしくて彼女の絶叫する姿も見て笑ってやろうと思い、写真に目を移した。しかし僕の隣に彼女の姿はない。さっきまでこもっていた熱がサッと引いて言葉を失った。そっか。彼女は幽霊なんだ。
彼女が幽霊であることはもちろんわかっている。頭ではわかっているのだが、楽しい、と感じてしまうと幸せな気持ちに満たされて不都合なことを忘れてしまう。そもそも幽霊といて、楽しい、と感じるのがおかしいのだろうが。
それでも僕は彼女といて、楽しい、と感じていた。彼女と出会ったばかりだとはとても思えなくなっていた。
僕は出来損ないの言葉でその場を取り繕う。
「……落ちてる間情けない声出してただろうが」
彼女は、女子だからいい、と訳の分からないことを言っているが僕の頭には入ってこない。僕はその後、写真の話はしなかった。